第11話 六日目 記憶
夢を見た。
私は周囲を見渡す。部屋の真ん中には大きな机が置かれており、その上には本や紙、駒などが雑多に置かれている。その机を囲むようにいくつかの椅子がなべられている。そして、扉の入り口に立つ私の少し先では知らない人たちが集まり何かを話し合っているみたいだ。そして私の体はそんな話し合ってる人たちのもとへと向かっていく。意識はあるのに自分の意思で体を動かすことができない。それはまるで映画を見ているような感覚で他人の人生を見ているようだ。私は近づいていった人たちの中にいた一人の男の子の背中を叩く。そしてその子が背中をさすりながら振り向く。驚いた、私はこの青年を知っている。彼は数日前に私の前に現れ、私に不思議なことを言ってきた人物だ。私はその青年と仲良さそうに会話を始める。なぜこんな夢をみているのだろうか、きっと彼が変なことを言っていたせいで夢に出てしまったんだ。そうだ、きっとそうに違いない。
場面が切り替わる。
私の手の中にはこの世で最も大切な人が息絶え亡くなっていた。両足の骨は折られ逃げられないようにされており、顔は原型がわからないなるほどまでボコボコに殴られ腫れている。体は裸にむかれ精液が全体にかけられてベタベタしている。髪はむしり取られたかのよう乱雑に抜かれ、軽く触っただけでもパラパラと地面に落ちていく。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
声にならない声が断末魔となってこの空間に響き渡る。喉は血が出そうなほど痛く、身体中の水分が全て出てしまうんじゃないかというほど涙がこぼれ落ちる。これは夢のはずなのにどうしてこんなにも苦しいのか、悲しいのか、痛いのか。それはまるで自身が体験したことがあるような記憶にも近い何かだが、彼女にはこのような記憶はない。ただ、身体の中を怒りと悲しみと虚無感が交差するように混ざり合い続ける。
場面が切り替わる。
今回は先ほどまでとは違い自分の体を少し離れた場所から見ているようなそんな視点だ。私は自分の体に近づく。そしてその体をみて絶句する。そこにある自分の体は下半身は焼きただれ、目は焦点があっておらず空を見ている。口はかすかに動いているものの生きているのが奇跡のレベルだ。そんな私の体を囲むようにして皆んなが見守っている。その中には先ほどの青年も混じっており、必死に私の名前を叫んでいる。
「おねぇちゃん…おねえ‥ちゃん……」
私の口からはかすかに息が漏れその言葉からは姉を呼ぶ声が小さく聞こえる。そして空へと手を伸ばす。それはまるで幼き頃の自分を見ているようだ。小さい頃の私はいつも姉の後ろを歩いていた。私にとっての姉は優しくて、いつも私のことを思ってくれる。私はそんな姉のことが憧れであり、理想であり、そして目標だった。
霧奈は上半身を勢いよく飛び上がらせると周囲を見渡す。そこはいつもの自分の部屋であり何かが起こったような痕跡はない。しかし、先ほどまで見ていた夢が脳裏をよぎる。あれは本当にただの夢だったのだろうか、いやそうに決まっている。それなのになぜかあの光景がいつまでもフラッシュバックしてしまう。
◇◆◇◆
「先輩大丈夫ですか?」
「え、あぁ、少しボーッとしていたみたいだ」
「本当に大丈夫ですか?無理せず休んだ方がいいんじゃないですか?」
「そうだな、それなら少し休ませてもらうよ」
霧奈は面を頭から外すと部屋の隅まで歩く。今日はいつにもましてボーッとしてしまうことが多い。霧奈は頭を抱えながらその原因について考える。もちろん考えていることは今日見た夢の内容だ。夢だというのに妙にリアルであり、普段ならすぐに忘れてしまうはずなのになぜか今でもはっきり思い出すことができる。果たしてあれは本当にただの夢だったのだろうか。そんな疑問が幾度となく浮かんでは「ありえない」と一蹴する。もし仮に夢ではないとしてそれならあれはいったいなんだというのか。そうだあれは記憶だ。霧奈はその結論にいたる。あれは記憶だ、しかし過去の記憶ではない未来の記憶だ。「それならなぜ私はそんな記憶を見ているのか」答えが出た思えば次の疑問が出てくる。そして「そんなことわかるわけがない」それがその疑問に対する答えだ。しかしもしかしたら、もしかしたら彼なら何か知っているかもしれない。霧奈は以前出会った一人の青年を思い出す。
「彼なら…」
そう、未来からきたと言っていた彼なら、夢に出てきた彼なら何かわかるかもしれない。でも、どうやって会えばいいのか。わかっていることといえば彼が上級生であることだけ。名前もわからなければ教室もわからない。どうすれば彼に会えるというのか…。
◇◆◇◆
部活も終わり霧奈は帰路についていた。結局のところ部活は全く集中できずほとんどの時間今日見た夢のことを考えていた。
「そういえば」
霧奈はふとポケットに入れていた紙切れを思い出す。その紙切れを広げ中を見てみる。そこには手書きの地図のようなものが書かれていた。
「ここって…」
霧奈は地図に書いてある場所を頭に浮かべる。もしかしたらここに行けば何かわかるかもしれない。そんな思考がよぎり霧奈は一度この場所に向かってみることにした。
地図を頼りにしばらく歩きちょうどお腹が空いてきた頃、霧奈は道路の反対側を歩く一人の青年の姿をとらえる。そう、彼こそこの地図を渡してきた本人であり、夢にも出てきた人物だ。霧奈は急いで彼の姿を追いかけると後ろから声をかける。
「ねぇ!ねぇってば!」
最初こそ自分が呼ばれていることに気づいていなかったが、二度目の呼び掛けでその足を止めこちらに振り向いた。
「あ、霧奈!」
彼はどこか嬉しそうな顔で名前を叫ぶとこちらに近づいてくる。そして目の前までくると霧奈は薫を睨みつける。
「あなたはいったい何者なの!?どうしてあなたは私のことを知っているの?どうして私はあなたのことなんて知らないはずなのに記憶に私の記憶はあなたを知っているの?私が見た夢はなに?あれは現実なの?それともただの夢なの?ねぇ、答えてよ!」
「え、あ、一個ずつ、一個ずつ質問してくれないか?」
◇◆◇◆
「そっかそんな夢を見たんだ」
薫と霧奈は近くの喫茶店に入ると今日見た夢の内容を全て話した。薫はその話を聞いてどこか懐かしそうに、そして寂しそうな顔をする。
「まずその話は全て事実だ」
「…」
薫その話全てを肯定した。しかし本当にそんなことがあるのだろうか、仮に事実だとしてどうして未来で起こりうる出来事を夢として見ることができたのか。先ほどまではこれが夢ではないと確信していたもののなぜか他の人に話すとバカバカしいほどにありえない話だ。
「それで仮にその未来が本当だとして、私とあなたはどんな関係なの?」
「俺と霧奈は同じ組織に所属する仲間だ。俺がその組織のリーダーをしていて、霧奈は三部隊の隊長をしていた」
「そう、じゃあ私ってどんな感じだったの?」
「すごく頼れるやつだったよ。率先してみんなのために戦って、誰一人として仲間を見捨てない、部下に信頼され、みんながこの人のためなら死ねるってそう思えるような人だったよ。あの時までは……」
薫は口ごもり次の言葉を躊躇う。霧奈はそんな薫を疑問に思い先を促す。薫は言いにくそうに口を開いては閉じ、開いては閉じを何度も繰り返し、覚悟を決める。
「お姉さんが亡くなってしまってからは少し態度が豹変してしまったんだ」
ガタッ!っと大きな椅子を引く音が聞こえた。顔は怒りに震え髪は少し乱れている。両手は拳を作りながらもテーブルに置かれ、プルプルと震えている。
「どうして!!!」
その声の大きさに霧奈自身も驚き少しトーンを下げる。
「お姉ちゃんは、おねえちゃんはいつ…しぬの……?」
「あれは何度目かの遠征に行った時だ。俺たちはモンスターの除去、そして食料調達のために定期的に遠征をしていた。当時はそこまで人数がいなかったにしろ百人ほどの人を食べさせるにはどうしても食料不足が否めなかった。そしてその時にいた戦えるメンバーを集め、少数精鋭で食料を探し持って帰るということを定期的に繰り返していた。そんなある日俺たちが食料を持って拠点に帰ると拠点は崩壊していた。おそらくだが何度も拠点を出入りしていたせいでモンスターたちにばれてしまったんだろう。壁や床には血痕がかなりあり、激しい戦闘があったことがわかった。拠点に残っていたほとんどの戦闘員は殺され、そこら中に死体が散乱していた。しかし、その死体は妙だったんだ」
「え、どういうことなの?」
「死体が明らかに足りなかったんだ。この場所には百人程の人がいたはずなのに死体の数はせいぜい四十人程、それもほとんどが男だ。俺たちはそこにゴブリンの死体を見つけこれはゴブリンたちの仕業だと断定することが出来た。そしてゴブリンの習性として人を攫い巣に持ち帰るというものがある。それもほとんどが女性だ」
そこまでいうと霧奈の顔色はだんだんと悪くなっていく。おそらく今日見た夢のことを思い出したのだろう。どうして姉が見るも無惨な姿で死んでいたのか、どうして姉は舌を噛み切って自殺していたのか。それを理解してしまった霧奈の体は先ほどよりも激しく震える。しかし、先ほどとは違い怒りからから震えではない。恐怖からくる震えだ。
薫は霧奈の姿を見ると話を止める。本当にこれ以上言う必要があるのだろうか、彼女自身もこの後どうなったかは想像できるだろう。それを今薫の口からいうことでその想像が実際にあった現実だと断言してしまうことになる。果たしてそれは本当に正しいのだろうか。
「それでどうなったの?」
霧奈は震える拳を強く握り締め、俯いたまま続きを促す。薫もそんな霧奈の覚悟を見て話を続ける。
「俺たちはゴブリンの巣に襲撃をかけ囚われた人を救出する作戦を決行した。その作戦ではたくさんの犠牲は出たものの多くの囚われた人たちを助けることに成功した。しかし、その囚われた人たちの心はほとんど壊れてしまって廃人のような状態になってしまっていたし、生きることに恐怖し、錯乱している人もいた。あれは本当に成功と言えたのだろうか、あれほどの犠牲を出しておいて助けた人たちのほとんどが生きる糧を失い、ただその日を無心で生きるロボットのような人たちだった。それならその人たちを救うために死んでいった仲間たちはいったいなんだったのか、もちろん救わなければよかったなんてことはない。それでも、命をかけた代償がこんな…こんなのって……」
薫は強くテーブルを叩き頭を抱える。霧奈はそんな薫の姿を見て冷静を取り戻す。
正しい行動など誰にも分からない、だからこそ後悔しない道を選ぶのだ。それでも「もしこうしていたら」そうやって選択しなかった世界を考えてしまうのは人間の性なのだろうか。
「話が脱線したな、お姉さんの話だったな。お姉さんはゴブリンの巣で発見することには成功した。けど……」
「もういい」
「もういいの、その先は知っているから」
「そっか…」
二人の間にしばらくの沈黙が続く。これ以上なにを話せばいいのか、どんなことを言えばいいのか薫にはわからなかった。
「そういえば」
長いようで短い時間の沈黙を破り霧奈は最後の質問だと前置きして薫に問う。
「モンスターが現れるのっていつなの?」
「あぁ、言ってなかったか。明日だ」
「あした!!!」
それは今日一番の大きさと間抜けな声をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます