モンスターが世界中に溢れて八年、死んだはずの俺は八年前にタイムリープする
無色
序章 謎の男
第1話 襲撃
カンカンカンカンカンカンカンカン
その音は施設内に響き渡る。その鐘の音を聞き全ての人が驚きながらも冷静にそれぞれの目的の場所へと向かう。施設にいる全ての人はこの鐘の音が何を表しているのかを瞬時に理解する『近くにモンスターの姿あり』。戦闘できる者たちは今までの訓練通りすぐさま最も広い部屋へと集まり、非戦闘員はそれぞれが戦っている者の補佐が出来るよう準備を整えている。各部隊の第二、第七、第八、第九部隊以外の隊長、副隊長たちは会議室へと集まるとリーダーが来ることを静かに待つ。
俺は鐘の音が聞こえると寝ていた体を無理矢理起こして会議室へと着替えながら急いで向かう。俺が会議室の扉を開けると部屋のかなにはすでにそれぞれの部隊の隊長たちが俺の到着を待っていた。
「現在の状況は?」
「周囲からミノタウルスとゴブリンの群れが多数接近、現在は第二、第八部隊が交戦しておりますが破られるのは時間の問題です」
「そうか、よし!これより各部隊への配属をきめる。現在交戦している第二、第八部隊と交代し、最もモンスターが多いであろう北を第一、第三部隊に行ってもらい、第一部隊は第三部隊の隊長である
「俺は先に向かっているから葵たちは準備が出来次第すぐに来い」
「わかりました。すぐに準備を済ませて合流します」
葵に一言伝えると薫はすぐさま西側へと向かう。
◇◆◇◆
「クソ、数が多すぎる!これ以上は守りきれないぞ」
「こっちの援護をしてくれ!ミノタウロスが二体来ている!」
「無理だ!こっちもゴブリンが来てるんだ手を離せない」
薫が前線へと向かうと大量のモンスターに苦戦しており、何名かはすでに亡くなっている。薫はモンスターへの怒りをあらわにしながら大きな声で叫ぶ。
「全員この場から退避しろ!ここは俺が何とかする!」
その声が届いたのかそこで戦闘していた全ての人がこちらに目線をやると先ほどまでの苦い顔が嘘のように笑顔になる。
「リーダーが来てくれたぞ!」
「もう安心だ!早く後方に下がるんだ!」
薫の姿を目にしたことでその場の空気が代わり、全員に安堵の息が溢れる。薫は先ほどよりも早く走ると戦闘準備へと取り掛かる。
「我が憤怒の怒りを力に変えその姿を顕現せよ『魔剣サタン』」
薫が走るのと並行するように何もない空間から一振りの大剣が現れる。薫はその大剣を構えると逃げてくる者たちとすれ違うようにしてモンスターへと切り掛かる。現在襲撃してきたモンスターは二種類。二から三メートルほどの大きさで頭と下半身が牛、体は屈強な男性のような二足歩行するミノタウロス。体は小さく人間の子どもほどだが、体全身が緑で耳の先は尖り、顔に対して目は大きく、鼻は歪なほど盛り上がっているゴブリンだ。
◇◆◇◆
「す、すごい…これが七瀬さんの実力なのか……」
逃げていた者たちは薫とすれ違うとその足を止め、その戦いに魅入られていた。あの数のモンスター相手に臆することなくたった一人で戦うその姿はまさに英雄に相応しい所業だ。ミノタウロスはCランクという高ランクのモンスターのため一般的には八から五人ほどでようやく一体倒すことができるモンスターである。にも関わらず薫はたった一人で、しかも複数のミノタウロスとゴブリンを相手に善戦している。
「すみません!遅れました!」
そんな薫の戦いを眺めていた者たちの後ろから部隊を引き連れ、戦闘準備を整えた葵の姿が現れる。
「お前たちここでボーッとしてないで早く後方に下がりなさい」
薫の戦いに見惚れていた者たちは葵の声で我に返ると慌てて中へと走っていく。葵はそんな人たちを呆れながら見送るがその人たちの気持ちもわかる。第二部隊の人たちは基本的に拠点の防衛がメインになってくるため薫の戦闘を見たことがない者が多い。幾度となく一緒に遠征に行ったことのある第六部隊からすれば薫の戦う姿嫌となるほど見てきている。しかしそんな葵ですら未だにその戦闘姿には息をすることを忘れてしまうくらい見入ってしまうことがある。
葵は首を大きく振ることで今やるべきことを思い出し薫のもとへと向かう。そこにはすでに三体のミノタウロスと七体のゴブリンの死体が地面に転がっていた。葵はそんな死体を一瞥すると薫の横顔を見る。息は乱れておらず、その目は未だこちらに歩いてくるモンスターたちに向けられている。
恐ろしい、これだけの戦闘を葵が準備していた短時間で行っていることも、疲れたそぶりのないその体も、未だ睨むようにモンスターを追いかけるその瞳も、まさしくリーダーにふさわしき実力であり、人類の中でも強者に数えられるほどの力。そんな力がありながらも他者を見下すことなく仲間のために最前線で戦い続け、その小さな背中でここにいる全ての人たちを守ってきているのだ。
「七瀬さんこちらも準備が整いました」
葵は薫の横に並ぶと次の指示を求める。薫は暗闇を跋扈するモンスターたちから目線を逸らすことなく静かに応える。
「俺がミノタウロスをやるからお前たちはゴブリンが俺の邪魔をしないようにしろ」
「それでは七瀬さんにかなり負担が掛かってしまいますが…」
「大丈夫だ。この程度さほど問題にはならない」
「しかし……」
「大丈夫だ…」
「……わかりました。ゴブリンは我々で対処させていただきます」
薫の声は冷淡で仲間に向けるようものではない。仮に近くに部下がいればその姿と声に畏怖していたかもしれないほどだ。しかし、薫の能力の性質上戦闘中や感情が昂ってしまった場合などにはこのように周囲に怒りを撒き散らすような姿になってしまうことを幹部である葵は知っている。そのため薫から威圧的な態度を取られつつも葵は冷静に受け答えをする。
その会話が終わるのを待っていたのか目の前にいたモンスターたちは一斉にこちらに走り始めた。先にこちらについたのはゴブリンであり、それを見ていた葵は予定通り部下に命令を飛ばしゴブリンを引きつける。同じ場所から走ったにも関わらずミノタウロスよりゴブリンの方が速いのは、ミノタウロスは巨大であるために一歩は大きいが動きが鈍く、ゴブリンはその身軽さから早く走ることが出来るためだ。
薫は葵たちが戦闘に入ったことを音で確認する。視線は未だこちらに向かってくるミノタウロスに向けられているものの、彼の優れた聴覚は周囲の音を聞くだけでどこで、誰が、どのように戦っているのかを鮮明に理解することができる。
薫が周囲の音に意識を逸らしていると二匹のミノタウロスが薫に攻撃するために手に持っていた大きな斧を上に振り上げる。薫は間合いに入ったことを確認すると相手が斧を振り下ろすより早くミノタウロスの右脇腹から左肩へと剣で切り裂く。剣はなんの抵抗を感じることなく一匹のミノタウロスの体を斜めに両断するとその勢いのままもう一匹へと切り掛かる。横から薙ぎ払うように棍棒をミノタウロスは振るうがそれが薫に当たることはない。踏み込んだ足を軸にして体を逸らすだけでその攻撃を回避し、そのまま腕を切り落とす。腕を斬られたことで一歩後ろに後退するが薫はその隙を見逃さない。離れた間合いを瞬時に詰め相手の懐に入ると胴体を横に真っ二つに斬る。斬られたミノタウロスは暫く斬られたことに気が付かなかったのかそのまま立った状態で静止するも薫が剣についた血を振り払うのと同時に斬られた上半身が地面へと落ち、下半身は膝から崩れ落ちる。それを見ていた他のミノタウロスたちは突撃する足を止めて薫から少し距離を取るとこちらを観察し始める。薫は離れたところにいるミノタウロスたちを睨みつけながらも耳に意識を傾ける。あちらの戦いも特に苦戦することなく対処され十匹以上いたゴブリンも今はわずか三匹ほどになり、そのゴブリンたちももう時期討伐出来る頃だろう。薫の中に少しだけ余裕が戻ってくる。その時この西エリアに大きな声が響いた。
「南側にバジリスクが出現!!至急応援をお願いします!!!繰り返します、南側にバジリスクが出現!!至急応援をお願いします!!!」
その声は施設の屋上から西側の戦闘音よりも大きな声で現状を伝えてくれる。彼らの役割は全体の戦闘を確認し、それらを逐一全体指揮官である瑠華に伝え、瑠華から貰った指示を他のエリアで戦闘している者たちに伝える伝令役だ。
薫はその声を聞くとわかりやすく不機嫌になり、大きく舌打ちをする。バジリスクというモンスターはBランクに推定され、外見はただの蛇だが、頭に冠を思わせる模様があり、全身のあらゆる箇所に毒を持ち、その視線は他の生き物を石化させる程の力を持つ危険なモンスターだ。Bランクになってくると単騎で勝てるのは薫か総司郎、瑠華の三人と相性さえ良ければ後二人戦える人物がいる。しかし、人数を集めたところで他のBランクモンスターならともかく、バジリスクになるとその毒と石化の目で大量に負傷者が出てしまう。瑠華は応援に行こうにも現在はケガをしており戦闘に参加することはできない。総次郎は反対側である北方面にいるため助けに向かうには時間がかかりすぎる。しかし、薫が向かおうにも現在西側には未だミノタウロスが八匹は残っている。二匹、三匹ほどであれば葵たちに任せてもなんとかなっただろうが、八匹ともなるとさすがに難しい。
薫は大きく舌打ちをするとちょうどゴブリンを全て倒した葵たちに命令を出す。
「お前たちは今すぐ南側の援護に行け!バジリスクとは無理に戦うな、時間さえ稼げばそれで良い!!」
薫の命令を聞きつけた葵は返事をすることなく頷くと部下たちを率いて南側へと向かう。
◇◆◇◆
葵たちがこの場からいなくなったためミノタウロスが葵たちに向かわないように牽制していた薫だったがそんな事を考えなくて良くなったために遠くから観察するミノタウロスに向かって全力で攻撃を仕掛ける。その甲斐があってかミノタウロスとの戦闘はものの五分ほどで終わり七瀬は荒くなった息を整える。いくら薫が強者だからといってCランクのモンスターを複数同時に、しかも短時間でとなると体が休憩を求めるほどには疲れてくる。薫は立ったまま肩で息をしていながらも南側へと意識を向ける。戦闘はまだ続いているのかここまで離れているとさすがに薫の聴覚をしてもわからない。薫はただ仲間の無事を祈りつつもすぐに向かおうとはしない。幾らBランクのモンスターに単騎で勝てるとはいえ、相手に疲れた状態ではさすがに苦戦してしまうし、最強である皆んなのリーダーとしてそんな姿を見せることはできない。薫は少し休憩しながら今回のことに関して思考を始める。
このモンスターたちはいったいどこから現れたのだろうか、ここらいったいのモンスターは全て狩り尽くしたためにこの施設を囲むように他にもたくさんの施設が設置されている。そのためここまで来るには他の施設を襲撃する必要があるはずなのだがそういった情報は入ってきていない。それに昼夜問わず見張を置いているにも関わらずモンスターの接近に気づくことが出来なかったのも不可解だ。いくら今日が新月で月明かりが無いとはいえこんなことがあるのだろうか、もしかしたら今回の襲撃はモンスターではなく他の組織による攻撃ではないのだろうか。
薫はそんな事を考えながらも今は考えている暇はないとどこかで痛めたのか右脇腹を押さえながら目を瞑り、大きく深呼吸をすると歩き出そうと一歩前にでる。
「グハァ」
その時突如として薫の口から多めの血がこぼれ落ちる。薫は口から溢れた血を拭こうと右手を口元に持ってきてその動きを止める。右手にはなぜか大量の血がついておりその違和感に気づいた。薫は未だ痛みの走る右脇腹を見るとその部分から大量に血が出ており、服は血を染み込ませその色を徐々に大きくしている。薫はそれを理解したことでようやく自分が刺されたことに気づいた。薫は戦闘中、他の者よりもたくさんのアドレナリンが分泌されるためにこういった大きなケガをしても気づかないことがある。本来ならば周囲にいた仲間たちが教えてくれるのだが今は別の場所に向かわせてしまったために一人である。薫はよろめく体を引きずるようにして、近くにある木へともたれかかる。
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