第4話 一日目 ありふれた学校生活

 薫は教室に着くなり自身の席がどこなのか必死に思い出そうとする。学校の場所やどの教室かは覚えていても八年もたってしまえば座席を覚えていることは薫の記憶力では不可能だ。


「あった」


 薫は教室に入ると全体を見渡し自分の席を見つける。なぜ自分の座席がすぐにわかったのかというと薫の机には『死ね』、『消えろ』、『殺す』など他にもたくさんの落書きがしてあるために一目見ただけでわかる。薫はそんな落書きを指でなぞりながら小さく呟く。


「『殺す』ねー、お前たちにそんな度胸ないだろうに」


 薫は『殺す』などといった脅迫じみた言葉を言う人間をたくさん見てきた。実際にこちらを殺そうと本気で襲いかかって来た者たちも少なからずいたが、たいていの奴らが刃物を持っただけで自分が強くなったと勘違いしている人を殺したことのない雑魚ばかりだ。薫は机にこれを書いたクラスメイトの顔を思い出す。


「なんて名前だったか、木村?いや、木下だったか…?」


 薫が自身をいじめていた相手のことを思い出そうと頭を捻っていた時、正面から薫の机を『バコン』と手のひらで叩きつける音が聞こえた。薫は見当はついているもののその人物を確認する。


 やはりこいつだ。高校時代に俺のことを散々いじめてきた…そうだ木原だ。薫は自身の記憶力に満足していると、その顔が気に食わなかったのか木原は机を蹴り上げる。


「おい、なにニヤケてんだよ気持ちわりーな。ぶっ殺すぞ」


 その言葉に薫は笑いを堪えることで必死で顔のニヤケが止まらない。木原はそんな薫の態度にさらにイライラしたためか薫の胸ぐらを掴む。本来なら簡単に避けるところだが薫は自身の余裕からそのようなことはしない。その舐め腐った顔が木原の癇に障ったのかそのまま後ろに突き飛ばすように薫を押すと「学校終わったらいつもの場所にこい!逃げたって明日があるからな、ぜってぇ来いよ!」そういって去っていってしまった。


◇◆◇◆



「ちゃんと来たじゃねぇーか」


 薫は学校の屋上へと向かうとそこにはすでに木原と取り巻き数人の姿がそこにはあった。木原は相変わらず薫のことを見下しており、腕を組んで仁王立ちしている。木原は校内でもかなり有名でなんでもヤクザの知り合いがいるために木原に逆らうとバックにいるヤクザに殺されるなどといった噂がある。もちろんこれはただの噂であり、実際に木原がヤクザの関係者かどうかは誰もわからない。それでも誰も木原に逆らわないのは取り巻きの中に高校生でありながらかなり凄腕の喧嘩屋である男がつねに木原のことを守っているからだ。薫は大きくため息を吐きながら木原との距離を詰める。木原も薫程度になら簡単に勝てるという自信があるため取り巻きの連中をその場に立たせたまま薫へと近づく。二人の距離は次第になくなり、やがて片方が手を伸ばせば触れるくらいまで近づくとそこで二人は立ち止まる。薫は半目になり呆れた顔をしているのに対して、木原は今から始まるであろう薫をボコボコにする自分の姿を想像して口角を吊り上げている。


 そして数秒の沈黙がその場を支配するが、木原は自身の欲望を我慢することが出来なくなり右手を薫の顔面向けて殴りつける。今まで通りであれば薫はその拳を顔面で受け止めそのまま膝から崩れ落ちる。そしてそんな姿を見下しながら蹴りを入れ薫が泣いて謝り、懇願してそれでも蹴りを止めずに薫が立てなくなるまでボコボコにする。


 しかし、木原の拳は薫の顔に当たることなく顔の前に出された片手にすっぽり収まってしまう。


「はぁ?」


 その声は誰が出したのだろうか、木原自身が出したようで、周囲にいる取り巻きの誰かが発したのか、ただ間抜けな声がその空間に響くように聞こえた。木原は目の前で起こっていることが理解出来なかった。木原の拳はあまり強いものとはいえないものの弱者であり、臆病で体を震わせることしか出来ない薫では止めることのできない一撃だ。だというのに何故か木原の拳は止められ、薫はそれがさも当たり前かのように平然としている。


「はぁー」


 薫はその姿勢のまま大きくため息を吐くともう片方の手で木原の顔を殴りつける。木原は後ろによろめき殴られた鼻を押えながら怯えるように薫を見る



「な、何すんだよおまぇ!!ふざけんじゃねぇーぞ!雑魚の分際で俺に手を出しやがって!お前たちこいつをボコボコにして二度と逆らえないようにしろ!!」


 木原は若干怯えつつも自分が弱者である薫に殴られてたことで沸々と怒りが湧いて来たためにその怯えを塗りつぶす。周囲にいた取り巻きたちも木原の怒号により硬直させていた体を動かし、薫へと囲むように近づいてくる。薫の内心は歓喜で満ち溢れていた。今まで散々こちらのことを雑魚だななんだのと言ってボコボコにされたぶんをここで全て返り討ちにし、今までの復讐に燃える怒りをぶち撒けることが出来るのだから。


 最初に薫へとかかってきたのは右側をとっていた金髪の男だ。男は走りながら拳を作りその勢いのまま殴り掛かろうとしている。薫はそんな男の拳を手で軌道を逸らし、伸びた腕を掴むことで相手のスピードを殺すことなくそのまま左側へと投げつける。もちろんそちらに投げたのは計算どうりであり、左側を陣取っていた男にそのまま直撃する。薫がそちらに意識が向いたことで隙ができたと思った後ろにいた男は薫に気づかれないよう静かにかつ素早く背後に陣取るも薫の気配察知能力は幾重にも修羅場を潜り抜けて来たことで常人では到達できない領域にまでたっしている。そのため七瀬には後ろからしがみつくように腕を広げながら近づいてくる男のことももちろん気づいている。薫は男が両腕を閉じるのと同時にその場にしゃがむと上に上がる勢いのまま相手の顎を蹴り飛ばす。顎を勢いよく蹴られたことにより脳が激しく揺れた男は意識は保っていたもののその場によろめくように倒れてしまう。三人が一瞬でやられたことにより他の取り巻きたちは薫に怯え始め近づくことが出来なくなってしまっている。


「おい!なにビビってんだよ!!早くあいつをぶっ殺せよ!!!」


 そんな取り巻きたちにまたしても怒号を浴びせる木原だが、その足も少しだけ震え始めている。そんな中ずっと木原の命令を受けてもずっと動かず不動の姿勢をとっていた男が薫に向かって歩き始まる。


「おぉ、剛時さんやっちゃってください!」


「剛時さんが出たからにはあいつもう終わったな」


 先ほどまで怯えて動くことの出来なかった取り巻きたちは一人の男の歩みを見るとその表情は明るくなり、勝ちを確信する。薫はその男を上から下へと全身を見るように視線を動かす。着ている服は他の者たちと同様学校の制服ではあるものの、胸と腕部分はパツパツに浮かれ上がり今にも破けてしまいそうだ。顔の彫りは深いく、髪はオールバックに固められている。この男こそ木原が学校内で誰も逆らうことが出来ない原因、剛時と呼ばれる男だ。ゆっくり近づいてくる剛時に対して薫もゆっくり歩き始める。確かに昔の薫からすればこんな男を目の前にして立っていることすら出来なかったが、今となってはその辺のモンスターのほうがもっと大きく強いためこの程度だとなんの感情も湧かない。剛時と薫の距離はだんだん近づき、目の前まで来ると剛時はその歩みを止めることなく薫へと大ぶりの拳を振るう。薫はその拳を受け止めることなく、また逸らすことなく回避する。昔の薫であればこの程度の攻撃であればくらったところで無傷だったかもしれないが、能力が使えない今の薫がこの拳が当たれば致命傷になる。薫はその拳を回避するとそのまま腹に向かって蹴りを入れる。しかし、腹に蹴りを入れられたにも関わらずびくともしない。それはまるでコンクリートの壁を蹴っていると錯覚してしまうほど硬く、蹴ったこちらの足が痛くなってしまうほどだ。薫は後方に飛び退くも剛時は追撃しようとはしない。


「本当に人間か?」


 薫は緩む口元を押さえながらも歓喜が混じった声で質問する。剛時もそんな薫を見て獰猛に笑うと嬉しそうに答える。


「お前もな、昨日まで他人に怯え、こうべを垂れるように生きていきたお前が今日になってどうしてそんな力を手に入れたのかは知らないが随分と面白くなったじゃねーか。どうだ、この俺の右腕にならないか?」


 剛時は薫に向かって右手を差し伸べる。それを見ていた取り巻きたちは騒つき初め、後ろにいた木原は剛時に向かって叫ぶ。


「ふざけたこと言ったんじゃねぇーぞ!そんことどうでも良いから早くそいつをぶっ殺せよ!お前たちに誰だが金払ってると思ってんだ!!」


 木原は顔を真っ赤にして叫ぶと剛時はそれを睨む。真正面から睨まれたことで木原は少し後ろに下がり、手を揉むようにして腰を低くさせる。


「いや、別にそういうわけでは無いんですよ?ただお金を払った分の働きはしてもらわないとですし…」


 その姿はまさしく小物そのものだ。木原は他人の前では豪胆に取り繕っていたものの実際は力強いものに頭を下げ、お金を払い自身を強く見せていただけの小物にすぎないのだ。取り巻きたちはそんな木原のことを見て唖然とする。まさか今まで慕い続け、恐怖してきた相手がこんなにも小物で力ない雑魚だとは想像出来なかったのだろう。剛時はそんな木原のことを一瞥すると薫へと向き直る。


「悪いな、こう言われちゃお前をボコボコにしなくちゃいけなくてよぉ。まぁ、せいぜい半殺し程度で済ませてやるからその後俺の部下になれば良いさ」


 剛時は首や肩を回し骨の音を鳴らせる。薫も今まで脱力していた体を構えると戦闘態勢へと入る。


◇◆◇◆



 薫は今までとは違い左足と右足を前に突き出すと右足を少し後ろに引き、左手を胸あたりにもってきて構える。その構えを見て剛時は薫が本気であることを理解すると、先ほどとは違い今度は全力で走りながらその距離を詰める。やはり最初に攻撃を仕掛けたのは剛時の方だった。先ほどと同様の右の大ぶりではあるものの走っていたことによりスピードは速くなり、その力はましている。薫はその攻撃を交わすのではなくその拳を受け止める。そして拳に込められた力のエネルギーをまるで川の流れを変えるかのごとく剛時へと押し返す。剛時は自身の拳のエネルギーをそのままくらい後ろによろける。薫はその隙を見逃さずすかさず顎に向かって回し蹴りをし、剛時の体はさらによろける。薫はそこで追撃の手を止めることはない。膝から崩れ落ちそうになる顔面に対して膝蹴りをくらわせると剛時は鼻から血を出したままその場に前から倒れ込む。薫は最後にと気絶し動こうとしない剛時の両足の骨を砕く。


 そんな光景を見ていた周囲の取り巻きたちは戦いが終わると薫に恐怖し我先にとこの場から逃げ出そうとする。屋上の入り口では複数の人が同時に入ろうとしてドアに挟まりもみくちゃにされている。そしてこの場に残った者は怯えきってズボンを濡らし、腰がぬけたことで逃げることが出来なかった木原とそれを遠くから見下す薫、気絶し地面に倒れた剛時の三人だけが取り残された。


「おい」


「ひ、ひぃぃ」


 薫が凄むように声を出すと木原は両手で顔を守るようにして反応する。薫はそのまま木原に近づくと髪を強く引っ張り顔を覗き込むように持ち上げる。頭からはブチブチといった髪が抜けるような音が聞こえる。


「二度と俺に関わるな。もし次俺に何かしようとしたらお前のことを"殺す"」


 薫の低い声は木原の骨の髄まで震わせるような気迫があった。木原目から涙を流しながら激しく首を上下に振る。薫はそれを確認するとそのまま髪を離し、手についた毛を手で叩いて落とす。そのまま木原を背にして屋上の入り口へと向かうとドアを開けそのまま去って行く。


「くそが!くそが!くそが!」


 木原はそんな薫の姿がなくなり数分が経つと握りしめた手で地面を殴りながら喉から血が出そうなほど叫ぶ。


「ゆるさねぇ、ぶっ殺してやる、絶対ぶっ殺してやる」


 木原はポケットからスマホを取り出すとどこかへ電話をかける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る