告白は救世のあとで

 周囲には邪悪な気配が満ちている。


「見えてきたぞ。もうすぐ魔王城だ!」


「……」


 そして、この場所を歩く俺たち二人の間にも険悪な空気が流れていた。


「おい、なに黙ってんだよ?」


「……別に」


 となりを歩く彼女を見れば、『あんたなんか視界に入れたくもない』とでも言いたげにそっぽを向かれた。


(ほんと、なんでこんなに機嫌悪いんだ……?)


 不機嫌丸出し中の魔法使いのユリカと勇者の俺アレクスは、魔王討伐のために冒険に挑んだ。

 数々の危機をくぐり抜けてやっとここまで来たわけだが……


(ったく、この調子じゃ思いやられるぜ)


 最大の敵を前にこの空気では連携もくそもない。

 そう考えた俺はなんとかユリカの機嫌を回復させるべく声をかける。


「ここまでなんだかんだで余裕だったよな」


「……」


「終盤で出くわしたダークエルフもサキュバスも、言うほどでもなかった」


「……」


「まあ、最強勇者の俺なら魔王でも余裕だろうな」


「……アンタさあ」


 無反応に耐え話し続けてしばらく。やっとユリカは口を開いた。

 しかし反応を見るに、どうやらかえって不機嫌になってしまったらしい。


「なにが『なんだかんだで余裕だったよな(笑)』よ。どんだけ私が援護したと思ってるの……!?」


 ユリカは俺に詰め寄り、怒りをあらわにしてきた!


「あ、ああ、ええと……」


「最強勇者……? あの淫乱ダークエルフのぱふぱふ攻撃で行動不能になったのは誰だったかしら?」


「そ、それは……」


「宿屋で変態サキュバスに奇襲されて、淫夢に沈んでいたのは?」


「だ、誰だったかなあ……」


「まったく、どんな夢を見たらあんなドスケベな顔になるのか教えて欲しいわ……」


(それは言えねえ……)


「ふん。どうせグラマラスな女がいいんでしょ。……私のことはちっとも見てくれないものね」


 そう言うとユリカは自分の胸に目をやった。


(……って、気にしてるのそこかよ!)


 俺は当たり障りのなさそうな言い訳を必死で考えた。


「い、いや、あんまり見ると失礼かなーって」


「はいはい、どうせ貧相な身体よ。悪かったわね!!」


(ちげーーーよ!!)


 どうやら彼女は体型がコンプレックスらしく、悲観的な受け止め方をされてしまった。


「身体がどうとか気にしてんじゃねえよ……お前がいなきゃここまでこれなかったんだから。それはちゃんとわかってる。……ありがとな」


「アレクス……」


(おっ、ちょっと機嫌直してくれたか?)


「そんな取ってつけたようにお礼を言われても嬉しくなんかないんだから! っていうか、お前って呼ぶな!!」


「!? ユリカ!」


「えっ!? 急に何よっ!?」


 突然の名前呼びにユリカは顔を赤らめたが……


「そうじゃねえ、後ろ!!」


「ん? きゃ、きゃああっ!!?」


 ユリカの周囲の地面から鉄格子が生え、やがて鳥かごのように彼女を閉じ込めた。

 それが背後に現れた存在の呪文によるものだということは明らかだった。


「へっ、そっちからお出ましか……」


 目の前に現れた邪悪なオーラを放つ存在。

 こいつこそ俺たちが目標としていた最大の敵……魔王だ。


「待ちくたびれたぞ、勇者と魔法使い!! 気配を感じたと思えば夫婦げんかなどしおって……」


「「だっ、誰が夫婦じゃ!!」」


「ほう? 息ピッタリじゃのお~」


「うるっさいわね! いいから早く、ここから出しなさい!」


 ユリカは鳥かご内で呪文を唱えたが……鉄格子はびくともしない。


「おやおや。元気な声で鳴くのお小娘。では、もっと可愛い声で鳴いてもらうとしようかな?」


「い、いや……来ないで!」


 魔王はおびえるユリカに向かってゆっくり手を伸ばし始めた。

 が、その手は彼女の身体に触れることは無く、俺の放った光球にはじかれる。


「俺の大事な人に触るんじゃねえ!」


「ほう、さすがにやるのお。最強勇者と名乗るだけあるようじゃ。だが――」


 魔王ははじかれた手をさすりながら、何事かをつぶやき始めた。


(こ、この詠唱は……!)


 ヤツの身体がみるみるうちに光に包まれていく。


「勇者よ。お前が色仕掛けに弱いのは知っている!」


「お前、まさかアレを……!? くそっ……」


 呪文の発動を阻止したいところだが、魔王からあふれ出る魔力のせいで近づけねえ……!


「マジでそれだけはやめてくれ……! 頼む……!! ほんと恥ずかしいから!!」


「ははははは! いやじゃーーー!!」


「やめろーーーーーー!!」


 俺の叫びも虚しく、魔王は呪文を完成させた。

 ヤツを包んでいた光が消え、そこに立っていたのは……


「見よ。これぞ、奥義——『相手が一番魅力的だと思っている人になる魔法』!!」


 髪も体も服装も、俺が好きな人ユリカとまったく同じ姿になった魔王だった。


「……えっ、私? えっ? ……はっ!? ……って、ちょっ、何すんのよ!」


「ユリカ。悪いが少し目隠しさせてもらう」


 魔王の姿を見て何かを察したらしいユリカの視界を、呪文で一時的に覆う。


「はっはっはっは! どうじゃ、見惚れて攻撃できんじゃろ……ってギャアアアアアアアアアアアア!!?」


 それから一気に、可能な限り最大の火力の呪文で魔王を焼き尽くす。


(ユリカの姿の敵を攻撃するのは心が痛むが……せめて楽に逝ってくれ!)


 俺は心の中で祈りつつ、これでもかと魔力を注ぎ込むと……

 あっという間に魔王の身体は消し炭となった。


「……お……まえらの……愛の……勝利じゃ……」


 そう言い残し、ヤツの身体は塵となって風に吹き飛ばされていった。


(なぜになんかいい感じのセリフ言ってくれてんの?)


 案外良いヤツだったのか? ……いや、ないない。


「ちょっとー、早くなんとかしなさいよー!」


「ああ、悪い悪い」


 俺は鉄格子を聖剣で切り裂き、とらわれていたユリカを解放する。

 つづいて彼女の目隠しを解いた。


「ねえ、さっきのって……?」


 あー、まあそうなるよねぇ……


「ああ、いや。敵とはいえ、自分の姿をしたやつが死ぬ瞬間とか見たくないだろ?」


「ううん。目隠しのことじゃなくて」


「えー? じゃあ、なんのことかなあ……」


「……ふふん」


 ユリカはにやにやとした笑みを浮かべ、ずいっと顔を寄せてきた。

 俺は羞恥から、ついそっぽを向く。


「……なんだよ、近いっつーの」


「あれー? 一番魅力的だと思っている人が目の前にいるのに、目を逸らしちゃっていいの~?」


「んだあああ、もう!!」


 ちくしょう、魔王を倒してからかっこよく告白するつもりだったのに!!


「あはは! ずいぶんとかわいい最強勇者ね!」


「はあ、死にてえ」


 こんなんじゃ全然、かっこうがつかない。だから、今の精一杯を伝えることにしておこう。


「あのさ。王都に無事に帰り着いてから、ちゃんと言うから」


「……うん、わかった!」


 俺が照れながらもまっすぐにユリカの目を見つめて言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「アレクス。私ね、」


「ん?」


「大事な人って言ってもらえて……嬉しかったよ♪」


 そう言って彼女は手を握り、俺の頬にやさしく口づけた。



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