(11)

 その疑問を口にしたきっかけは、特に大きいものではない。それに、不意に思いついたというものでもなく、常々考えていたことではあった。


「……『他の女のひとに会えないか』、って?」


 シュヴァーは、ミオリが投げかけた言葉をオウム返しに口にする。シュヴァーは少しだけ、意表を突かれたといった顔をした。ミオリはそれを見て「だめですか」とあきらめ気味に返す。なんとなく、この世界にいる女性と気軽に会えるのであれば、とっくに顔合わせなりなんなりはさせられているだろうという、シュヴァーとラーセに対する信頼があったからだ。


 シュヴァーは眉を下げて――ミオリが半ば予想した通りに――困ったように微笑んだ。


「……うーん、それはちょっと、難しいんじゃないかな」


 ミオリはシュヴァーの返答に落胆の感情を覚えたものの、一方ではそれはそうだろうなという納得もあった。ミオリは想像することしかできないが、きっとミオリがこの家で厳重に守られているように、他の女性もそういった状況下に置かれているのだろう。恐らく警備上の問題とかで、気軽に会うことは許されないに違いないと、ミオリは予想していた。


「……あの、わたし以外の女のひとは、この世界にいるんですよね?」

「うん。いるよ。一応ね」

「そういったひとたちって、あの……わたしみたいな生活をしているんですか?」

「そうじゃないかな……。正直に言うと、女性の生活実態については私も詳しくはないから……」

「そう、ですよね。変なこと聞いてすいません」

「『変なこと』じゃないと思うよ。自分以外の同性について気になるのは、当たり前のことだと思うし。……こちらこそ、力になれなくてごめんね」

「いえ、あの……気にしないでください。ちょっと聞いてみたかっただけなので」


 ミオリがそう言ったところで、ちょうどよくバスルームからラーセが戻ってくる。「風呂あいたぞ」とラーセに声をかけられて、シュヴァーがミオリの隣、ソファの右端から立ち上がった。シュヴァーがラーセと入れ替わりにリビングルームから消えたのを見届けてから、タオルをかぶって粗雑な手つきで髪を乾かしているラーセへと、ミオリは視線を移した。


 ……なにかしら、シュヴァーに対して不信感などの思うところがあったわけではない。ただ「なんとなく」で、ミオリはシュヴァーに投げかけたのと同じ疑問を、ラーセに対しても問うた。「他の女のひとに会うことはできるか」という、シュヴァーいわく当たり前の疑問を。


「……『他の女のひとに会えないか』、ね」


 ラーセの、けだるげに聞こえる低い声の調子に、ミオリはすぐにシュヴァーと同じ回答が返ってくることを悟った。


「無理だな」


 ラーセの答えは、シュヴァーのものよりも直截だった。ミオリはラーセの物言いには慣れていたから、それにショックを受けたり動揺したりすることはなかった。ただ、シュヴァーとの言い回しの違いから、彼とラーセとではもしかしたら見解に相違があるのかもしれないと想像した。


「やっぱり、むずかしいですか?」

「難しいというか、無理だろうな」

「それは、やっぱり……警備とかの問題ですか?」

「……それ、あいつにも聞いたのか?」


 突然、質問に質問で返されて、ミオリは少しだけ心臓が跳ねたような気持ちになった。ラーセの言う「あいつ」がだれを指しているかは明白だった。もしかしたら、シュヴァーにしたのと同じ質問をしたのはよくなかったかもしれないと、ミオリは遅まきながらに思った。


 しかし、ミオリがなにかした口にする前に、ラーセが言葉を続けた。


「そういう質問をあいつにするのはやめておけ」

「……え」

「……あいつは――……お前に対して過保護だからな。不安になるようなことを言うのは、やめておいたほうがいい。そういう質問は俺が聞く」


 ラーセが、途中で明らかに言いよどんだ様子だったのが、ミオリの心に引っかかる。なんとなくの感触だったが、嘘は言われていないが上手いこと真実を隠しているような話しぶりだと、ミオリは思った。


「不安……」

「お前が、外の世界を知りたい気持ちはわかるが……。シュヴァーはさっきも言ったように過保護だ。お前が外の世界で傷つけられたくないんだ」


 ラーセの言葉の意味を、ミオリは計りかねた。この世界にいる他の女性と会うことで、ミオリが傷つくような事態になるところがまず、想像できなかった。最大限想像力を働かせても、他の女性の性格がものすごく悪いとか、そういう可能性しか思い浮かばなかった。


 同じ性別を持っているからといって、なにもかもをわかりあえるわけではないことは、ミオリもよくわかっている。元の世界の学校にいた、クラスメイトの女の子たちがそうだ。シュヴァーは、そういう可能性を深刻に考えて、ミオリに対して……もしかしたら、嘘を言ったのかもしれないと、ミオリは思った。


「会おうと思えば、会えなくもないとか……」

「……さっきも言ったが、それは無理だ。お前以外の女には、俺たちみたいな保護者がみんなついてる。そいつらは絶対にいい顔をしない」


 ミオリの中で、疑問が折り重なっていく。他の女性には「会えない」というよりは、男性たちが「会わせたくない」というのが正しいようだと、ミオリはうっすらと理解し始めた。しかしそれならば、その理由は?


「……とにかく、その質問をあいつにしたのなら、二度はしないことだ。何度聞いても答えは決まっている。お前だって、無駄な問答はしたくないだろう」


 しかしラーセは、ミオリがそれ以上の疑問を口にすることを許さなかった。間も悪くシュヴァーもバスルームからリビングルームへと帰ってきてしまった。ミオリは、ラーセの忠告通りに、シュヴァーの耳がある場で先ほどの疑問を解消しようという試みを取ることはしなかった。


 ミオリの疑問は宙ぶらりんとなってしまった。ただ、「他の女性に会ってみたい」というミオリのささやかな願いごとは、シュヴァーやラーセや――他の男性たちにとって、どうも都合が悪いらしいことだけは、理解した。

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