第50話 食材ハプニング

「また、寝不足だ……」


 オレは目の下に隈を作りながら調理実習に挑むこととなった。

 あの後、陰浦からおすすめされた作品をいくつか読んだのだが、残念ながらほとんど参考にならなかった。

 読み物の中の調理実習はクッキーなどのプレゼントに向いた食べ物を作り、意中の人に渡すイベントであり、腹を満たせるような料理はそもそもお呼びではなかった。

 加えて、作り手はほぼ100%ヒロインであり、男は受け取る側。

 これでは参考にしようがない。

 ただ、収穫はあったな!

 陰浦からおすすめされた作品はどれも、イケメンがヒロインを溺愛かつ糖分高めの恋愛系。しかも、彩夜の目にはあまり映したくない、ほんのり色を感じる内容のものばかりだった。

 いや、面白かったんだけどね。

 つまりなにが言いたいかと言うと、陰浦は思ったよりもメルヘン系だということだ。

 村雨と気が合うんじゃなかろうか……。


「鏡夜ー!」


 おっふ。

 詞のエプロン姿だと!?


「毎朝、台所に立って欲しい」

『なに言ってんのあんた……』

「えー、ボク朝苦手だから無理だよ。それよりもさ、作り終わったら食べ比べしない!?」

「おう、いいぞ」

「じゃあ、どっちが上手にできるか勝負だね!鏡夜に美味しいって言わせるカルボナーラ作って見せるから覚悟しててよね!」


 それだけ言うと、詞は自分の班へと戻ってゆく。

 なに?あのあざとい生き物。

 詞なら全世界の男を落とせるんじゃないか?


「今日はよろしくね!まっきー、こころん!」


 オレが詞に見惚れていると、すでに指定の机の周りにオレの班のメンバーも集まっていた。


「ええ、よろしく。ところで、こころんって村雨さんのことよね?

 ということは、まっきーがわたしのことかしら?」

「そだよー。あだ名でいいって言ってくれたし、そっちの方が仲良くなれるかなーって!あっ、嫌だった!?嫌なら別のあだ名考えるけど!」

「いえ別に、問題ないわ。村雨さんはどうかしら」

「あ、うん。うちも別にええよ」

「よかったー」

「ところで、湾月くんはあだ名で呼ばないのかしら?」


 え、オレ!?

 別にあだ名とか……期待しなくはないけど……。


「え!?あ、うーん。湾月くんでしょ~……わんちゃん?」

「「プッ!」」


 ……わんちゃん。

 あだ名いいな~とか思ったけど、前言撤回!全然いらないわ!


「あははは!おもろいわ!」

「いいんじゃないかしら……クフフ……」


 え、ご本人よくないけど!?

 なんで当人ほったらかしでいい感じに打ち解けてんの!?

 これじゃあ、却下しづらいだろ!拒否権があるのか知らないけど!!


『ブフフ……わんちゃん……わんちゃんって……』


 おい!そこのポンコツ天使!

 お前も嗤うんじゃねーよ!余計に恥ずかしくなってくるだろ!!


「そう言えば、みんな隠し味とか付け合わせ、なに持ってきたの?」

「そうだったわね。湾月くん。いえ、わんちゃん。あなたはなにを持ってきたのかしら?」


 おい!

 笑い堪えながらあだ名でいじるんじゃないよ、まったく!

 てか、オレのあだ名わんちゃんで決定なの!?

 はあ~、しょうがない、空気悪くしたくないし受け入れるとするか……。


「オレはこれだ」

「なにこれ?」

「なにかしら?」


 え?いや、見てパッとわかるだろ。


「味噌だけど」

「「味噌!?」」

「今日作るのカルボナーラやんな?」

「ちょっと、わたし美味しいものが食べたいからおふざけはなしと言ったはずだけれど?」

「いや、ふざけてないって。隠し味に味噌を入れるとコクが出るんだ。それなりに有名な隠し味だと思うんだが……」


 彩夜にも好評いただいてるんだぞ!

 おふざけと言われるのは心外だ。


「今回はそれなりに主張した方がいいかなと思って赤味噌にしたんけど……いらなかった言ってくれ」

「ふーん。よくわからないけど、ふざけていないならまぁいいわ。村雨さんは?」

「うちはその~……ようわからんかったから、ネギと生姜を持ってきてんけど……」

「なるほど、うどんやラーメンなどの麵類には入ってますものね!」

「確かに!」


 いや、うどんやラーメンとカルボナーラはそんなに近くないだろ……。

 カルボナーラにネギと生姜か……ニンニクがあれば美味そうだな。


「藍川さんは?」

「私はね~クッキー持ってきたんだ!食後のデザートにいいかなって!」


 いや、クッキーって!?しかも、買ってきたやつだし!!

 まぁ、いいけど……。


「いいじゃない!」

「これ、有名なとこのやつやんな!うちの持ってきたのネギと生姜やから、なんか申し訳ないわ」


 ええ~、高評価なのか……わからん……。


「それで?桜ノ宮さんは人に聞いてばっかだけど、なに持って来たんだ?」

「わたしはこれよ!」


 そう言うと、桜ノ宮は足元に置いてあった袋を机の上に持ち上げる。


「米?」

「そう、お米よ!」

「なんで米?」

「だって、所詮は授業で作る料理でしょ?間違いなく足らないと思うのだけれど。」


 そう言えば、桜ノ宮は大喰らいだったな。

 つっても普通、米を持ってくるか……?

 と言うか、この中だったらオレの味噌が一番まともだろ!!時点で、村雨。

 それなのに、味噌を最初に出した時、「は?」みたいな雰囲気になったの普通に納得がいかん。

 オレの不服感を他所に、女子三人は楽しそう……というわけでもないが、和やかなムードで雑談している。

 驚いたな。

 村雨はもちろん、桜ノ宮も会話が得意な方だとは思えない。それなのに、普段から交流があるかのように話せているのは藍川のおかげなのだろうか?

 オレがマーカーの付いてる三人を観察していると、チャイムが鳴り先生が家庭科室に入ってくる。


「で、では皆さん席についてください」

「あれー?色増ちゃんじゃん!?なんでいるの?」


 家庭科室に入ってきたのは家庭科教師の月見里やまなし先生がではなく、担任の色増先生であった。


「えっと、実は月見里先生は先週末からお休みしておりまして、そのため私が代行します。

 えーっと、教科書52ページでしたよね?

 では、食材が班ごとに分けられていますので、近くの冷蔵庫から各自取ってきてください!」

「男子取ってきて!どうせ、料理見てるだけでしょ!」

「じゃあ、俺取ってくるわ!」


 色増先生の指示でクラスメイトが一斉に動き出す。

 オレの班は女子三人が仲良く取りに行ってくれた。

 が、机の上に置かれた食材を見て、オレは冷蔵庫を確認しに行く。


「どうしたの?」

「これ……カルボナーラの食材じゃないよな?」

「「え!?」」

「確かに麺とかないわね」


 他の班でもそのことに気付いたのだろう。各所から声が上がる。


「先生ー!これ食材が違うっぽいんですけどー!」

「あれ?52ページですよね?」

「なんか色増ちゃんの教科書、私たちのと違くない?」

「え!?……これ、二年生のでした。……しかも、去年の……」


 あーあ。

 てか、食材って色増先生が用意すんのね。

 先生って大変なんだな……。


「えー!どうすんの!?今日、お弁当とか持ってきてないよ」

「いや、その前に食材が無駄になっちゃうっしょ!」

「やばいよね~!」


 色増先生の凡ミスにクラスがざわつく。

 すると、櫟井が全員に呼びかける。


「静かに!起こってしまったことを騒いでいてもしょうがないだろう。先生だって故意に間違えたわけではないんだし」


 櫟井の発言でクラスは一気に落ち着きを取り戻す。

 さすがはカーストトップ、影響力が違うな。


「先生、どうします?」

「あ、えっと……スマホなどを使って検索していただいてもいいんで、好きなものを作っていただければと……月見里先生には私から報告しておきます。すみません……」

「じゃあ、みんなやろうか!」

「「はーい」」


 なんと、家庭科の授業ではなく、予想外の食材限定料理が始まった。

 まぁ、オレとしてはどっちでもいいけど。

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