人それぞれ
キクジロー
青い芝
ある日。
ヒートアイランド真っ只中の東京にて。
北条という人間が存在している。
北条は渋谷という最先端かつ輝かしい街で働く社会人。職場は若者に人気なお店とお店の間にボソボソと立つ雑居ビル。
入口はトイレのタイルのような黄色がかった壁と床が一面に広がっており、エレベーターは人二人入ればギチギチの狭さ。
漫画のような綺麗なオフィスワークとはかけ離れた売れない営業マン。それが北条である。
しかしそんな北条もとうとう仕事に嫌気が差して、外回り中にサボってカラオケに入ってしまった。特段、サボったからと言って何か罰ゲームがあるわけでも無いし、そもそもバレる理由はない。
――――と、北条はそう思って一人カラオケに勤しんでいたその最中。北条は会社の上司と出くわしてしまったのだ。
「――――あれ? 北条がなんでおるん?」
「あ、いや、その…………」
北条はまさか自分が熱唱している個室に上司が入ってくるなんて思いもしていなかった。
「ていうかお前さぼってたんか?」
「……あ、はい」
「ほ〜ん。俺は接待でここに来たけどお前はただのサボりなんか?」
「そうですね………………」
「いい身分やな? お前より十年長く働いている俺ですらこんな暑い中接待で歩き回っとるのにか?」
「………………」
正論すぎる正論に北条はぐうの音も出ない。
北条はそんなこと知らんわと思いつつも、ここでそれを言ってしまえば人生が終わると思っており、一言も意見する事が出来なかった。
「まあいいわ。お前、今日でクビな?」
「え?」
「え? って、なんでお前がその反応出来るん?」
「いや、だって、さすがにクビは…………」
「クビ当然やろ。元々売上も無いし、その上サボってる奴なんていらんやろ」
上司は怒っているというより、とうとうこいつをクビに出来るのが嬉しいという顔をしていた。
北条はそれを察した。この顔、この雰囲気は今始まった事ではない。
前々から北条と話す上司は、いつもこの顔で、何とかこいつを追いやろうとしていた。
「…………分かりました」
北条は上司の言葉を受け取った。
何も反論すること無く。ただただ忠実に最後の指示に従った。
「もう書類も何も書かなくていいよ。こっちでやっとくから」
「はい」
北条はそのままその場を後にした。
ちなみに自分のカラオケ代は、上司にぶつけた。
そうしてそんなこんなで北条は近くの公園に来た。しかし北条は特に落ち込むこともなく、むしろハッピーだった。
「やっと自由か…………」
北条はだらしなさそうな見た目をしているが、実は毎月貯金をするほどマメな人間なのである。
ただそれは悪魔で自分にベクトルが向く事だけであり、仕事とかそういう他人のため、会社のため、社長のため、上司のためにはいつも横着である。
北条はコンビニで買った百円程のおにぎり二つと炭酸ジュースを飲み干して、ちょっとばかり人間観察を始める。
まず一人目。
子供三人がよくわからない動物の遊具で遊んでいる。
滑り台だろうか?
北条は何を思うこと無くぼーっとただそれだけを考えていた。
二人目。
次は高校生だ。
青春って奴だ。
カップルであろう男女二人組が、ベンチに腰掛けながらお互いうつむいて話をする。
まだ付き合いたてかな?
それとも別れ話かな?
そんなことを考えながら北条はまたもやぼーっとする。
三人目。
最後は孫を連れたおじいさんだ。
おじいさんは孫がブランコに乗っている姿を笑顔で見ていた。
微笑ましい光景だ。
北条はぼーっとする。
あぁ、これがしたかったな。
北条は、自分が惨めに思えた。
かつての自分は、あの子どものように純粋で遊びを楽しみ、高校生の時には青春で毎晩明かした。
そしていつかは孫を見るのが楽しみなのだと当時は思っていた。
しかし今の自分はあの頃の自分に顔向け出来ない程腐っていた。
誰が為に生き、何が楽しいのか。
理想を描いているのだろうか?
四十手前のおっさんに結婚は出来るのだろうか?
孫は見れないのではないか?
北条はぼーっとしていた頭をグチャグチャにしてしまった。
「あぁ…………、もう取り返しがつかない」
北条は呟いた。
しかし、そんな北条に対して、もう一人の絶望人が現れる。
彼は北条と会ったこともなく、そして特に話しかける事も無い。ただの五十過ぎのハゲたおじさんである。
おじさんはボロボロの白い作業服を着ており、比較的安めのタバコをしわくちゃの手で持っている。だがその手には金ピカの細い指輪がはめられており、身なりとは不相応な輝きを見せている。
彼は北条と遊具を挟んで反対のベンチに座り、北条をじーっと見つめる。
「…………ワシはそんなに悩める人生だったのかのぉ?」
人それぞれ キクジロー @sainenn
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