第30話 氷室 澪准

「これからどうするんですか?」


「そうだな」


 葵は薫の横まで近づくと声をかける。 薫は少し考えるような素振りをすると思い出したかのように玉座へと歩き始まる。そして葵もそれに続く。


 二人が玉座へと近づくとそこには一匹のゴブリンが怯えるようにして体を隠しているのを見つける。このゴブリンはゴブリンキングより命令を受けて食事係として玉座の近くに置かれていたのだ。そのため逃げることができずゴブリンキングが死んだ今ようやくその命令がとけたことで手に持つ壺を離すことができこの二人から隠れるように身を隠していたのだ。


 ゴブリンは薫が近づいてきたことに気づくと急いでその場から離れようと背を向け走り始める。走り出した途端何故か地面が目の前に見える。そしてそのまま顔から地面に落ちると起きあがろうとしてようやく自分の下半身がないことに気づく。ゴブリンはいつ斬られたのかそんな思考をするまでもなくそのまま命を落とした。


「とりあえずゴブリンキングは倒したしここに捕まった人たちでも解放してあげるか」


 薫は何事もなかったかのよにう先ほどの会話を続ける。葵は薫のその態度に少し引く。いくらゴブリンが弱いとはいえそんな部屋に出た虫を殺すような感覚でその場にいたゴブリンを殺すなんて普通じゃない。葵はそんなことを思いつつも顔には出さない。


「私はとりあえず兄を探したいのですが」


「お前の兄貴の場所ならだいたい見当がついてる」


「そうなんですか!?それじゃあ早速…」


「兄貴のところへは俺が向かう。お前は一緒に捕まってた人たちのところに行ってきて欲しい」


「えっ、でも…」


「あのな、お前の兄貴も今最初のお前と一緒で裸にされてるんだぞ。それなにのどうしても会いたいのか?兄貴だって妹に裸を見られるのはきっと嫌だぞ。だから俺が兄貴を迎えに行ってやるって。それにお前と一緒に捕まってた人たちはほとんど女なんだろ?その人たちだって服を着てないわけだ。そんな場所に男の俺が行くわけには行かないだろ?」


「まぁ、確かにそうですね。わかりました、それじゃあ私は先ほど自分が捕まってた場所に向かいますね。兄のことは頼みます」


 葵は少し考えると兄の裸姿を想像して身震いする。そして薫の言っていることが正しいと判断すると早速来た道を戻っていく。


「一応ゴブリンには顔つけろよー」


 薫は去っていく葵の後ろ姿に大きく声をかける。葵も振り返ることなく手をブンブン振るうことでそれに反応する。


「…さてと」


 薫は葵がいなくなったことを確認すると入り口とは反対方向へと歩き始める。そこには布が垂れ下がっていた入り口とは異なり、鉄でできた厳重なドアが設置してある。ドアには鍵穴がついているせいで薫には開けることができない。薫は渋々大剣を構えるとドア目掛け振り下ろす。バゴーンという音と共に砂埃を上げながらそのドアは見事破壊される。そして薫はその先にある下へと続く階段を一段一段降りていく。


◇◆◇◆



 薫は周囲を眺めながら階段を降っていく。壁や天井には明かりが設置されていないのにも関わらず少し先を見ることのできる不思議な空間。それでも薫は一切動じない。そもそもこのダンジョンのような構造物じたい地球に存在しなかったモノだ。それなら明かりがなくても見えるのは何か未知の力が働いているのかもしれない。そういえばと薫は先ほどの部屋や歩いていた道を思い出す。確かに大きな部屋にも歩いていた道にもどこにも明かりのようなものはなかった。それなのにあの道では五、六メートル先くらいは見えたし、あの部屋に至っては部屋の隅から隅まで見渡すことができた。ここだって三メートル先くらいまでは見えるしきっとそういうものなのだろう。


 薫が何気なく考えていると何処から男の声が聞こえてくる。反響しているせいで何処から音が聞こえているのかわかりにくいが下から聞こえているのだと薫は確信する。


 薫は階段を降りるにつれ大きくなっていく声がようやく鼻歌を歌っているのだとわかると呆れたようにため息を吐く。


「あいつは本当に…」


 薫はその男の顔を思い出すと歩く足が止まる。本当にこの先に進んでも良いのだろうか、彼は薫にとっては親友だ。だからこそ会いたいという気持ちも多少はある。それでも、薫は彼との最後を思い出す。


 彼は薫のいた世界ではすでに死んでいる。彼が死んだ原因はモンスターに襲われたからではないし、敵と戦ったからでもない。彼を殺した相手、それはなのだから。


◇◆◇◆



 それは何の前触れもなく起こった。


 薫は普段通り仲間たちとモンスターを倒しながら領土の拡大を行なっていた。その日も特に何も変わらないはずの一日だった。


 薫はいつも通りに仲間たちの前に出て率先してモンスターを倒していた。後に【エキタフ】は関東全域を領土に治るが当時はまだ東京都だけしか領地がなく、その周囲にある県に遠征に行ってはモンスターを討伐し、現地の生き残った人たちを仲間にするといったことを行なっていた。


 その日のメンバーは薫と澪准、他五名という少数ではあるが【エキタフ】の中では精鋭中の精鋭たちだ。本来ならもっと大人数で戦った方が安全だがデメリットも多い。まず、大人数だとモンスターに見つかりやすい。目的としてモンスター討伐をしているが、真正面から戦うといったことはしない。ほとんどの場合は相手の隙をついたり、根城まで尾行してそこに火をつけたりと姑息な手段で倒すことが多かった。次に食料問題だ。現地ではほとんど食料を調達することができない。そのため多少は自分たちで食料を持っていくが、それでも足りなくなれば現地で集めなければならない。数人分の食料なら倒したモンスターなどを食べたり、誰もいないコンビニやスーパーから奪うということもできた。それでもほとんどの店はすでに現地の人たちの手によって食料はほとんど取られてしまっているためにあまり多くの食料を確保することができない。そのために少数でかつ、戦える者のみで動く必要があった。


 薫たちがいた場所は神奈川県の横浜中華街。薫たちはそこに身を隠しとあるモンスターを待っていた。それは体長およそ五十メートルはありそうなほど大きい巨大なムカデだ。オオムカデと呼称されるそのモンスターはその巨大からほとんどの建物を破壊し、たくさんの被害を出している。そのために横浜だけに限らず神奈川県全域がほとんど発行不可能なほどになり、瓦礫の山と化している。


 薫たちはそんなモンスター相手に現地の人たちと協力し、仲間になることを条件にこのモンスターを討伐することにした。


 外皮は硬く、ただの鈍では数一つ付けることができない。そんなモンスターに苦戦していた現地民たちだったが、薫の登場によりその大きな体はただ避けることのできない的同然で、鉄なども簡単に斬ることのできる薫の大剣にはその外皮も敵うことなく少数の犠牲者で討伐することに成功した。


 しかし、問題はその後に起きた。オオムカデを倒した薫は皆んなから賞賛を受けるが一向に返事をしない。それどころかその場から一歩も動こうとすらしない。何があったのかと澪准が薫へと近づくと薫は瞬時に振り返り、そのまま澪准は頭を斬り落とされてしまう。


 それに動揺した仲間たちはその場から動くことができずそのまま薫の手によって死亡。現地にいた人たちも訳のわからないまま暴れ狂う薫によって全員が死んでしまう。そんな薫を戻したのは澪准だった。頭を再生させた澪准は薫の体を押さえつけ必死に止めようとした。それは例え腕を斬り落とされようとも、心臓を潰されようとも、頭を斬り飛ばされようとも、何度も何度も再生しては必死に薫の体をその身で受け止め抵抗する薫を押さえつけた。


 薫の能力である憤怒ラースは怒りをエネルギーに変え蓄積することができる。しかし、蓄積できる量は決まっているためその量を超えてしまうと薫は暴走状態へと移行してしまう。


 薫自身そのことは知らなかった。能力とは未知な部分が多い。能力とは誰かに「あなたの能力はこのような力ですよ」と言われて使えるようになるわけではない。自分で探りながらどんなことができるのかを調べる必要がある。そのため自分が能力者とは知らずに生きている人だって多くいるし、誤った解釈をしている人だっている。


 薫も自身の能力の誤った理解をしていたがためにエネルギー蓄積に容量があることを知らなかった。そのためこのような事件が起こったのだ。そして、それは澪准自身も同様だった。


 薫の暴走は七日ほど続き、澪准もその間飲まず食わずで薫に必死に声をかけながらしがみついていた。その声が届いたのか否か薫のエネルギーが切れたことでその暴走は止まり、そしてそれと同時に澪准の体は崩れ始める。


 澪准の能力はそれまで不死だと思われていたがそうではなかった。厳密には不死に近いのだが澪准の能力には弱点があった。それはエネルギーを補給しなければ再生することができなくなるというものだ。要は食べ物を何日も食べていないと再生速度はだんだんと遅くなっていき、最終的には再生できなくなるというものだ。そのため薫が正気に戻った頃にはすでに体は崩れ始め、澪准は薫の腕の中で静かに息を引き取った。


 薫はその時絶望した。自分が大切にしていた仲間を殺してしまったのだ。これではまるでモンスターではないか。薫は自分の力を呪った。この力がなければ仲間を殺すこともなかった。この力がなければ親友を苦しめずにすんだ。この力がなければ…。この力がなければ仲間を守ることはできなかった。今までたくさんこの力に救われてきた。それを今更いらなかったなどという無責任で自分勝手なことは言えない。


 薫は立ち上がるとよろよろと歩き始める。そうだ、仲間を守らなければ。自分が犯した罪を償なわなければ。自分にできることをしなくては。俺は親友との約束を守らなければ。彼と最後にした約束


「お前が皆んなを救うんだ」

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