第10話 真夜中の不思議な光景
春休みでぼうっとしていると、トリがまたいつものようにやってきた。
「水穂、お宝探しに出発ホ!」
「はいはい……」
最近はこのやり取りにも慣れてきて、すぐに彼の翼を握る。さて、今日はどんな世界に飛ばされるのやら。
「えっ?」
転移した場所は真っ暗で夜空が広がる世界。いきなりの真夜中スタートだった。空が星空なら、地上は人工の灯りが煌めく夜景の広がる街。今回の舞台はそれなりの都会のようだ。いくつもの高層建築物がそびえ立ち、道路には複数の車が行き交っている。
何となくいつもの宝探しと違う雰囲気に戸惑っていると、トリが背中を叩いて急かす。
「さあ、行くホ」
「夜に探すお宝って、泥棒でもするの?」
「きっと夜にしか見つからないお宝なんだホ」
都会の街を歩く私達。車は行き交っているのに歩道を歩く人はいない。よく見るとお店にも人が見当たらない。車は全てスモークガラスで中は全然見えないけれど、もしかしたら全て無人なのかも知れない。
「やはりここは普通の世界と違うんだ」
「そうみたいホね」
トリもこの世界についての情報を持っていないようだ。何を話しても適当な返事しか返ってこない。この不気味な雰囲気も、今までの冒険のおかげであまり怖くなくなっていた。
ただ歩いているのも手持ち無沙汰なので、私は心の中でくすぶっている塊を吐き出す。
「お宝なんて本当にあるのかな」
「あるし、水穂なら手に入れられるホ」
「でも今のところ魔法が使えるようになっただけなんだけど」
「水穂の可能性は無限大なんだホ」
トリは本気なのかテンプレなのか分からない言葉を吐き出して私を励まそうとする。自分の事は自分自身が一番よく知っているから、そこからはしばらく無言になった。
トリが宛もなく進んでいる事が何となく分かった私は、自然に視線が上空に向かう。
「あれ?」
「どうしたホ?」
「何か空の色すごくない?」
そう、いつの間にか空は普通の夜空ではなくなっていた。まるで有名な画家が描き殴ったみたいな歪んだ星空になっていたのだ。さっきまでの季節の星座がはっきり分かっていたそれとは全然違う。一体何が起こっているって言うんだろう。
同じ光景を目にしたトリは、ガクガクブルブルと震えだした。
「まさか? 早すぎるホ」
「何その厨ニワード」
「早くお宝を見つけ出すホー!」
何かを感じ取ったらしい彼は、まるで怯えたかのようにいきなり超スピードで飛び始める。置いていかれる恐怖を感じた私も、必死でその後姿を追いかけた。
「ちょ、待ってよー!」
一生懸命に走っていると、夜の都会に不思議な霧が漂い始める。このままだと見失ってしまうと、私はもう一弾ギアを上げた。走るのに夢中になっていたから、前方のトリがいつの間にかホバリングしている事に気付かなかった。
「ふぎっ!」
私はトリの背中にぶつかって強制停止。彼の体が柔らかいぬいぐるみで良かった。衝撃のダメージは吸収されて、ちょっと鼻が潰れただけで済んだよ。
私は鼻を擦りながら、トリの見ている景色と同じものを見る。そこには考えられないほど大きな樹があった。大きすぎて雲を突き抜けている。真夜中なのにはっきり見えるのは不思議な感覚だ。
「何あれ? 世界樹?」
「次元が融合し始めてるホ……」
世界樹を見たトリは方向転換。私もはぐれないように後をついていく。辿り着いたのはビルの上にある船着き場だった。今までに見た事のない船がたくさん浮かんでいる。
そう、ここにある全ての船がプカプカと空中に浮かんでいたのだ。
「船に乗るホ」
「あ、うん」
右も左も分からない私は、黙ってトリについていくだけ。彼が選んだ大きな飛空船に私も続いて乗り込んでいく。船内は豪華クルーズ船のような内装で、窓の外さえ見なければ海上を進む船の中だと誤解してしまいそうだ。
ただ、やはり外の景色に目が向いてしまう。私達が乗り込んだ後、船は静かに上昇し始めた。いきなり始まった空の旅に、私の胸の高まりは最高になる。
「何だか大冒険しているみたい。こう言うの、憧れてたんだ」
「おやおや、久しぶりだねえ」
はしゃぐ私に声をかけてきたのは、以前魔法を授けてくれた真っ黒ローブの魔女。この久しぶりの再会に興奮した私は、自然と声が弾む。
「魔法を教えてくれた人!」
「ああ、そうともさ。それとね、私の名前はメドナ。これからはそれで頼むよ」
「あ、はい」
船内には、彼女以外にも一癖も二癖もありそうな雰囲気的にも凄いオーラを漂わせた人がたくさん乗っている。
急に場違い感を覚えた私は、思わずメドナの近くに走り寄った。
「あの、この船はどこに向かってるんですか?」
「それは分からないよ」
どうやら、乗船している人達の誰一人としてこの船の行き先は知らないらしい。ミステリーツアー的なアレだろうか。そんな船に飛び入りで乗れてしまうトリって一体……。
「あれ? そう言えば……」
私はメドナとの再会に喜んで、相棒の存在を忘れていた。いつの間にか彼とはぐれてしまっていたのだ。キョロキョロと周りを見渡して該当する生物を探すものの、私の視界内にトリはいない。
急に不安が襲ってきたので、私はメドナと別れて船内を駆け巡る。
「トリー! どこー! 返事してー!」
広い広い船内は一羽の鳥を探すにはあまりにも複雑過ぎた。何せ船内にはレストランにカジノに映画館にライブハウスにダンスホール、ショッピングモールに遊園地に水族館に動物園にプラネタリウムまであるのだ。
全部
「映画とか買い物には特に興味がないし……そうか、もしかしたら今でもお宝を」
トリはいつだってお宝第一だった。と言う事は、船内の娯楽施設に興味を持つはずがない。私は船内マップを確認する事にした。総合案内所的なところで無料のパンフを手に取り、それをすぐに確認する。
「あった、展望台!」
この船内でトリが興味を持つとすれば、それはこの船の進む先の景色。この推理が正しければ、彼は展望台にいるはずだ。私は自分の勘を信じて、船内で一番見晴らしのいい場所へと進む。
廊下を曲がって階段を登って、案内の矢印の通りに歩くと、やがて展望台らしき場所が見えてきた。
「トリ、トリは……?」
顔を左右に動かすと、ふわふわと浮かぶ丸いぬいぐるみが視界に飛び込んできた。私はすぐに彼のもとに駆け寄る。
「勝手にいなくならないでよ! いつも私の近くにいたじゃん」
「あ、水穂……」
トリの様子が変だ。私の名前を呼んだから別トリではないのは間違いないけど、いつもの語尾を忘れている。
「何を見てるの?」
私は前を向いて船の進行する方向に視線を向ける。目前には世界樹があった。近付けば近付くほど圧倒されてしまう大きさの樹は、全体的に淡く不思議な光を放っている。それは樹自体から漏れ出しているオーラのようなもの。
真夜中に樹がハッキリ見えたのは、このオーラが私に見えていたからだ。
世界樹の中腹には船着き場があった。そこに飛空船は向かっている。船の向かう先がハッキリと分かったところで、トリはポツリとつぶやいた。
「……戻ってきてしまった」
「え?」
次の瞬間、私は目が覚める。気がつくと、私はパジャマを着て布団の中にいた。いつもなら転移から帰ってきたら転移前とそんなに変わらない時間に戻ってくる。
だけど今回は全く違っていた。昼に転移したはずなのに夜になっているし、しかも布団の中だなんて――。
「まさか、今までの冒険は全て夢だったって言うの?」
起き上がった私の近くに、あの宝探しを急かすウザいぬいぐるみがいない。それを実感した途端、私の両目から涙が溢れ出していた。枕元には白紙の絵本が転がっている。
この時、部屋の時計は午前2時を示していた。
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