第49話『ただ君に逢いたいと』(ナルシス視点)

(ナルシス視点)




それは、私にとって特別でも何でもない日の事だった。


友人を王都に招いて、案内しつつ様々な場所を見せていたのだが、王城に入ろうとした時、友人の一人が魔導具検査で引っ掛かったのだ。


私は間違って持ってきてしまったのだなとその者に魔導具を預ける様に言ったのだが、その者は逃亡しようとし、騎士に捕らえられた。


そして事情を聴こうとしたのだが、その者は急に笑い始め、魔法で騎士たちを吹き飛ばす。


「な、何をする! 別に我らは危害を加えようとは」


「あぁ、そうかい。そりゃお優しい事だ。まぁ、俺は違うけどなぁ!!」


「な……」


そして、その者は地面に魔導具を叩きつけて、転移門を作り出した。


「これは!?」


「く、くく。間抜けな王子様だ。お陰でやりやすかったぜ!」


「何を」


「決まってんだろ? 王都中にこの転移門を刻み込んだ! この転移門からは危険度A以上の魔物が出てくる! しかも周囲の魔力を集めて起動する優れものだぁ!」


「何故この様な事を!」


私は魔法で床に刻まれた転移門を破壊しようとするが、防御魔法により防がれてしまう。


「滅ぼす為だ」


「……っ」


「お前たち。キッフレイの人間を一人残らず」


「何故その様な……」


「俺の父は、お前たちキッフレイの貴族に殺された! 苦しめられて、弄ばれて!! だから、俺も殺す。この国の全てを!! これは復讐だ!! この身の内に眠る憎しみと怒りを! 父の苦しみを、母の嘆きを!! 貴様ら全てに叩きつけてやろうって言ってんだよ!!」


「……ばかな」


「苦しみながら死んでいけ! 父の様にな!!」


壊れた様に笑うその者に私は戦慄しながら、騎士団が捕らえるのを黙って見ていた。


しかし、いつまでも呆然としては居られない。


私は残った友人たちを学園まで転移で送り、魔物が出てくるという転移門の対処をし始めた。




装備を整えて、魔物を倒し始めたのだが……。転移門は殆ど見つからず、見つかっても強固な防御魔法はこちらの攻撃を受け付けない為、破壊も出来ない。


ならばと出て来た魔物を討伐するが、終わりのない戦いは私も騎士たちも疲弊させてゆくばかりだった。


既に事件発生から一日が経過しているが、状況は一切好転していない。


住民はなるべく避難させているが、避難場所もいつまで無事か分からなかった。


こんな危機的状況になって初めて、己のやってしまった事を理解する。


なんという愚かな男なのだろう。私は。


「兄さん」


「マクシムか。そちらの状況はどうだ?」


「あまり良くないね。いっそ魔王でも出てきてくれれば、シーラ様に救援要請が出せるんだけど」


「それを見越しての魔物に限定した転移騒動だろう? 全ては私の甘さが招いた事だな」


「……兄さん」


「とにかく、我らは王都に現れた魔物を殲滅する。騎士団よ。我に続け! 行くぞ!!」


私は騎士団を率いながら、王都内を進み、現れた魔物を一つずつ片づけてゆく。


しかし、現れた魔物の数はあまりにも多く、我らだけではどうやっても難しい状況だった。


それこそシーラ様に助けを求められる状況であれば、すぐにでも解決出来るのだろうが。


それは世界中の国家が協議の末に決めた協定があり、出来ない。


シーラ様は人間の事を想い、力を貸して下さるエルフだが、その身は幼く多忙である。


故に、魔王以上の存在が現れた時以外には、協力要請をしない事。


一応シーラ様が独自に判断された事項に関しては、協定違反とはならないが、シーラ様に救援要請に近い事をしてはいけない決まりである。


故に。


我らは自分たちだけで、この事件を解決しなくてはいけないのだ。


しかし、それも仕方のない事の様に思う。


何故なら全ては私の甘さが招いた事だったのだから。


まさか、友人の中に私を陥れようとする者が居るとは思いもしなかった。


魔物を斬りながら、私はレナの言葉を思い出す。


『ただ、ナルシス君が喜ぶ様な事を言ってるだけでしょ。そんなの友達じゃないよ』


『友達ってのはさ。苦しい事も言ってくれる人の事だよ。嫌われても、その人の為になるのならって考えてくれる人の事だ。ただ、力がある人の言う事を肯定して、喜ばせてるだけの人は友達なんかじゃない!!』


あの時のレナこそまさにレナの言う友達であった。


私の事を想い、私が激怒すると知っていてなお、私の為に忠告してくれていたのだ。


情けない。


私はレナの気持ちを理解する事が出来ず、ただ彼女を拒絶し、傷つけた。


謝りたいと思う。


許されたいとは思わない。


しかし、伝えたいのだ。


レナの言葉が理解できたのだと。


ただ私が愚かなだけだったのだと。


君は何も間違えてはいなかったのだと、ただ、そう伝えたい。


無論、この場を生き残る事が出来るのであれば……だが。


「ナルシス様! 前に出過ぎです!」


「構わぬ!! この身がどうなろうとも、キッフレイ聖国だけは……!」


私は魔物に攻撃を受け、血を流しながらも、剣を振り上げ、魔法を放ちながらそれを振り下ろす。


しかし、騎士達の言うように、私は前に出過ぎてしまった為、魔物に囲まれてしまった。


「ナルシス様!」


あぁ、私はここで死ぬのだな。


あの者が、この事件を起こしていた者が言っていた様に、苦しみながら死ぬのだろう。


この国を恨んでいると言っていた。憎んでいるのだと。


だから復讐をするのだと。


「殿下!!」


「ぐっ、……ぁぁあああ!!!」


気合と共に剣を振り回し、魔物を倒そうと挑む。


が、やはり危険度Aランクなだけあり、容易くは倒れてくれなかった。


だが、私が囮となっている事で、騎士達は戦いやすいようである。


「殿下! お下がりください!! 殿下!!」


「ナルシス様をお助けしろ!!」


「ここで、こんな所で失ってはならぬ方だ!!」


この様な事を起こしてしまった私にも、必要だと言ってくれる人間が居る事に感謝をしながらも、私はもはや自分が助からぬ事を理解していた。


魔物から受けた傷は深い。


特に横腹の傷がもう駄目だ。


痛みは熱を発し、流れだした血が足を伝っている。


立っているだけで奇跡のような状態だ。


故に。


「っ」


「ナルシス様!!」


私は魔物に囲まれて、正面に居た魔物の攻撃を受けて剣が砕かれるのを見ながら、地面に仰向けで倒れた。


騎士達の声が響くが、もはや間に合わない。


どの道傷は深く、助かったとて、命は長くないだろう。


「……あぁ」


私はやけにゆっくりと世界が動いているのを見ながら、目を閉じた。


終わりを受け入れる為に。


「最後に一目……君に会いたかった」


頭に浮かぶのは、あの少女の笑顔だ。


最初は気に食わない奴だった。


しかし、話してみると面白い人だと分かった。


もっと知りたいと思った。


触れたいと初めて思った女性だった。


最後に君の姿を一目だけでも、見たかった。


「レナ」


「会いたいのなら、そうすれば良いでしょう」


不意によく聞きなれた声が響き、全てを破壊する様な突風が吹き荒れた。


私が急いで目を開けると、そこには珍しく無表情のシーラ様と、涙を流しているレナが居るのだった。


「バカ!! バカバカバカ!! ナルシスのバカ!!」


「……レナ」


「困ってるなら、言いなさいよ! 俺様を助けろって! 言えば良いでしょ」


「なぜ……きみが」


「友達だからに決まってるでしょ!!」


あぁ、まったく。


私はこんな状況だというのに。


レナの言葉に酷く悔しさを覚えてしまった。


そして、そんなレナの言葉を受けながら、私はシーラ様に視線を送り、聞く。


「……シーラ様」


「はい。なんでしょうか」


「我が国を……キッフレイをお助け下さい」


「分かりました。ただし。言うのが一日ほど遅いです。全てが終わったらお説教ですからね」


私はシーラ様が姿を消すのを確認してから、深く息を吐いて地面にまた体を預けるのだった。


あぁ……良かった。


キッフレイ聖国は救われた。

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