第19話 少しの変化

「よ、様子を見ての形にはなるけれど……今日はアイラ嬢に声をかけてみようと思っているわ。……あなたっていう共通の話題があるから」

「それはなによりです」

 馬車に乗って学園に辿り着き、石造りの道を歩いて校舎までテトラを送っていた時のこと。

 ボソリとした声を隣から聞き、レオンは笑みを浮かべていた。


「もしよろしければ、どのようなお話をされたか放課後にお教えいただけると嬉しく思います」

「雑談ができるかはまだわからないわよ? 相手の都合だってあるし、タイミングだってあるし」

「もちろん構いませんよ」

「……そ」

 教えてくれると楽しみにしているような様子に、つい弱気な態度を見せてしまうテトラ。

 家庭環境や、今の状況から『話せなかった』というような成果、、を持ち帰れないのはなにかと怖いことなのだ。


「とにかく……迷惑に思われないことを祈るばかりだわ」

「アイラ様はそのような方ではございませんよ。もしご心配のようでしたら、授業が始まる前にこちらから先に一声をかけることや、一時的にお二人の間に入ることはできますが」

「そ、そんな子どもっぽいことを頼めるわけないでしょ……。噂が広まったらどうするのよ」

 仮にも王家という出自のテトラなのだ。

 周りから呆れられるような行動を取るわけにはいかない。

 敬意を削がれないようにするためにも、社交的な場では基本的に一人で物事を完結させなければならないのだ。


「……」

『この立場じゃなかったなら……』

 という思いが渦巻くが、そんなことを考えたところでなんの意味もないこと。

 現実の逃避から戻るように、首を左右に振って雑念を払った矢先だった。


「その手の噂が広まった際には自分がお守りしますよ。『身勝手に動いてしまった』と」

 横から力強い言葉が耳に届くのだ。


「全員に信じていただけるのかは定かではありませんが、噂を払拭するという面においては十分な働きはできるかと思います」

「ふぅん。その場合、あなたの解雇は必然でしょうね。『勝手を働く使いを雇っていた』なんて王家に泥を塗った罰として」

「おっしゃる通りですね。個人的には解雇だけで済むほど甘いものではないと考えておりますが」

「……澄ました顔しちゃって。内心はビクビクなくせに」

「苦しまれるテトラお嬢様を目にするくらいなら、都合のいいのはこちらなので」

「な、なによそれ」

 上下関係が定まっている場合において、下の者に非があった場合の処罰は洒落にならないもの。

 言われたままの罰を拒否権なく受け入れざるを得ないのだから。

 そして、失敗の噂が広まるのは当然。常に後ろ指をさされる生活をしなければならない。

 貴族において、このような事態に直面した時点で衰退の一途を辿ること。


「……あなたってあたしのことが好きなのかしら」

「『異性として』と問われましたら否定させていただく他ないのですが、ご主人様としては好意的には思っておりますよ」

 レオンの立場上、主人に想いを寄せるようなことをしてはいけない。

 なにかの間違いが起きないためにも、厳守とされていること。


「それにしては覚悟が決まりすぎている気がするけどねえ。長年の関わりがあるならまだしも、あたし達はそんな関係じゃないわけだし」

「はは、時期はなにも関係ないかと」

「え? あなた達の立場からすると、それが当たり前ってことなの?」

 立場においてのものの見方や価値観、考え方は違う。

 コテッと傾げながらテトラが問えば、レオンは否定のアクションを取った。


「いえ、実際には人によりけりだと思います」

「じゃあ、あなたは怖いもの知らずなのね。王家から解雇っていう烙印らくいんを押されてしまったならば、どこの貴族も拾ってくれないでしょうし」

「とんでもありません。誰よりも恐ろしく考えておりますよ」

 テトラの言うことは全て事実。

 仕事もなくなり、生活ができなくなる。夢や理想も叶えられなくなる。

 この未来が怖くないという者は誰一人としていないだろう。


「あなたの態度からはとてもそう思えないのだけど」

「では、証拠を見られますか?」

「逆に証拠を見せられるの? そこまで口火を切るのなら、中途半端なものは見せられないわよ?」

「承知しております」

 大きく頷いて理解を示すレオン、左腕の裾を右手で掴んでグッと肩の方向に引っ張る。

 そうして腕の素肌を三分の一程露わにして証拠を見せるのだ。


「こちらがその証拠です」

「…………それ、演技じゃないの?」

「このような特技は誰も持っていないのではないでしょうか」

 鳥肌が立っていることをテトラに見せれば、すぐに裾を戻してシワを伸ばすレオン。

 周りの目もあり普段通りを装っているものの、解雇という未来を想像するだけで怖気が立つのだ。


「あなたなら気合いでできそうな気がしないでもないのだけどね。そのくらいのポテンシャルはあるんじゃないかしら」

「ははは、ご冗談を」

「一応、少しは本気で言っているのだけど……あなたの証拠が中途半端なものじゃないことは理解したわ」

 明るい笑顔を浮かべるレオンに対し、神妙な表情に変えるテトラ。


「つまり、あなたは……その、自分の人生を捨てる覚悟であたしを守ってくれようとはしてくれるのね」

「それが自分の持つ矜持ですから。……と、申しはしましたが、この安全圏で口にしても軽い言葉になってしまいますね。今の発言はお忘れになるか、頭の片隅に置いてくださいませ」

『守る』ということを信じてくれさえすれば、『矜持』などはどうでもいい話。

 つい強く語ってしまった気恥ずかしさを隠すように、青色の空を見上げるレオンである。


「損な性格してるわよ。あなたは」

「そうでしょうか?」

「だってあなた、恋人を作って幸せな家庭を作りたいのでしょ? 仕事を失ってしまったらそれ以前の問題じゃない」

「ッ」

 ここでハッとしたように目を見開くレオン。

 珍しい顔を見せる彼に、テトラは無意識に広角が緩んでいく。


「養ってもらうわけにはいかないでしょ? どう生活していくのよ。貯金だっていつかなくなるでしょ」

「……」

 口にすればするほどさらに目を大きくしていくレオンを見て——。


「ふふっ」

 テトラは思わずというように笑うのだ。


「損な性格してると言った理由、納得したでしょ? あなたはその意識を変えないとまず幸せにはなれないわよ」

「あ、はは……」

 これには苦笑いを浮かべる他ないレオンである。


「ひとまずあなたはあたしに嫌われないようにしなさいよね。その性格を利用されないように」

「ぜ、善処いたします」

 そして、そんな事態に陥っていたばかりにレオンは気づくことができなかった。

 テトラが自然な笑みを見せたことに。



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