第20話『罪を赦す強さ』
私はオリヴァー君に助けられながら立ち上がり、吹き飛んでいった魔王へと視線を向けた。
普通に考えればオリヴァー君の攻撃を受けて無事な訳がない。
が、魔王とは不死の存在であり、どれだけバラバラにしようが、塵にしようが、消滅させようが、時間が経てば復活してしまうのだ。
とんだ世界のバグである。
しかも、人間に対して友好的な魔王は非常に少ないため、基本的に戦う事になる。
そして当然な話にはなるが、人形遣いの魔王は人類の……私の敵である。
私は隣に立っているオリヴァー君の体に触れて、魔法で魔力の線が見える様にし、剣に私の魔力を通して、傀儡魔法の線が斬れるようにした。
「シーラ様、これは?」
「魔王の魔法を打ち破る為の魔法です。かの魔王は傀儡魔法という魔法を使い、対象を魔力の線で操ります。ですので、その線を切ってください」
「承知いたしました」
「あ、でも無理な時は私に任せてくださいね? 魔王は触れるだけで傀儡魔法を使えるので、絶対に触れない様に」
「承知いたしました。では、シーラ様は後ろにお下がりください」
「え?」
「ここは俺が」
オリヴァー君は私の前に立つと、剣を綺麗に構える。
そして、冒険者組合の窓を破壊しながら飛び込んできた冒険者さんたちにも動揺する事なく、冒険者さんたちの武器を受け流しながら一人、また一人と魔力の線を切ってゆき、解放していった。
「……す、すごい」
「シーラ様! このままここで戦うのは不利です。外へ出ましょう」
「は、はい!」
「俺から離れないで!」
「はい!」
私はオリヴァー君に言われるまま、傍に近づき、オリヴァー君と共に冒険者組合の建物から外へと出た。
走っている間もホラーゲームよろしく、うめき声をあげながら襲い掛かってくる人たちを、オリヴァー君は次から次へと魔力の線を切って解放し、広い場所に出てから再び剣を構えた。
「どうした。魔王。たった一回切られただけで、もう俺が怖くなってしまったか!? まぁ、コソコソと隠れる事しか出来ないお前は、正面から戦う勇気などありはしないのだから仕方ないか!」
オリヴァー君は周囲が見渡せる広場で魔王を挑発しながら、周囲を警戒し続ける。
そして、その挑発を受けてか、魔王はゆるりと姿を現した。
「一応プライドはあったようだな」
「勘違いしないで欲しいんだけど、別にお前の挑発に乗った訳じゃないよ。ただ、このまま逃げられても面倒だからね。出てきただけ」
「……?」
「人間ごときが何をしようと、私には関係ないけど、シーラはエルフだからね。エルフの里にでも引きこもられたら、数百年は待ちぼうけする事になる。だからさ! シーラが逃げられない様に、分かりやすく出てきてあげたんだよ」
「私が、逃げられない様に……?」
「そう。もう分かってるんでしょ? 人間が大切で、大切なシーラ」
「また人質ですか」
「そうだよ! 分かりやすいでしょ!? でも今度は遠慮しないよ。シーラが断ったら、一人ずつ殺しちゃうから! 泣いても怒っても、絶対に許してあげないから!」
「ふっ」
私は思わず笑ってしまいながら、魔王を見つめた。
そんな私に魔王は見るからに動揺しながら手を振っていた。
「どうしたんですか? 手を振って、踊っているんですか?」
「なん、で!? 何をしたの!?」
「別に、大した事はしていませんよ。ただ、先ほどから何度か操られた人に襲われていたので、貴女の居場所を見つけて、貴女を魔力で覆って外への干渉が出来なくしただけです」
「っ!? そんな」
「アイヴィちゃんと戦った時、同じような魔法を使う相手との戦いは想定していました。そこで、対策を考え、練習していました。実際に使うのは初めてですが、うまくいって良かったですね」
「くっ、この!」
魔王は近くに倒れている人に触れ、操るが、その手が離れた瞬間に傀儡魔法は解けて、その人は倒れてしまう。
「無駄です」
「っ」
「オリヴァー君。このまま魔王を封印しましょう。人類の敵である以上、放置しても良い事はありません」
「承知いたしました」
魔王は逃げ出そうとするが、私は地面を踏みつけ、魔王の周りに土の壁を作って逃がさない様にする。
「こんなの!!」
「無駄だと言ったでしょう。貴女がどれだけ魔法を使おうと、壊れた先から壁を作ります。貴女では決して逃げられない。それにもし、逃げようとしても、こちらにはオリヴァー君がいます」
「……そう。どうやら今回は、私の負けみたいだね」
「どういう」
どういう意味かと問おうとしたが、その答えは冒険者組合の建物の上に現れた。
そう。それはキッフレイ聖国に居るはずのアイヴィちゃんであった。
ふらふらと安定しない姿で屋根の上に立っている。
「アイヴィちゃん! そこは危ないです。すぐに何か掴まれる物に捕まってください!」
「ふふ。無駄だよ。あの子には傀儡魔法を刻み込んである。この意味が貴女には分かるでしょ?」
私は魔王の言葉にすぐアイヴィちゃんの耳を塞ぐが、アイヴィちゃんは何も変わらず緩やかに屋根の端に向かって歩き始めた。
「なんで!?」
「……なるほどね。先に与えておいた命令は取り消せないんだ。これは良い事を知ったよ」
「魔王! 貴女は!」
「あの子には、シーラが私に危害を加えようとする度に歩く様に命令してある。そして、自分に触れようとする相手には傀儡魔法を使う様にね。使えない時は、何としても逃げ出す様に命令してるんだ!」
「っ」
「さ。早く私に使ってる魔法を解いてよ。良いの? 私に攻撃し続けていると、あの子、死んじゃうよ?」
「……」
私は無言のまま魔法を解除した。
そして、土の魔法を解除すると、黙って立ち尽くしている私に近づいてきたが、オリヴァー君が剣を向けた事で怯えたように、一歩二歩と下がる。
「わ、私に手を出したら、あの子がどうなるか! 良いの!? シーラが悲しむよ? 泣いちゃうよ!?」
「シーラ様」
「申し訳ございません。手を出さないでください」
「ふ、ふふん。そう来なくっちゃ」
「しかし、ただで逃がすつもりはありませんよ!」
私は右手に魔力を集中し、魔王の体に触れて、傀儡魔法が使われるよりも前に爆発させた。
そして、塵になった魔王をそのままに、私は屋根から飛び降りようとしているアイヴィちゃんに向かって飛び込んだ。
飛行魔法をクッションにしながらアイヴィちゃんを受け止めて、抱きしめたまま魔力の痕跡を追い、背中を魔法で焼く。
いくら傀儡魔法が直接刻まれていようが、それを消してしまえばもう使う事は出来ないからだ。
しかし、アイヴィちゃんは最後の抵抗とばかりにナイフを手に持って、私に何度も何度も突き刺すのだった。
「シーラ様!!」
「手を、出さないで!! オリヴァー君が傀儡魔法に操られたら、私では止められません!!」
「っ!」
「大丈夫。必ず解放しますから」
「っ、あぁ、ああぁぁああああ!!」
「痛い、ですよね。でも、少しの、間。我慢してください」
アイヴィちゃんは私の腕の中で、叫びながら、何度も何度も私にナイフを突き立てた。
しかし、私はより強く私と同じくらい小さなアイヴィちゃんの体を抱きしめて、焼き続けた。
どれほどそうしていただろうか。
完全に傀儡魔法の痕跡は消え、アイヴィちゃんの腕が落ちるのを感じながら、私は火傷の痛みを少しでも和らげる為に、水の魔法で背中を冷やすのだった。
「……ごめんなさい。アイヴィちゃん。こんな乱暴な方法しか取れなくて」
「っ、っく」
「あの時、ただ、貴女を悪として断じるのではなく、もっとよく見るべきでした。貴女の背後にいた悪意を」
私は震えているアイヴィちゃんから離れながら笑った。
泣いている子供を安心させるように。
「大丈夫。もう怖い物は何も無いですよ。一人が寂しいなら、夜は手を繋いで一緒に寝ましょう。母の様に。姉の様に」
「……ゆるして、くれるの?」
「何もなく、許してあげる事は出来ません」
「っ」
「しかし、自らの行いを反省し、悪い事をしたのなら謝って、次からは気を付けるという事であれば、私からこれ以上言う事はありませんよ」
「しーら……」
「長い間。一人でよく頑張りましたね。アイヴィ」
私は泣き続けるアイヴィをいつまでも抱きしめるのだった。
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