第9話 港町で猫探し

 我が家に猫がやってきた。別に新たに飼い始めた訳じゃない。母の友達が旅行に行く間だけ預かるのだ。数日間だけの猫のいる暮らし。

 以前から猫と触れ合いたいと思っていた私にとって、これはとてつもなく嬉しいイベントだった。


「猫ちゃーん」


 やってきたのは白黒のハチワレで、名前は『りら』。ひらがななのが可愛い。言葉にすれば、カタカナもひらがなもないんだけどね。

 りらは飼い猫だけあって人に慣れていて、初めて会う私にもすぐ懐いてくれた。こいつう、かわいいやつだぜ。


 私が猫のおもちゃを使ってかわいがっていると、そこにトリがやってきた。


「飼い猫だから大人しいホね」


 見慣れない生物が近付いたために、流石のりらも警戒して毛を逆立てる。シャーと言いながら威嚇を始めたその姿を見た私は、トリを押して距離を取らせた。


「怯えるからあんまり近付かないで」

「ヒドいホ。ボクも猫と触れ合いたいホ!」

「きゃーっか!」


 こうしてトリを隔離した後は、りらも安心して私達と遊んでくれたのだった。


 翌日、またトリがお宝探しに私を誘う。


「水穂、今日も楽しくお宝探しホ!」

「え~。りらがいる間くらいやめにしようよ~。家に猫がいるのは今だけなんだよ~」

「お宝だって今を逃せば明日はないホ! キャンセル不可ホ!」


 トリは私の言葉をまるっと無視してすぐに転移を開始。一瞬の内に、私達は海の見える場所に来ていた。漁船がたくさん並んでいるから港町のようだ。


「ンモー! また私の意見を無視……」


 抗議の途中だったけど、私の目がこの場にいてはならないものを発見して言葉が止まる。りらがトコトコと歩いていたのだ。

 どうやら一緒に転移してきたらしい。猫は足音を立てないから気付かなかったのだ。


「ちょ、勝手に行っちゃダメだよ」


 私が捕まえようとすると、それを察知した彼は一目散に駆け出す。自由を得た猫がその好奇心を満たすのは自然の成り行きで、一瞬の内に見失ってしまった。


「やってしまったホね」

「トリのせいだから! だからやめようって言ったじゃん」

「とにかく早く捕まえるホ!」


 こうしてお宝探しは急遽猫探しへと変わる。探す対象が変わっただけで、やっている事は一緒かな。

 場所が港町と言う事もあって猫は多い。同じ様な猫を見つけても、それがりらだと言う保証はどこにもなかった。首輪をよく見れば分かると思うんだけど――。


 路上で見かける猫は野良猫ばかり。つまり近付かせてくれない。私、猫に嫌われる方の体質なんだよね。だから好かれる体質の人がいつも羨ましかった。りらもこの野良猫に混じったら同じように人を警戒するかも知れない。少なくとも、今の私は彼の自由を束縛する存在だ。

 本物を見つけて呼んでも、近付いてくれるだろうか……。


「似た猫が多くて分からないホ」

「本当、この街は白黒ハチワレが多いね。もう10匹くらい見たよ」

「りらはいたホか?」

「分かんない。いたかも知れないけど……」


 私はそれっぽい猫を見る度に名前を呼んでいた。今の所反応はゼロ。世の中には猫探しのプロがいるって言うけど、私にその才能はないようだ。

 猫探しに難航していると、トリが大きなため息を吐き出す。


「どれでも一緒ホ。適当なやつを持って帰って同じ首輪をつければいいホ」

「そゆ訳にも行かないでしょ! 母さんの友達の猫なんだよ!」


 私は投げやりな彼に雷を落とす。反省したのか、トリは小さくなって大人しくなった。それで捜索を再開するために私が顔を左右に振り始めたところで、彼はまた自分のお腹を弄り始めた。


「何か便利な道具でもあるの?」

「こう言う時はこれホ!」


 トリが取り出したのは猫耳カチューシャ。流れ的に、私がこれを装着しなければいけないようだ。むっちゃ恥ずかしいんですけど。


「これで猫の言葉が分かるホ。早くつけるホ」

「他にないの? 恥ずかしいよ」

「これは猫の言葉が分かるだけじゃなくて、会話が出来るんだホ。すっごいお宝なんだホ」


 猫と会話が出来るなら、確かにそれはすごいお宝だ。これなら本物のりらを見つける事が出来るかも知れない。私は恥ずかしさを我慢して猫耳を装着した。


「試しに、近くの猫に話を聞くホ」

「うん」


 ちょうど近くにいた雑種の猫に話しかけると、目を丸くさせてひょこひょこと近付いてきた。会話が出来るのが珍しかったのだろう。


「僕を呼んでたの?」

「うん。あのね、りらって言う白黒ハチワレを探してるんだ。この辺りで見慣れない猫を見なかった?」

「うーんとね。見たよ! 待ってて、呼んでくる!」


 会話が出来た事で、りらはあっさりと見つかった。とは言え、実際に目にするまで安心は出来ない。さて、彼は本当にりらを呼んで来てくれるだろうか?

 待つ事1分足らず。さっきの雑種の彼が見覚えのある白黒ハチワレを連れてきた。


「俺を探してたのか」

「りらー! 良かったー!」


 私がりらを抱き上げていると、呼んでくれた雑種の彼は他の用事が出来たみたいで、私達の前から去っていった。


「会えて良かったね! またね~」

「うん、ありがと~!」


 問題も解決して安心していると、胸の中のりらがひょいと飛び降りた。


「お前ら、お宝を探すんだろ? 俺が探しておいたぞ」

「え? 有能」


 どうやら彼は私達がお宝を探す話をし始めた頃から近くにいて、事情を知っていたらしい。転移後にすぐに動いたのはお宝を探すためだったようだ。

 私達はグイグイと力強く歩いていくりらの後をついていく。その後姿を眺めながらトリがつぶやいた。


「でもあの猫は普通の猫ホ。そんな猫がお宝を見つけられるはずがないホ」

「まぁ取りあえずは行ってみようよ」


 りらの向かった先はこの街にある割と大きめのホームセンター。普通のお客さんも大勢いる中、白黒ハチワレ猫は何も気にせずに店内に入っていく。もしかして、お宝が売られている?

 私が頭を捻りながら歩いていると、彼はある商品棚の前で止まった。


「ここだぜ」

「えっ?」


 その棚に並べられていたのは猫が大好きなおやつの『ちゅ~る』。そう、りらの言うお宝とは『猫にとってのお宝』だったのだ。意味が分かった私は、がっくりと肩を落とす。


「まぁ、猫だもんね」

「お客様、困りますー」

「あ、すみません」


 店内に猫が入った事で、私は店員さんに怒られてしまう。お詫び代わりにちゅ~るを買って、私達は店を出た。

 店の外で待っていたトリは、このオチを目にしてため息を漏らす。


「やっぱり猫にお宝を探すのは無理だったホ」


 この愚痴を聞いたりらは、私の肩まで一気に駆け上がるとトリに向かって猫パンチを連打。


「いた、痛いホッ!」

「りらはトリの言葉が分かるんだね。偉いなぁ」


 満足するまで連打すると、りらはひょいと飛び降りて私の顔を見上げた。


「お前らの言うお宝も見つけてやるぜ。ついてきな」


 どうやら、彼は今度こそお宝を見つけようとしているようだ。さっきのトリの挑発が効いたのかな。

 とは言え、やはり煽った本人は半信半疑の様子。


「ただの猫にお宝は探せないって言うのに、懲りないホなぁ」

「そう言う事を言うとまた叩かれるよ」

「それは勘弁ホ……」


 黙々と歩くりらについていくと、辿り着いたのは特に何もない広場。お宝があるような雰囲気はない。この状況に私が戸惑っていると、続々と他の猫が集まってきた。そう、ここは猫の集会場だったのだ。

 様々な種類の猫が集まってきて、私の目はそれだけで幸せになる。


「この光景がすでにお宝だ~」

「何言ってるホ、ただ猫が集まっただけホ」


 トリがジト目で私を見つめる中、当のりらは集まった猫達から情報を集めていた。


「この街のお宝を知らねーか? 人間が喜ぶやつだ」

「知らにゃい」

「知らにゃい」

「噂にゃら……」


 集まった12匹の猫の中で、1匹だけそれらしい情報を持っている猫がいた。りらは彼から詳しい情報を聞いて、私達のもとに戻ってくる。


「お宝の事が分かったぜ、行こう」

「あ、うん」


 と言う訳で、地元の猫情報を頼りに私達は歩き始めた。この流れに対して、やはりトリは納得がいっていないらしい。


「猫が思うお宝なんて、ボク達が探したいお宝のハズがないホ」

「まーたそう言う。そんなんじゃずっとりらに嫌われたままだよ」

「明日にはいなくなるのに、別に好かれなくてもいいホ」


 トリはぷいと顔そむける。どうやら彼はりらがあまり好きではないようだ。まぁ警戒されている上に猫パンチの連打を浴びたらそうもなるか。

 りらが防波堤の上を軽快に歩く中、まぶしい光を浴びた私は海の方に顔を向ける。その瞬間に飛び込んできた景色を目にして、私は息を呑んだ。


「うわ、きれいな夕日」

「ホントだホ」

「お、気付いたか。いいよな、この景色」

「心が洗われるー」


 海に沈む夕日は素晴らしい。茜色に染まる空と海。私も、トリも、りらも、この瞬間はまるで時間が止まったみたいに動きを止める。みんなきっと同じ気持ちになっているよね。

 そんな感じでこの景色に感動している内に、私達は私の自室に戻っていた。


「あれ?」

「なんで戻ってきたホ?」

「お宝が見つかったからだろ? じゃあな、俺は飯食ってくる」


 りらが去っていく後ろ姿を見ながら、私はトリに猫耳カチューシャを返した。猫と会話出来るのはすごいけど、やっぱ恥ずかしいもん。知り合いには見せられないよ。


 翌日、りらは元の家族のもとに帰っていった。最後にすれ違った時に私は確かに聞いたのだ。


「この3日間楽しかったぞ。いつでも遊びに来いよ」

「え?」


 母がりらを連れて家を出た後、私は振り返ってさっきの報告をする。


「今さ、りらが遊びに来てだって」

「アイテムもなしにホ? 気のせいだホ」


 トリは私の言葉を信用しなかった。この瞬間、彼のおやつ抜きは決定したのだった。

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