第34話 真面目で頑張り屋

 今週から体育祭ウィークである。

 体育祭は他クラスともチームメイトになるという効果もあってか、クラス間での行き来が激しくなっている──のだろうか?

 朝から事あるごとに雷歌先輩が顔を出しに来るので、そのせいで他クラスの人間がうちのクラスに来ている気がしないでもない。

 最初は気にしないようにしていたのだが、徐々に見物客が増えてきており、さすがに好奇の目が鬱陶しい。

 加えて、圷から視線が痛い。

 最初に雷歌先輩が来た時は嬉しそうに尻尾振ってたんだが……。


「……逃げたい」


 ただな~、雷歌先輩は攻略対象なんだよな~。

 下手に逃げて、今後に響きうる致命傷を負うわけにはいかないし……。


「はあ~」

「なんやの?でかいため息ついて。あない美人の先輩が会いに来てくれとんのに、そない態度やと他の男子にますますやっかまれるで」

「それは勘弁だな」

「そういや、もう一人の……」

「風歌先輩?」

「せやせや。その人はけーへんのな」


 たしかに今日は雷歌先輩一人だな。


『休みなのかしら?』

「かもな」



 そう思っていたが、体育祭実行委員には風歌先輩の姿がある。


『あれ?来てるわね。風歌先輩には気に入られる必要があるんでしょ?挨拶しといたら?』

「そうだな」


 とは言え、オレから声を掛けるのはこれが初めてか、なんか緊張するな。


「風歌先輩、こんちは」

「あっ、鏡夜くん!?あの、今日また屋上でお願いね」


 風歌先輩はキョロキョロと辺りを警戒しながら小声で話すと、そそくさとオレから離れて行ってしまった。

 なに!?

 またオレなんかやっちゃいました!?


『嫌わてる?』

「いや、練習に誘われた以上、そんなことはないと思うけど……」

『じゃあなに?』

「わからん」


 わからんが、避けられてるよな~。


「鏡夜—!今日も頑張ろうね!」

「別のチームですけどね」

「細かいことはいいのいいの!」


 うーん。雷歌先輩はいつも通りな気がする。

 いや、むしろこの前よりも距離が近い気もする。


「これは……狙い通りに事が進んでいるのだろうか?」


 体育祭実行委員の活動は今日も応援合戦の練習である。

 と言うか、備品チェックもリハーサルも無事終わった以上、後やるべきことは本番前日の準備を残すのみだ。

 応援合戦はオレ関係ねーし、いなくてもいいような……。

 まぁ、実行委員が終わった後に風歌先輩との練習が控えてるから結局遅くまで残るわけだし、実行委員やらずにそれまでの間なにするんだって言われたら、図書室でゲームしながら時間を潰すだけだから別にいいんだけどね。


『暇ね。てか、これ鏡夜関係ないわよね?』

「口に出すな。オレもそう思うけど、今必死に自分を納得させてるんだから」


 にしても、風歌先輩って本当にこういうの苦手なんだな。

 明らかに、一人だけ動きがぎこちない。

 そして、周囲の連中も風歌先輩だからか所詮体育祭の一競技だからか知らんが、見守るだけで個別に教えたりはしない。

 ただ、「困ってます」って顔に出ちまってんだよなー。

 風歌先輩もそれに気づいてるから自信を無くして、ますます動き悪くなってるし。

 完全に負のスパイラルだな。


「じゃあ、今日はここまで!」


 結局、風歌先輩はまともにみんなに合わせられなかったな……。

 解散になると男子はそのまま会議室で、女子は更衣室で着替え帰宅という流れだ。


「トーカ、風歌先輩を頼む」

『任せて!』


 さて、屋上に移動するか……。


「阿雲妹、運動音痴すぎない?」

「太鼓やってもらう?」

「いや、それこそミスったら一番ダメな奴だろ。タイミング崩れてグダグダになるぞ」

「誰か教えてやれよ!もしかしたらワンチャンあるかもよ!」

「いや、顔はかわいいけど、ドジすぎて一緒にいるのはきついっしょ!」

「わかるわ。どうせなら阿雲姉に甘えたいよな!」

「なー。てか、お前が教えればいいじゃん!」

「いや、俺彼女いるし、間に合ってるから!」


 騒がしい声から距離を取るように、オレは会議室を後にし屋上へと向かった。

 屋上には誰もおらず、静かである。聞こえるのは楽しそうに帰宅する生徒たちの小さな声のみ。

 オレは大きく息を吸う。

 なんとなく気分が落ち着いた気がする。

 オレ、思ったよりも一人でいるの好きなんだろうか?


『風歌先輩来るわよ!』

「わかった。トーカ、いつも通り周囲の警戒を頼む」

『はいはーい!』


 さて、やりますか!


「お待たせ!」

「はい」


 オレは早速風歌先輩へ手を差し出す。

 2テンポほど遅れて風歌先輩がオレの手を握る。


「今、遠慮しました?」

「そんなことないよ」

「ほんとですか?」

「本当!」

「まぁいいです。じゃあ始めましょうか?」


 ここまで練習に付き合ってきてわかったが、風歌先輩は別に周囲が言うように運動音痴というわけではないと思う。いや、多少は苦手なのかもしれないが、それは些細な差でしかない。

 それよりも、自分に自信がないのが問題だ。

 自信がないから失敗を恐れて動きが遅れる。その動きの遅れが焦りを生み、次の動きをさらにダメにしている。

 つまり、自信をつける、もしくは失敗してもいいんだと開き直れれば難なくこなせるはずだ。


『さっきよりは悪くないんじゃない?』

「そうだな。これくらいできれば及第点だろ。ただ、本番でも問題ないようにするにはもう少しうまくなった方がいいだろうな。風歌先輩の場合、緊張で本番のパフォーマンスが落ちる方だろうし」


 必要なのは慣れと自信。

 まずはとにもかくにも褒めること。


「どうだった?」

「悪くなかったと思いますよ!練習しました?」

「うん。日曜日に」

「やっぱり!以前よりずっと上手くなってますよ!」

「ほんと!」


 風歌先輩からぱあっと笑顔がこぼれる。


「もう一回お願い!」

「了解っす」


 風歌先輩は終わる度にオレに意見を求め、そして再び練習に戻る。

 にしても、よく頑張るな。一度として手を抜いてない。

 風歌先輩は汗だくになりながら練習している。

 素直で単純、そして頑張り屋。

 動きを含めてなんか子犬っぽいんだよな~。子犬育てるゲームとか参考になるんかな?


「どうだった?」

「本番でも問題ないレベルだと思いますよ。ここまでできるんならいっそ目を瞑ってやってもいいじゃないかってレベルです」

「それだと絶対ぶつかって迷惑かけちゃうよ」

「多少迷惑かけたっていいんすよ」

「ダメ。みんなに迷惑かけないために練習してるんだから。それに、どうせやるなら悔いのないようにやりたいし」


 真面目だよな。

 オレなら多少テキトーでも「所詮は学校の行事の一つに過ぎないし、いっか」ってなってそうだな。


『鏡夜ならサボってテキトーにやってそうね!』


 うるせーよ。

 的確に心読んだようなこと言ってくんじゃねー。ドキッとすんだろ!


「今、オレには迷惑かけてんじゃん!とか思ってた?」

「ん?どう思います?」

「……いじわる」

「思ってないですよ。オレは風歌先輩みたいに優しくないですからね、嫌だったハッキリ言いますよ!」

「鏡夜くんは優しいよ……」


 オレは本当に優しくないっすよ……。

 この練習だってミッションのことがなかったらきっと承諾してなかった。善意どころか悪意に近い打算的な行為だ。


「……じゃあもう一回!」

「風歌先輩、もうかなり遅い時間ですよ。今日のところはこの辺にして、続きはまた明日にしましょ!」

「あ、うん。ごめんね。夢中になっちゃって」


 時間も忘れるほどとは……やはり、成長を実感できるのは楽しいことなんだろうな。

 これで後は自信がついてきてくれればいいのだが……こればっかりは本人次第だよな~。

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