サブスト_小さな科学者と片想い

 時は遡り、これはステラハートが惚れクスリを飲んだ日の話である。

 国立黒姫高等学校には学生寮がある。湖畔まちこはそこを借りて住んでいるのだが、ステラハートは寮を利用せずに近くの山林にある山小屋で一人暮らしをしていた。


 エクソシストの家系に生まれたステラハートは、この日本国を担当することになり、この学校に入学することになった。エクソシストは悪魔に狙われやすい。というより悪魔に狙わせるように己に術式をかけている。悪魔が寄ってきても他者に被害が出ず、戦闘になった際にも周りを気にしなくて済むという理由から山小屋に住んでいるのだった。


 ステラハートは放課後、近所のスーパーへ買い出しを行った。今日は豚肉が特売セールで安かったから豚肉と温野菜のミルフィーユにすることにした。帰宅して一息ついたらエプロンをつけて台所に立つ。そして買ってきた野菜をカットしていく。食材を鍋に敷きつめてカツオ出汁と味の素で調整し、煮ること15分。湯気と出汁のよい香りが部屋に充満する。それから胡麻ドレッシングとポン酢、食べるラー油を器に分けてタレを用意する。


「ん!」


 意外と美味しくできてちょっぴり嬉しいステラハートであった。口をもごもごさせたまま立ち上がり、浴槽にお湯を溜めはじめる。温度はぬるめの40度。人肌の温度で長くゆっくり入るのが彼女のスタイルである。興味のないバラエティー番組を眺めながら食事を進める。鍋に残った出汁はご飯を入れて雑炊にするため、蓋をして台所に置いておく。雑炊は明日食べるようだ。


 食事後はお風呂タイムである。肩までしっかり浸かり疲れを癒す。ステラハートにとって至福のひとときである。

 風呂上りはドライヤーで念入りに髪を乾かし、パジャマに着替えたあと化粧水と乳液、クリームで保湿する。歯磨きを済ませたあと水を一杯飲んでベッドに入る。


「……」


 出会ったばかりのクラスメイトがポッと浮かぶ。科学者の格好をした小さな女の子。ステラハートは買い物しているときも食事をしているときも、お風呂に入っているときも、化粧水をつけているときも、ずっと彼女、もとい湖畔まちこを考えていた。


 湖畔まちこの笑顔が頭から離れない。湖畔まちこの無邪気な声が耳に残っている。彼女に触れた指先が温かい。彼女のことを考えれば考えるほど顔と耳が熱くなる。


「……」


 ステラハートの人差し指は体のラインをなぞり、太ももの内側で止まった。体勢を横に変えると同時に左手首を太ももの内側で挟む。手が冷えているわけではない。むしろ風呂上がりで火照っているくらいだ。


 ステラハートは太ももで挟んだ手首を右、そして左と動かしていく。出っ張っている手首の骨、いわゆる尺骨頭が太ももの内側周辺を刺激する。敏感な太ももの内側を擦られるとこそばゆく、また、とある部分が刺激されて多少の快楽が体をかけ巡る。


 直接触らないのは湖畔まちこに対して罪悪感からで、欲望と葛藤のすえ、このような行為に及んでいる。それでも沸々と気持ちは熱を帯びていく。体温も上昇していき、頭がぼやぁっとしてくる。もはや自分では止めることなどできやしなかった。


『ピコンッ!!』


 スマホの通知音が鳴った。快楽に溺れかけて夢うつつのステラハートの心臓はおおきく高鳴った。連絡先は家族しかもっていない。家族からの連絡も業務連絡くらいでこんな夜遅くに連絡が来たことは今まで一度もない。


「だれ……?」


 一通のショートメッセージが届いていた。迷惑メッセージかと思いきや、送信者名には『カレン』という名前があった。聞いたことのある名前だ。念のため本文を開いてみた。


 日 時:令和X年X月X日 23:10

 送信者:カレン

 受信者:Sutera2211@XXXXX.XX.XX

 件 名:1年ω組の牛乳娘ことカレンちゃんです。

 添 付:XXX.jpeg①、XXX.jpeg②

 本 文:今日はまちこの惚れクスリを飲んでくれてありがとね。え、どうして連絡先を知っているかって? もちろんハッカーにお金払って教えてもらったのさ( *´艸`)フフフ…。改めてお礼が言いたくてね。それに惚れクスリの効果で悶々としているであろうステラちゃんにプレゼントをって思ってさ(^▽^)/もしかしてお邪魔だったカナ? オジちゃんお邪魔しちゃったカナ? そうだったらごめんねてへぺろ大魔境。それじゃあおやすみなさい。良い夢を!


 性欲は一気に氷点下まで下がり、怒りと恥じらいが体を熱くさせる。いますぐスマホを投げ壊したい気分だった。すぐさまメッセージを削除しようとするが添付ファイルがあることに気付く。


「……」


 迷った挙句、一応は開いてやることにした。写真が二枚。一枚目はカレンこと牛乳娘の自撮り写真。即刻削除した。二枚目は湖畔まちこの隠し撮り写真。笑顔の可愛いベストショットである。


「…………」


 勝手に親指が写真を保存していた。それからスマホ画面いっぱいに写真を表示させて、スマホを握ったまま布団の中へ潜っていく。静かな部屋に、布の擦れる音が夜遅くまで響いていた。

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