となりの「ざあ子」を分からせたい

 テスト返却後、休み時間の教室にて。


(ああ、ここミスってたかあ……)


 僕は答案用紙を眺め、ため息をつく。

 と、そこへ、前方から机に覆いかぶさるように影が差した。


相川あいかわ、テストどうだった~?」


 からかうような声音に顔を上げれば、隣の席の女子生徒……”ざあ子”こと乙成おとなり唯花ゆいかが腰に手を当て僕を見下ろしていた。


「私は90点だったけど。どーせ相川は私より下でしょ?」


「……」


「ふふん。言い返す言葉も無いのね? 相川のざあこざあこ♪」


 ざあ子は自慢げに笑っているが、実のところ僕は、


(……今日も可愛いな)


 彼女に見とれて返事が出来なかっただけだった。


「なによ。黙り込んでないで見せてみなさいよ!」


「あっ」


「どれどれ……って、ええ!? 98点!?」


 僕の答案用紙を見たざあ子は、顔をひきつらせた。


「一問だけ間違えてしまったんだ」


「ぐ、ぐぬぬ……まあいいわ」


 彼女は席に着いたが、なおも僕に話しかけてくる。


「あなたは一人で反省でもしてなさい?」


「? ざあ子がいてくれるから、一人ではないよ」


「は、はぁ……!?」


 彼女は頬を朱に染めて、小さな悲鳴を上げた。


「べ、別に、あんたと一緒にテストの反省なんてしないから!」


 そう言いつつも、そそくさと机を寄せてきている気がするけど?


「っていうか『ざあ子』って呼ぶのいい加減やめなさいよ!」


「えー? だって言うだろ、『バカっていう方がバカ』って」


「だからって『ざあ子』はいや! まだ『バカ』の方がマシよ!」


 そう言われたものの、彼女のことをバカだなんて呼びたくはなくて――


「じゃあ、『唯花』って呼んでいい?」


「な……ッ!?」


 ざあ子の顔が、みるみるうちに茹でだこのように赤くなっていく。


「な、なななななななな、なにいきなり下の名前で呼んでんのよ!?」


「嫌?」


「べ、別に、嫌……じゃないけれど……」


 ざあ子は困ったように口元に手をやり、僕をちらちらとうかがっている。

 そんな僕たちのやりとりが聞こえたのか、クラスメイト達が。


 ——みろよ、ざあ子と相川がまたいちゃついてる!

 ——よっ、A組のベストカップル

 ——いやいや。あれはもう既に夫婦でしょ


 はやし立てる声に、ざあ子はついに涙目になる。


「うっ……なんでいつもこうなるのよ!」


「ははっ。唯花が可愛いから、かな?」


「あーもう、うるさいうるさい! 唯花って呼ぶな! やっぱりざあ子でいい!!」


「はいはい」


 休み時間の教室は、しばし和やかな笑い声で包まれたのだった。




 放課後。

 帰宅しようと廊下を歩いていると……


 ——ほら、がんばれがんばれ!


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 声の方向、渡り廊下に目をやれば、クラスの女子三人がざあ子を囲んでいた。


 ——いや、でも、私……

 ——ダイジョブだって。いけるいける

 ——これくらい、失敗しても死なないって!


 女子三人は不安げな表情のざあ子を、逃げ場を塞ぐようにして取り囲んでいる。


(まさか、飛び降りを強要しているのか!? 三階のここから飛び降りなんかしたら――)


 僕は不穏な空気を感じ取り、思わず駆け出した。


「おい、何してるんだ!」


「あ、相川……!?」


 彼女らの前に立つと、ざあ子は表情をこわばらせた。


「ざあ子は確かに口は悪いけど、根はやさしくて良い子なんだ。だから、いじめるのはやめてくれ!!」


「「「「……へ?」」」」


 僕がざあ子をかばうように言うと、なぜかその場にいた女子四人とも不思議な表情を浮かべた。


「ちょっ、相川? なんか勘違——」


 ざあ子が何事かを語ろうとすると、他の女子三人がそれを制する。


「ほら、唯花。心配ないでしょ?」


「私らはおじゃま虫ってことで!」


 ……?

 どういうことだろうか。


「ま、あとは二人でごゆっくり~……唯花、がんばって」


 そう言って彼女らは、ざあ子の背中を叩いて渡り廊下から去って行った。


「「……」」


 そして取り残された僕とざあ子の間に、しばし沈黙が流れる。


「あ、相川。えとね、」


 沈黙を破ったのはざあ子。


「あの三人はね、私を励ましてくれてたんだ」


「はげまし……? 飛び降りを強要してたとかじゃ?」


「違うわよ! もう、やっぱり勘違いしてるじゃん……」


 ざあ子はやれやれと頭を抱えた。


「あの子たちは私の恋愛相談に付き合ってくれてたの!」


「は!? ざあ子……好きな人がいるの?」


「……」


 彼女は信じられないといった様子で僕の顔を見る。


「ごめんなさい。こうも伝わっていなかったとは思わなかったわ」


「……え?」


 ざあ子はまっすぐに僕へ向き直り、覚悟を決めた表情で言った。


「私が好きなのは、相川——あなたよ」


「ええええええ!?」


 信じられない。あんなに雑魚呼ばわりしてたくせに……

 ざあ子が、僕のことを好き?


「今まで変な絡み方しててゴメン。あなたの気が引きたくて、ちょっかい出してばっかりで……いつまでたっても素直な気持ちが伝えられずにいたの」


 彼女は恥ずかしそうにしながらも、一生懸命に気持ちを語っているように見えた。


「誰にでも……こんな不器用な私にでも優しい相川のことが、ずっと好きだったの!」


 そこまで言い切ると、彼女は少しだけ安心したかのように見えた。


「この気持ちを、ずっと伝えたくて……」


「あ、ああ、そうだったのか」


「……相川は、私のことどう思う?」


 ざあ子は親の機嫌におびえる子どものように僕の様子をうかがっている。


「僕は……君のことは、すっごくかわいいと思ってる」


「う、うん……」


「それから、いつも話していてなんだかんだ楽しいとも思っている」


「じゃ、じゃあ……!?」


「でもね、好きって言うか、」


「え?」


 気づけば僕はざあ子の両肩をつかみ、まっすぐに彼女を見つめていた。


「愛してる、かな?」


「あっ――!?」


 ざあ子は羞恥に染まっていく自らの顔を、あわてて両手で覆い隠した。


「なんで隠すんだ」


「だ、だって、相川がそんなこと言うから……」


「可愛い顔が見えないじゃないか」


「ひゃっ!?」


「ほら、唯花。手をどけて?」


「~~~~ッ!? ちょっとは恥ずかしがれ~~~ッ!!」


 その後、やっぱりざあこな彼女と手をつなぎ、オレンジの空の下を一緒に歩いたのだった。



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