余命半年のお嬢様とメイドさん

夜雨 翡翠(よさめ ひすい)

第一節 愛しのお嬢様

 お嬢様は、明るく、儚く、何よりもお優しいお方です。ハーヴィー伯爵のお嬢様、ステラ様。

 

 私は、八歳のとき奴隷として働いていたところをハーヴィー伯爵様に雇われてからお嬢様のメイドとして働いております。そのとき、お嬢様は五歳でした。

 私とお嬢様は三歳しか離れていなかったので少し戸惑いました。

 でも、奴隷として働いていたころとは比べられないほどに良い生活をさせていただいているので精一杯働くことを決意しました。

 

 それから、お嬢様が大好きになりました。

お嬢様は私のような者にアフタヌーンティーのケーキを毎日分けてくださいました。

 最初は断っていたのですが、そのたびにお嬢様は悲しそうな表情をされるので断る方が失礼になると思ったからです。

 

 今、お嬢様は十六歳になられました。お嬢様はより儚げで美しい女性になられました。私はというと、なにも変わっておりません。ですがお嬢様への忠誠心は日に日に強くなっております。

 

そして、お嬢様はご婚約されました。お相手はレオ•ホワイト様。

 ホワイト様は有名菓子メーカーの若社長で、十八歳。貴族であるハーヴィー伯爵はなんとしてでも一人娘のステラお嬢様をご婚約させようと何度もお話しになり、見事ステラお嬢様がご婚約相手になりました。

 私はというと、お嬢様がもう少しでお嬢様ではなくなるのが少し寂しくもあります。大変喜ばしいことなのに、なぜか胸の内では寂しく思っております。

 

 今日は、ホワイト様とお嬢様が初めてお会いなられる大切な日。


「ミア…その…レオ様はどんな方なのかしら…」

「レオ様は聡明で、知的な方だとお伺いしております。」

「年上の殿方とはどういう会話をすればよいの…?」

「お嬢様。自信をお持ちくださいませ。お嬢様は自然にしているだけで相手の御方も話しやすくなります。緊張なさらず。それと、スマイルです。スマイルはとても重要だとどこかでお伺いしました。」

 

 正直、アドバイスにはなっていないな。とステラは思った。ミアは滅多に笑顔を見せない。スマイルとか言う割に話している顔は真顔だ。でもたまに見せるミアの自然な笑顔は可愛いと思う。だからミアの言っていることは理解出来たし(説得力があるかはともかく)ミアの方がそうやって意識すればいいのになと思った。


 「……お嬢様。レオ様は大手企業の若社長様でいらっしゃるのに十八歳で未婚の御方です。なのに伯爵様の婚約の申し込みを承諾なされた。これは、どういうことか分かりますか?」


 「会って気に食わなかったら婚約破棄ということ?」


「そうですね。さらに今まで婚約の話があがり、破棄されたご令嬢は星の数ほど。中には辺境伯家のご令嬢もいらっしゃったとか。伯爵家であるステラお嬢様も婚約を破棄される可能性は十分にあります。」


「そ、そんな話知らなかった……」

ステラお嬢様のお顔がみるみる青くなります。


「お嬢様にお伝えしておらず申し訳ございません。」


「ミア。貴女の優しさは知っているわ。貴女、もっと前からその話をするとと私がすっかり自信を無くしてお会いしたくないと言うと思ったからでしょう?そして今言うことで逃げ出すことが出来なくなる。」


「……流石はお嬢様。」


「それだけじゃない。私の性格上、こういう状況に立たされると余計にやってやろうと思うからでしょう?」


「…お気づきでしたか。」


「ふふっ。ミア、貴方は素晴らしく私のことを分かっている。流石は自慢の従者ね。よし、やってやろうじゃないの。それに…お父様にはもう失望させない。」


ミアの考えは深かった。ステラの趣味は人間観察と謎解き。わざとこういう事をすることでステラは名探偵のように気持ちよく推理を言い放つ。そしてそれは普段自信の無いステラとは別人のようなまごうことのない自信を持っている。実際、今のステラの自信は最高潮。これがミアの真の狙いであった。


 しかしもっと考えが深い方はいつも主人である。

 

 ミアがいつも推理しがいのある言動をわざとして自信を持たせようとしてくるのは知っている。分かっていてわざと知らないふりをしている。

ミアは確かに自分のことをよく分かっている。でも、もっともっと有能なメイドになってほしい。従者をよりよく育てるのは主人だとステラは分かっている。だからこそミアにはもっと自分のことを分かってほしい。自信なさげに演技している自分ではなく、本当の自分を。


***


 午後2時をすぎたころ、お嬢様を乗せた馬車はホワイト様の本邸に到着いたしました。

流石は英国随一の大手菓子メーカー。広大な敷地は当たり前、入口奥には噴水、ドッグランのようなどこまでが敷地なのか分からないほどの庭。宮殿のような豪華絢爛な御屋敷。

「な、なんて広い…伯爵家であるうちに敵う家など五本の指で数えきれるほどしか無いのに…」

「お嬢様。もう自信を無くされましたか?」

「ミア。冗談はよして。私は今やる気満々よ。絶対にレオ様を口説き落としてみせるわ。」

「くふふっ、ふふっ。失礼しました。流石はお嬢様でございます。」


「お待ちしておりました。ハーヴィー伯爵家のステラ様でいらっしゃいますね。」

一人の使用人と思われる背筋のよい若い男性が迎えに来た。

「はい。ステラにございます。」

「中でレオ様がお待ちです。」

それだけ言うと、スタスタと男性は歩き出した。慌ててステラお嬢様が後について行く。


 こちらは伯爵令嬢なのに態度が何処となく冷たいし、歓迎が無いところにミアは少しの腹立たしさと疑問を感じていた。前を歩くお嬢様は上品かつやる気に満ちあふれたご様子で本邸に一歩また一歩と進んでゆくのであった。

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