第6話 二日目 憤怒する青年
世界中にモンスターが現れた事により人類は恐怖のどん底へと落とされた。平和の時代を生きる現代の人類にとって自身の身を脅かす生物というのは存在しなかったからだ。食物連鎖の頂点に立つ人々にとってそれは当たり前のことだし、自分たちこそが支配する側だと疑ったことはない。しかし、突如現れたモンスターたちによって自分たちより強い生物に争う術を知らない人類は瞬く間に滅ぼされてしまう。政治家や上級国民たちは地下シェルターに逃げ、街に住む人たちは寄り添い壊れた家に隠れる。外には多くのモンスターたちが群れを作り、人間を見つけては襲い、捕食する。支配する側の人類であったがモンスターたちのてにより、わずか三日という短い期間で世界人口のおよそ6割の人間が地球からその生命を失った。
しかし、そんなモンスターたちの他にもこの世界に突如として現れた存在がある。その者たちは普通の人とは違い驚異的な身体能力を持つ者や少し先の未来を見る者、冷気や炎といった自然現象を操る者まで、他にも多くの特殊能力を使う者たちが現れ始めた。その者たちこそ"能力者"と呼ばれる存在たちだ。能力者たちはその力を使いそれぞれが手を組みモンスターへと立ち向かい、非能力者たちを守り戦う。その姿はまさしく英雄に相応しい所業であり、人類の希望となった。だが、そんな能力者の中でもたった一人で能力者数十人分もの力を持ち、幾重にもの神話の武器を使う者たちがいる。その者たちは自身の体に神や天使、悪魔の力を宿しその能力を振るう。その者たちは契約者と呼ばれ人類の切り札となる。
モンスターがあらわれ三ヶ月が立つと各々が小規模ではあるもののグループを作り自身の身を守り、二年が立つ頃には日本では七つの大組織ができ、そのどこかに所属しなければ理不尽に殺されても文句は言えない。それらの組織は広範囲のエリアを縄張りとし、それぞれで生活の基盤を作り上げる。
薫はその組織のリーダーとなり、多くの人たちを導いてきた。その組織の名前は【エキタス】関東エリアに拠点を構える組織だ。他にも薫たちと同盟を組んでいた北海道の三分の一を支配している【スノーフェザー】。たった一年で北陸全てのモンスターを殺し尽くし、そこに安寧の地を作り上げた【暴竜会】。能力者至上主義をかかげ、強ければなにをしても許されるという思想を持つ【クラン・クラウン】。日本で最も多くの領地と人数をほこる【オールドー・リーブス】。モンスターではなく多くの組織が争いを続け、人の手により多くの血が流れていたが、それらを一つにたばね上げた【四獅子連】。九州に現れた推定Sランクとされるモンスターを単騎で討伐した日本最強と呼ばれる男がリーダーとし連ねる【ノイン・ヘイム】。
◇◆◇◆
薫にはこの世で許せない人間が存在する。それは弱者を虐げ自分のためだけにその力を振るうそんな奴らだ。薫は契約者であるために他人よりも優れた能力を持っている。そのため大抵のモンスターや能力者相手には複数を相手どっても勝てる自信がある。薫の作り上げた組織では『能力者は非能力者のために、非能力者は能力者のために』というルールが存在する。これは能力を持っているからと他者を見下すことはせず同じ仲間として手を取り合い協力していこうという意味が込められている。実際に【エキタス】に所属している人たちは能力者、非能力者問わず皆同じ仕事をし、出来ないことを補いあってきていた。しかし、そんな薫の考えとは反面「強ければなにをしても許される、弱いことは悪であり、強い者こそが正義である」といった非能力者を奴隷のように扱う組織が存在する。その組織こそ薫がこの世界で最も嫌う者たち【クラン・クラウン】だ。
そして今薫の目の前にいる男、薫のことを部下に勧誘し、何でも自分の思い通りになると考えるこの坂本源仁こそ未来の世界で【クラン・クラウン】に所属し、幹部の一人として薫たち【エキタス】に領土侵攻を犯してきた人物の一人だ。この領土侵攻は薫が死ぬ半年ほど前のことであり、互いにかなりの死者が出たことによって彼らは侵攻を中止となったのだ。その時の戦いで前戦で指揮を取っていた瑠華は相手の少数精鋭の奇襲作戦によりケガをおってしまい、後遺症は残らなかったもののモンスター襲撃の際は戦うことが出来なかった。もしあの時瑠華がいれば薫は死ぬことはなかったかもしれない。薫は身体中に憤怒の渦が駆け回る。こいつら侵攻さえしてこなければ、こいつらさえいなければ…。
「そうだ………」
薫は誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
こいつをここで殺してしまえばいいいんだ、そうすればあの時俺は死なずにすんだんだ…。こいつ殺せば………。
薫の瞳に光が戻る。その瞳には目の前に座る男のみが映り、視線で人を殺せてしまいそうなほど鋭く睨んでいる。
「おいおいそんな怖い顔で見るなよ、おじさん泣いちゃうだろ」
源仁は肩をすくめるとテーブルに置いた葉巻をもう一度口に咥える。
「それで部下になるのか、ならないのか、どっちなんだ」
「…」
薫は未だ黙ったまま源仁を、睨め付けている。その瞳はどう見たって部下になると言うような瞳ではない。まるで子どもが親の仇でも見るようなそんな瞳だ。源仁はこれでも人を使うことがかなりうまい。相手の表情や体のわずかな動き、そういったところから深層心理を的確に見抜き相手がなにを望んでいるのか、なにをしようとしているのかだいたいわかることができる。そんな源仁だからそこわかるいや、そうじゃなくてもわかることだ。薫は明らかに源仁のことを敵対している。それは今すぐにでも襲い掛かろうとするほどに。しかし、それをしないのは周囲にいる源仁のガードをする部下たちが不動の姿勢をとりつつも全員が薫の一挙手一投足に神経を尖らせているからだ。
◇◆◇◆
しばらくの沈黙が音として聞こえてきそうなほど静寂した空気が流れる。全員が薫の動きに神経を尖らせ、薫も目は周囲を観察するように動いている。そんな沈黙を壊したのは源仁のあまり大きくない声だったが、静寂すぎるあまりに部屋に響くように聞こえた。
「もういい、そいつを始末しろ」
その声を合図に最初に動き出したのは薫の右後ろに立っていた男だ。男は左足を一歩前に出ると薫との間合いを完全に潰す。そしてその勢いのまま七瀬の体へと拳が迫ってくる。薫は肩越しに確認すると体を捻り二本の指を突き出す。その突きは相手の拳が薫の体に当たるよりも早く男の喉を潰した。
「ゴホッッガッゴ」
男は喉を潰されたことにより激しく咳き込むが、その咳が潰された喉を通るたびに痛みが走る。男は首元を両手で庇うように前屈みになる。薫は空いた腹に蹴りを入れるとそのまま背中に踵落としをし男はその場に倒れる。その光景を最も近くで見ていた薫の左後ろに立っていた男は妙な奇声を上げながら懐にしまっていた拳銃を取り出すと薫に向かって撃つ。しかし、薫にその弾が当たることはない。足を動かすことなく体を少し逸らすだけでかわすとその男へと体を向ける。
「来るな、こっちに来るなぁぁ!!」
バンッバンッと拳銃は鳴り止むことなく何度もその銃口から火を吹く。だが、その弾は薫に当たることはない。どれだけ撃とうが、どれだけ距離が縮まろうが薫に当たることはない。それはまるで弾が意思を持って薫から避けているように感じるほどだ。薫は徐々に距離を詰めるとやがて銃口へと額を当たる。
「どうだ、この距離なら当たるだろ?」
薫は銃口に額を当てた状態でニヤリと笑う。その顔からはここからでも避けれると言わんばかりの自信を感じる。男は震える両手で構える。
「ふざけるなぁ!」
男が引き金を引こうと指に力を入れるがそれよりも先に薫の掌底が下から銃を持つ手に当てられる。男の手は震えていたために下から受けた衝撃に抵抗することが出来ず銃口は上に向くとそのまま天井に弾が当たる。驚いた男は手を弾かれたことにより拳銃を離すと薫はそれを空中で掴む。そして流れのまま男に向かって三発撃ち込むと床に拳銃を捨てる。弾は見事急所を外し男の右肩、左太もも、左足へと当たり悶絶するようにその場で転がり、自身の体から出た大量の血を見るとそのまま意識を失ってしまった。
パチ、パチ、パチ、
他の男たちは薫に襲いかかることはなくその場で固まっている。それは薫の動きを見て驚愕しているからだ。そして、源仁だけがソファーに座り直すと嬉しそうに拍手を始めた。
「お前本当に人間か?あの距離から弾をよけ、さらにはなんの躊躇する事なく人を撃つ奴なんて俺は見たことないぜ。いったいこの平和な世界でどんな生活をしてきたらお前みたいな化け物が生まれるんだ?」
「平和な世界ね…」
薫はその言葉に苦笑する。
「そうだな、もしお前たちが今、この世界を平和だと表現するのであれば俺がいた世界は平和とは無縁の殺し殺される、そんな世界で生きていたんだ……。そんな俺をこの程度で止められるなんて思うなよ」
薫は顔についた返り血を指で拭うと嬉しそうに笑う。
「なにをバカなことを言っているんだ、どこに殺し殺されるような国があるんだ。妄想も大概にしろよ!お前たち!!」
源仁は薫の笑顔を見ると顔をしかめ、どこか余裕のなさそうに命令する。その命令を受け先ほどまで動こうとはしなかった残りの六人がいっせいに薫に向かって襲いかかる。
◇◆◇◆
「ありえない…ありえるはずがない……」
源仁は咥えていた葉巻を床に落とすと座っていたソファーから崩れ落ち後ずさるように手と足を動かす。源仁は今ありえない光景をみてしまった。最初こそただのガキの喧嘩だと一蹴しこんなことをするつもりはなかった。確かに木原のボディーガードとして部下の息子がやられたとはいえ、それもただの喧嘩だと考えればそこまでする価値はないと思っていた。しかし、木原という男は家がかなり裕福であり坂本たちに多額のお金を支払ってもらっている。そのため形だけでも相手を連れてきて支払い分の仕事はしたと言い、終わらせるつもりだった。それがどうした、今源仁の目の前に広がる光景は大の大人八人がたった一人の子ども相手に手も足も出なかった。やられた者たちは壁にもたれかかるように座っていたり、地面に転がるように倒れている。その全員が意識を失っており、顔の限界が分からなくなっている者もいる。ありえない、ありえるはずがないのだ。源仁たちは確かにそこまで大きな組織というわけではない。それでも裏社会に片足を突っ込んでおり、銃や麻薬などを得る手段や死体処理をしてくれるところとのコネも持っている。源仁とは自身が"悪"であることを自覚しており、それが誇りだった。その誇りがたった一人の男にへし折られたのだ。「お前がやってきたことはただのお遊戯の延長線だった」のだと、「"強者"とはこういう者をいうのだと」。それは源仁の中にあった"悪"というビジョンを全て崩されてしまったのだ。源仁にとっての"悪"とは「何をしても許され、力を持って相手を屈服させる。気に食わない奴がいれば殺し、それを咎められる者は誰もいない」そんな理想をこの男はまるで地面に転がる小石を蹴るかのように嘲笑ったのだ。
薫の顔や体には返り血をかなり浴びており、両の拳は赤く腫れ上がっている。薫は近くに落ちていた拳銃を拾うと弾が入っていることを確認する。
カツン、カツン
薫ゆっくりと地面に座る源仁のもとへと歩き出す。その瞳には光がなく、闇おも吸い込んでしまいそうなほど黒い。顔は無表情であり今から行うことになんの抵抗もないことを感じさせる。薫が一歩近づくことに反応するように源仁は一歩後ずさる。一歩、また一歩と薫は前に進み、源仁は後ろに下がる。ついには源仁は壁にぶつかりこれ以上は逃げられないと理解してしまう。
「やめろ、やめてくれ!やめてください!」
「…」
源仁の必死の謝罪にも薫はなにも動じない。やがて源仁の額に銃口が突きつけられる。
「お願いします!お金ならいくらでもお支払いします!!どんな命令にだって従います!!だから……ころさないで……………」
目の端には涙が溜まり、ダムが決壊したようにこぼれ落ちる。声も徐々に掠れてきたのかカエルの鳴き声のように汚く聞き取りずらい。これほどまでに脆いものなのか。薫は目の前で懇願するように両手で祈りを掲げるようにしている男を冷ややかに見つめる。あれほど憎く、恨んでいた相手がこれほど無様な姿を自身の前に見せるのは滑稽に思えるほどだ。薫は鼻で笑うように源仁の懇願を無視するとそのまま黙って引き金を引く。弾は額を貫通し壁や床には大量の血が飛び散る。薫は今もその口から煙をあげる拳銃を床に捨てるとそのまま扉へと歩き出す。しかし、その足は扉の少し前まで来ると歩くのを止めてしまい何かを思い出したかのように一人の男の元へと近づいた。その男は薫をここまで連れてきた者の一人であり、車を運転していた者だ。薫はその男の服を弄ると目当ての物を見つけたのか嬉しそうにそれを上に放り投げるとキャッチする。薫はそのまま指で車の鍵を回しながらその場を後にした。
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