第2話 最弱への転生
目が覚めると、カビ臭い匂い。そして、それをかき消すような濃い血の匂いが鼻を突く。ここはどこだ?
必死に記憶をたどる。俺はライアンに斬り殺されて死んだはずだ。なのに今は、もう一つ別の記憶が蘇る。
俺はEランク冒険者のアルクス・スクアーロ。仲間と四人組でパーティを組み、ダンジョンの探索に来ていたのだった。
なぜ2つの記憶が存在するのか?
要するに、死んだ俺の魂がこのアルクスとかいう冒険者の身体に入ってしまったのだろう。全く。他人に憑依するなんてあの悪魔みたいで癪だが、致し方ない。
あのまま濡れ衣を着せられ犬死にするよりは、別人となって復讐の機会を与えられるほうが少しばかり都合が良い。
とはいえ、このアルクスとかいう男の身体、かなり貧弱だ。生前の俺には遠く及ばない。おまけに魔力量も平均以下。なにか特別な技やスキルを持っているようでもない。
「扱いづらい身体だな……って、痛いな」
うつ伏せの身体を起こそうとすると、鋭い痛みが走った。こいつ、どうやら両足を切断されているようだ。膝の感覚がない。
記憶をたどると、どうやらアルクスの仲間三人は、自分が生き残るために、アルクスの脚を斬り落として放置し、魔物の餌として囮にしたようだ。
「馬鹿げているな」
そんな仲間とも呼べない奴らとダンジョンに潜ってしまうとは、アルクスも愚かなことだ。
俺は少ない魔力を練り、水魔法を発動させる。それで氷の義足を作り、壁に手をついてどうにか立ち上がった。
入口に戻りたいが、魔狼の群れが立ち塞がっているのが見えた。よく今まで食われなかったな。
「いや、違うな」
俺の魂がアルクスの身体に入ったことを、魔狼どもも察知しているのだろう。格が違う相手に無闇に飛びかからないだけの賢さはあるようだ。
ならば。
「立ち去れ」
俺が睨みつけると、魔狼の群れは逃げ去っていった。案外、これだけでもどうにかなるものだな。どうやら、俺の覇気というか気迫というかは、相当人間離れしていたらしい。四聖憲をやっていた頃は、周りも実力者ばかりだったので気付かなかった。
「だが、結構深いみたいだな」
これでは入口まで戻るのも一苦労だ。どうにかしないと、失血死してしまう。氷の義足を作るまでの間で、かなりの量の血が流れ出てしまったようだしな。
「仕方ないか」
アルクスの魔力ではほぼ何もできない。
ならば、借りるまで。
「聞こえるか? シャルパン?」
俺は契約獣たるドラゴン、賢竜シャルパンに念話で話しかける。
剣の腕や、魔法の才覚だけで務まるほど、四聖憲の仕事は甘くない。プラスアルファの特技がなければ、常に危険に晒される大聖女を守り抜くなど不可能だ。だから、こういうときの備えもしてある。
「その声は、ユークどの! 生きておられたのですね! ただ、見た目がだいぶ違うような……」
「説明は後でする。魔力共有を頼めないか?」
生前の俺は魔力量もかなりあったので、こんな依頼をしたことはない。だが、こうなっては致し方ない。
「お安い御用です」
すると、ドラゴンの魔力が流れ込んでくる。一気に体力も回復したような気になるが、身体に異物を注入されているような違和感もある。
すると、魔力の供給が止まった。
「どうした? もっと頼めないか?」
「申し訳ないのですが、今のユークどのの体ですと、これ以上の魔力注入には耐えきれません。これが限界です」
マジか。高濃度の魔力に耐えられる身体ですらないとは。まぁいい。追々鍛えていけばいいだけの話だ。
「となると、このダンジョン自体を破壊するようなやり方は無理か」
「いっそ私が上空から爆撃してダンジョンをえぐり取るというのは?」
シャルパンが大胆な提案をしてくる。そうしてもらいたいところだが、他の冒険者が死んでしまうだろう。
仕方ない。
繊細な魔力操作は苦手なのだが、ダンジョンを変形させるか。
俺は壁に手を当て、魔力を流し込む。
「土魔法【スパイラルタワー】」
本来は岩の塔を打ち立て、敵を串刺しにする魔法。だが、ダンジョンの壁や天井を素材にしてこの魔法を発動させれば、直通の出口を作り出すことができるはずだ。
案の定、塔は地上へ向かって伸びていった。こういう器用な真似は苦手なのだが、我ながらよくやった方だろう。塔の中に入ると、日差しが眩しかった。
「これで脱出できるな」
俺は備え付けの螺旋階段を登り、悠々とダンジョンを後にした。
這い出ると、見覚えのある三人組が目に入った。
「あぁ、アルクスを見捨てた奴らか」
仲間を餌に逃げたのだ。合わせる顔もないだろう。
「お、お前。なんで生きてんだ?」
「しかもこんな大魔法を使って脱出するなんて……」
「おいおい、せめて謝罪くらいしろよ」
俺は呆れてそう指摘した。
「アルクス、すまない。でもな、お前を見捨てた事がバレたら、冒険者の資格剥奪されるかもしれない。最悪、財産も没収だ」
どこまでも保身のことしか考えていない奴だな。
「だからここで殺されてくれ。アルクス」
「そうだな。脱出直後に失血死したことにすればいい!」
そんな談義をして三人は襲いかかってくる。が、大したことはない。俺は剣をいなし、拳を避け、三人の腹に一発ずつ拳を叩き込んだ。
「がはっ、アルクス……こんな実力を隠してやがったのか?」
まぁ、こいつらからしたらそう見えるのか。正直、遅い・弱い・拙いの三拍子揃ったお粗末な攻撃だったので、簡単に避けられた。アルクスの貧弱な身体では不安だったが、俺の技術と経験でカバーできたようだ。
「殺しはしない。正直に罪を告白するならな」
俺はそう言い捨てて立ち去った。正直、こんな雑魚に関わっている暇はない。一刻も早く、ウルスラ様に取り憑いた悪魔を退治しなければならない。
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