(10)
「……ミオリちゃんはまだ信じられないかもしれないけれど、私たちはミオリちゃんの言ったことを信じているから。それだけは、知っておいて欲しいんだ」
ミオリが落ち着いたのを見計らってか、シュヴァーの口からそんな言葉が出てくる。
「いえ、無理に信じてもらわなくても別に……だってすごく変な話ですから」
「それを言ったらお前が今この世界にいること自体も――言っちゃなんだが、相当変だろう」
「ラーセ、もっと言い方ってものがあると思うな? ……ともかく、私たちふたりとも、ミオリちゃんの言ったことをまったく信じていないってわけじゃないよ。たしかにミオリちゃんの言う通りに『変な話』で、戸惑っているところも多いけどね。ミオリちゃんが私たちに嘘を言うとは思っていない」
信じる、信じない。その言葉の重さをミオリは計りかねた。口で言うのは簡単だと思う一方、一度言葉にしてしまえばほとんどそれらは取り返しがつかない重さを伴うだろうという考えもある。口先だけの言葉を軽やかに紡ぐ人間がいる一方、そうではない人間も当然存在する。ラーセとシュヴァー、ふたりはどちらなのだろうか。
ただ、ここまで言葉を尽くされて、頑なにふたりから向けられる信頼を、信じ切ることができないのは、それはそれで不誠実ではないかとミオリは思った。一方、ミオリが疑心暗鬼に駆られていたとしても、ふたりが変わらない感情をこちらに向けてくれるのではないかという、甘ったれた予測が脳裏をよぎる。
「……ありがとうございます」
ひとつたしかなのは、ぐだぐだと押し問答を続け、話を長引かせるのはよくないということだろう。一連の出来事を受けて混乱していたミオリは、今ようやく冷静になり始めて、ラーセとシュヴァー、ふたりの貴重な時間をむやみに浪費させたのではないかと気にかかった。
「あの、おふたりともお仕事が……」
「……そういうことは、気にしなくていい」
「そうだよ。ミオリちゃんが大変なときに悠長に仕事なんてしてられないよ」
「いえ、でも――」
「遅くなるとは連絡済みだ。だから、お前が気を回さなくていい」
――それならいいのだろうか? 当然、社会人としての経験がないミオリには、そのあたりの匙加減はまったくわからなかった。ただ、ふたりともが仕事よりもミオリを捜すことを優先したという事実に、いやでも体がふわふわと浮き立つような、落ち着かない気持ちにさせられた。
「ミオリちゃんが無事でよかった」
心から安堵した様子のシュヴァーの言葉に、嘘偽りは感じられなかった。ラーセも、どこかいつもより目元がゆるんでいるようにミオリには見えた。
……まだ、ふたりを信頼できるかと問われると、答えるのは難しい。それでも、ラーセとシュヴァーがミオリのことを考えていてくれていることは、たしかに伝わってくる。その好悪は、ミオリにはわからない。けれども、そっと差し伸べられた手に触れるくらいのことはしていいのではないかと、思わされた。頑なに疑うのではなく、ときにはこちらからふたりに歩み寄るべきではないかと。
「……捜してくれて、ありがとうございます」
「ミオリちゃんの意思でいなくなったわけじゃないんだし、そんなに気にすることじゃないと思うよ」
「……問題はそこだな。またその不審人物が拐かしに来ないとも限らない」
「いなくなったら、地の果てまで行ってでも捜し出すけどね」
シュヴァーの言葉は冗談めかしたものにミオリには聞こえた。けれども今はその気軽さのほうがありがたかった。それにシュヴァーとラーセならば、またミオリが消えても捜し回ってくれそうな気がした。ほんとうに、「なんとなく」の感覚だったが。
「とにかく……お前の帰る場所は、ここだ」
「ラーセの言う通り。さっきも言ったけど……いつまででもここにいればいいからね」
ラーセとシュヴァーが本心でミオリのことをどう思っているかは、もちろんわかりはしないことだ。けれどもふたりが言葉を尽くし、ミオリのよすがとならんとしていることは、わかった。「ここにいてもいい」という言葉が、じんわりとミオリの心臓にしみわたっていくようだった。
家にも学校にも、どこにも自分の居場所はないと思っていた。異世界では、なおさら。「なければ作る」と言えるほどの力も気力も、ミオリにはなかった。けれども素性のわからないただの子供にすら、心を砕いてくれる大人はいるのだと、ミオリはこの世界にきて、知った。それはミオリにとっては、望外の喜びだった。
「……ありがとうございます」
また、じわじわと涙が浮かんで、こぼれそうになった。けれどもその涙は、痛切な叫びの中で流されるものとは違う、あたたかな喜びに満ちたものだった。
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