第19話『人形遣いの魔王』

いつもの様に何とか魔物討伐の依頼を受けようと冒険者組合へ行った私であったが、明らかにおかしなその状況に目を細めた。


「いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませ」


冒険者組合の女性方が横並びになりながら、微笑を浮かべて同じ言葉を繰り返している。


そして男性方は無表情のまま壁際に立っていた。


こうしてみると、意識の高すぎるデパートの入り口の様であるが、まぁ冒険者組合はそういう所ではない。


普段であれば、多少かしこまっている部分はあれど、それなりに親しく接してくれるのだ。


こんな他人行儀では無かった。


そして、これと同じ様なものを私は以前にも見たことがあるのだ。


そう。傀儡魔法とかいう胸糞魔法である。


私は、以前と同じ様に冒険者組合のみんなに伸びる魔力の線を断ち切ろうとした。


しかし、それを見越しているかの様にみんなの奥から一人の豪華な服を来た少女が現れたのだ。


「……たす、けて」


「っ」


その少女は涙を流しながら、私に助けを求めつつ、自分の首にナイフを当てていた。


「人質。という訳ですか。やり方が汚いですね」


「目的を果たす為なら、どの様な手段を取ろうと問題はあるまい?」


普段は明るくて、楽しい話ばかりをしてくれる男性冒険者の人が、私の前に立って、彼らしくない口調で私に語りかけた。


それを私はジッと睨みつけながら、距離を取って傀儡魔法に警戒をする。


「おやおや。逃げ出すつもりか? それであるならば、お前が大切にしている子供を魔法で操って、魔物と戦わせる遊びでもするか」


「お前……!」


瞬間怒りが吹き上がる。


子供たちはいたずら好きな子もいるけれど、みんないい子たちばかりなのだ。


こんなふざけた魔法を使う奴の好き勝手にされてたまるか!!


「何が目的なんですか? ここまで大がかりな事をするからには、何か目的があるんでしょう?」


「ふ、ふふ。思っていたよりも冷静みたいだな。それでこそ、あの方の『お友達』に相応しい」


「あの方……?」


「そう。偉大なるあのお方。人形遣いの魔王様だ」


「魔王!」


人形遣いという名は聞いたことが無いが、魔王という名は知っている。


そう。『春風に囁く恋の詩』に登場する歩く災害。それが魔王だ。


何をどうやろうが滅ぼす事は出来ず、歩くだけで魔力を振り撒き魔物を刺激する。


そして戦闘をしようものなら、その魔力に当てらえた魔物が暴走し、村や町を襲い、果ては王都が壊滅し、国が崩壊する。


存在するだけで人間にとっては百害あって一利なしである。


しかも、魔王は倫理観なんてものは持っていないので、たびたび人間を苦しめては遊び半分で村や町、国を滅ぼしたりする最低最悪の存在だ。


「喜ぶがいい! 君はあのお方のお友達に選ばれたのだ!」


「悪いですが……」


私は右足に魔力を集中し、床に強く叩きつけた。


さらに衝撃と同時に魔力を組合の建物全てにいる人たちへ向け、細く伸ばされている魔力の線を断ち切ってゆく。


「っ!?」


「やらせない!!」


そして、傀儡魔法が消え崩れていく人々の向こうで、今まさにナイフを振り上げて、自分に突き刺そうとしている子を抱きしめて、ナイフを手で掴んで止めるのだった。


右手から血が流れ落ちるが、気にせず、ナイフを奪い取ると遠くへと投げ捨てる。


「……」


一応全て壊したはずと思いながら、建物の中で傀儡魔法の気配を探るが、どうやらもう全て解除出来た様だ。


何とか一安心と、抱きしめていた女の子を解放しようとしたのだが、よほど怖かったのだろう。私の服を強く掴んで……。


「ふふ、うふふ。こうやって、あの子の傀儡魔法を壊したのね?」


「っ!? 君は!」


「だーめ。もう逃がさないわ」


少女が私の手に触れた瞬間、全身の力が抜けて、床に倒れこんでしまう。


指先一つだって動かないが、少女の話はハッキリと聞こえていた。


「貴女の噂を聞いた時から、欲しいなって思っていたの。でも、エルフってよく知らないし。もしかしたら傀儡魔法が効かないかもしれないじゃない? だからね。試すことにしたの」


「……」


「あぁ、ごめんなさいね。話せるようにしてあげるわ」


「っ! 感謝はしませんよ」


「別に良いわ。どうなっても最後は私の『お友達』になるもの」


自信満々に言い放つ少女を睨みながら、確かに心の奥に妙な感情が浮かんでいる事に気づいて、それを封じ込めた。


こんな状況でこの少女に親しみを感じるなんて異常だ。


つまりはこれこそ、いずれ『お友達』になるという意味なのだろう。


「あぁ、まだお話の途中だったわね。それでね。あの子に力を与えて、派手に動かして、貴女を呼び寄せてみたわ。結果は、貴女も知っている通り、あの子の集めたお人形は全部。貴女に取られちゃった。色々な方法を教えたんだけどね」


「あの子って、まさか……! アイヴィ!?」


「あぁ、そんな名前だったっけ? 忘れちゃった。ふふ。でも名前は忘れちゃったけど。あの子の願いは覚えてるわ。自分を愛してくれる家族が欲しいよぉーって心の中で泣いてたの。ふふ。面白いでしょ? 人間って不思議よね。あの子の家族はすぐ近くに居るのに、誰もあの子の事を見ようとしなかったんだって。ふふ。それでね? あの子に傀儡魔法を教えたら、何をしたと思う? 自分のお母さんとお姉ちゃんに自分を愛してくれる様にってお願いしてたのよ? アハハ! 必死になっちゃって! 私、面白くなって、貴女の力を試すためのオモチャだったのに、何度かあの子の傀儡魔法を解いて、からかってみたのよ。そしたら、あの子! メソメソ泣きながら、おかーさーん。おねーちゃーん。だって! アハハハ。ほんとにおかしい!」


奥歯が軋む。


苛立ちでどうにかなりそうだった。


確かにアイヴィのした事は許される事じゃない。


しかし、それでも、こんな風に踏みにじられる事が正しい事だなんて、思えない!!


「何度か繰り返してたらね。ようやく足りない頭でも私のいたずらだって気づいたみたいで。私の機嫌を損ねない様に必死だったわ。でも人間って変わるものね。最初は嫌々やってたのに。途中から本当に楽しくなってたみたい。いや、そう思い込もうとしてたのかな? ふふ。私が会いに行くとね? ベッドで一人スンスン泣いてたのに、笑うのよ? 泣きながら、今日はこんな楽しい事をしたって。それが何だか滑稽で面白くて。私、永遠に解けない傀儡魔法の方法も教えてあげたわ。まぁ、貴女はあれも解いちゃったみたいだけど。ねぇ。参考までに教えてくれない? 身体に刻んだ傀儡魔法を解いた方法」


「絶対に、嫌です」


「そ。なら良いけど。どうせお友達になったら関係ないし。そうだ! じゃあ貴女の体にも刻んであげるね。絶対に解けない様に、深く、深くナイフで刻みつけてあげるわ。あ、そうだ! あの子の時みたいに貴女の子供にやらせてあげましょうか? ふふ。自分の大切な人をナイフで少しずつ刻み付けるって、とーっても素敵な顔で泣くの。貴女も見てみたくない?」


「お前っ!!!」


私は、アイヴィの事情を知らず、切り捨ててしまった自分への怒りと、あの子をそんな状況まで追い詰めた魔王に激しい怒りを覚え、全身から魔力をみなぎらせた。


「す、すごい! 身体はもう私の物なのに、こんな事が出来るんだ。でも!」


「ぐっ」


「こうやって踏みつけていれば、抵抗出来ないでしょ? 直接触れ続ければ、傀儡魔法を解く方法なんて……」


「ならば、お前を斬れば良いという事だな!?」


「っ!?」


私でも、魔王でもない声が響いた瞬間、魔王は私の視界から消え、冒険者組合の壁に叩きつけられていた。


そして自由になった体で、あの魔王が立っていた場所を見れば、そこには少し見ない間に大人に成長したオリヴァー君が立っているのだった。


とても頼もしい顔で。


「遅れました。シーラ様。ご無事ですか?」


「……オリヴァー君!」


やだ、完璧すぎるタイミングに惚れちゃいそう。

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