第20話 こっそり

「それでは放課後、お迎えにあがりますので」

「わかったわ」

「——きっと大丈夫ですからね」

「あたしを励ます暇があるなら、早く帰って別件のお仕事に取り組みなさいよ」

「はは、承知しました」

 圧巻の造りをした校舎の前に着き、簡単なやり取りをしたその後のこと。

 華奢な後ろ姿が見えなくなるまでテトラを見送ったレオンは、きびすを返していた。


『王家の使い』及び『テトラの使い』だという立場はすでに広まっていることなのか、すれ違う学生からの挨拶に応えながら、待機中の馬車に少しずつ向かっていく。


 そんな矢先だった。

「あら、ふふふっ。これまたすごい偶然があるものですね」

「ッ、フローリア様! 本当におっしゃる通りでございますね」

 登校時間が被っていたのか、正門側から校舎に向かって歩いてくる令嬢——ウェーブのかかった艶のある空色の髪に、翡翠色の大きな瞳。

 雪のように白い肌に、均整のとれたくびれのある体躯。

 落ち着き払ったフローリアと昨日ぶりの再会を果たすレオンである。


「ただ今ご到着なられたのですか?」

「……えっと、はい。そんなところですの」

 なにか考える素振りに、間があったフローリアに違和感を覚えたレオンだが、内容としては些細なこと。

 特に触れることなく、ふわふわとした笑みを浮かべている彼女と会話を広げていく。


「ちなみにですが、フローリア様のお付きの方はどちらに?」

「既に帰路についておりますわ。この学園の二年生になり、環境にも慣れたわたくしなので、馬車の前でお別れをする方針を取っておりますの」

「なるほどフローリア様らしい方針でございますね」

「お世話になっているだけに、あまり苦労はかけさせられませんから。……レオンさんに対しては矛盾した言い分になってしまっていますが」

「とんでもございません」

 首を左右に振って強いアピールを示すレオン。

 彼女に仕えていた頃、苦労をかけさせられた記憶はないようなもの。

 強いて言うのならば、甘え始めたら止まらなくなってしまうことくらいだろうか。


 見た目や雰囲気とは裏腹に、甘えん坊というギャップを持っているフローリアである。


「レオンさんはご主人のお見送り後でしょうか?」

「おっしゃる通りです。中の方までテトラお嬢様をお見送りしてまいりました」

「んぅ……。あなたに……。それは羨ましい限りですわ」

「ははは、フローリア様もお見送りがあったのでは?」

「それとこれは別ですの。あなたからのお見送りは特別なものになってしまったのですから。いくら求めても手に入らないものなのですから」

 器用に眉を逆立て、きめ細やかな頬を膨らませ、不満をモリモリに表すフローリア。

 信頼を寄せた相手にしか見せない表情であり、以前の立場なら空気が入って丸くなったその頬を優しく潰していたレオンである。

 

「——ですが、チクチク言うのはこのくらいにしておきますの。あなたからはいただいたものがありますから。……嫌われてしまうやもしれませんから」

「恐縮です」

 それとなく親指につけた指輪を見せるフローリアに、頭を下げるレオン。

 プレゼントを今も大事にしてくれている。そのお礼を含めてのもの。


「お話が変わりますが、レオンさんに一つお聞きしたいことが」

「どうされましたか?」

「ご主人であるテトラちゃんの様子はどうですの? 新しい環境になりますから、なにか大変なこともあるのではと、わたくしも気になっておりまして」

「ご心配いただきありがとうございます」

 公爵家であるフローリアの家系は王家の親戚。

 そのために砕けた呼び方ができる訳であり、王家への推薦をしてもらえた理由も同じこと。


「あまり口外するべきではないのですが、個人的には交流の面を心配しておりますね。こればかりは仕方がないことですが、テトラお嬢様自身、お立場の不便さを感じているようでして」

「それは納得ですわ。万が一にも『目をつけられない』ように、一定の距離を保つよう両親から言い渡されている貴族ばかりでしょうからね」

『衰退』が貴族にとって一番恐れること。

 なるだけ敵を作らないように、目上の者には敬意を払うように、問題を起こさないように。

 それが貴族として生きていくための常識。


「ご質問なのですが、フローリア様はどのように対処されてこられましたか? 参考にさせていただくものがあればと思いまして」

「ふふっ、恥ずかしながらわたくしはなにも対処できておりませんの」

「えっ!?」

「独りぼっちでいる時間の方が多いですもの」

「……またまたご冗談を」

 一度は呆気に取られたものの、すぐに我に返ったレオンは微笑みながら手を振る。

 しかしながら、フローリアはなに一つとして冗談を言っているわけではなかった。

 からかうような意図もなかった。


「全て本当のことですのよ? 話し相手が誰もいないというわけではありませんが、公爵家もそれなりの地位がありますから、王家の者と似たような対応をされますの」

「そ、そうでございましたか」

 レオンは決して公爵家という格を軽んじていたわけではない。

 ただ、こんなにも柔らかい雰囲気を持つフローリアですら距離を取られているという事実に驚いただけである。


「このような環境であるばかりに、あなたにはいろいろと言いたいことがありますの」

「そ、それはなんでしょう?」

 声色は普段通り。ただ、目を鋭くしたフローリアは一歩距離を詰めて小さな口を開いた。


「わたくしにはもう砕けた口調、、、、、は使ってくれませんの? あなたまで距離を取るそちら側に回っていること、本当に悲しく思っておりますのよ」

「はは……。正直なところ違和感を持ちながら会話をしております」

 もし関係が変わっていなければ、『しております』ではなく、『してます』という言い方をしている。

 もっとラフな返しをしていることだってある。


「元に戻すつもりはありませんの? ……『ない』とは絶対に言わせてあげませんが」

「フローリア様がお求めになってくださるのなら、周囲の目がない時に」

「求めないわけないではありませんか。髪のお手入れをお願いしていた関係だったのですよ? 寝室への入室を許可していた関係だったのですよ? 早急に改めてくださいまし」

「もったいないお言葉です。ありがとうございます」

 立場が変わった今、2年の関係値があったところで、『許可を得る』という慎重な対応をしなければならない。

 一つの失態が王家に泥を塗る結果になってしまうのだから。


「約束ですからね?」

「もちろんです」

「二人っきりの時間も作ってくださいまし」

「承知しました。そちらも約束ということで」

「ふふっ、それでは機嫌を良くしますわ」

 ふわふわとしているフローリアなだけに、不機嫌になっていたことはレオンには全然伝わっていなかったが、一段と柔らかい態度になったことは伝わる。


「それと、レオンさんに言えず仕舞いだった大事なことが一点ありますの」

「は、はい? なんでしょうか」

「テトラちゃんのことはわたくしがしっかり気にかけますので、なにかと安心してくださいね。あなたからお願いをされる前に伝えておきますの」

「ッ」

 息を呑むレオンの反応を見て目を細めるフローリアは、しっかりと伝えるのだ。


「わたくしにとっても、お話し相手ができることは大変都合の良いことですから」

 嫌々するわけではないと。自分がそうしたいのだと。


「……ただ、テトラちゃんが迷惑に思ってましたら、わたくしにお教えくださいまし。その時はご対応を改めますから」

「承知しました。本当に感謝いたします」

「いえいえ、とんでもないことですよ」

 感謝に言葉は受け取らないというように、軽く耳を塞ぐ素振りを見せたフローリアは、ここでふと学園に設置された時計台に目を向ける。


「さて……。名残惜しいですが、ご挨拶はこの辺りがよいタイミングですね。次は人目のないところでお会いしましょう?」

「是非ともお願いいたします」

「ふふふ、それではごきげんよう。レオンさん。またお会いできる時まで」

「はい。お身体にはお気をつけくださいませ」

「あなたこそ、ですのよ」

 そうして、去る瞬間のこと。

 校舎に向かって足を進めるフローリアは、レオンの手に軽く触れるのだ。

 あくまで偶然だというように、後ろを振り返ることなく——。


 *


「——フローリア様、どちらに行かれていたのですか?」

 教室に戻った彼女にクラスメイトがかけた言葉はこれ。

「少々、お外の方に。大切な方をお見かけしまして」

 実はというもの、テトラとレオンの二人よりも早く登校していたフローリアなのだった。



 あとがきを失礼します。


 いつもお読みいただきありがとうございます。

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 それでは、引き続き何卒よろしくお願いいたします。

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