第7話 水の都でお宝探し

 私達は水の都の水路を舟で移動している。漕いでいるのは10歳の女の子。地元の子なので迷いなく上手に操船している。おかげで私は安心して街の景色を楽しむ事が出来た。

 ああ、こんな旅をずっとしてみたかったんだよね――。



 発端は私が読んでいた雑誌だ。部屋で寝転がってイタリアの風景が載っているページを眺めていたら、そこにトリがぬうっと覗き込んできた。


「何?」

「いい景色ホね」

「ああ~旅行したいなあ」

「行けばいいホ」


 トリがそう言った瞬間、またしても景色が変わる。自室から野外に来た事で、目が慣れなかった私はまぶたを押さえた。


「ンモー! また勝手に転移するー!」

「善は急げホ」


 しばらく休んで気持ちが落ち着いたところで、私は改めて周囲を見渡す。そこは、さっきまで雑誌で見ていたイタリアの風景にそっくりだった。

 私はトリをバンバンと叩きながら、この状況に浮足立つ。


「イタリアに来ちゃった? すごいじゃん」

「違うホ。この国の名前はイルシィって言うホ」

「なーんだ、異世界かあ。残念」

「きっとこの街にもお宝があるんだホ!」


 ガッカリする私に対して、トリはむちゃくちゃ鼻息が荒い。本当にお宝にしか興味がないんだな。本物のイタリアでない事はショックだったけど、このイルシィって街もイタリアに負けないくらい美しい。イタリアと勘違いするくらいそっくりなのだ。

 なので、私は割り切ってこの街を楽しむ事にした。


「折角来たんだし、色々歩いてみよっか」

「そうだホ。お宝を探さなくちゃホ」


 お宝目当てのトリをうまくなだめて、私は観光を決め込む。お宝探しの体であちこちを歩き回った。小腹が空いたらアイスを買ったり、美術館みたいなところで美しい芸術作品を鑑賞したり。お金はトリが持ってたので拝借する。そのくらいいいよね。

 歩きまわって疲れたらレストランで食事。メニューをお任せにして運ばれてきたのは、これもまたイタメシっぽい感じの料理だった。


「うんまうんま」

「お宝の手がかりが全然見つからないホ」

「そうだね~。残念だ~」

「全然残念に聞こえないホ」


 トリの嫌味をスルーして、私は日本ではまず見られないヨーロッパっぽい建物をじっくりと眺める。ああ、いいなぁ。素晴らしいなあ。

 たっぷり食べてお腹もいっぱいになったので。私達はまたお宝探しと言う名の観光を再開。トリは料金を払って後から付いてきた。


「トリはさ、なんでお宝が欲しいの?」

「冒険が好きだからホ」

「冒険にはお宝が必要?」

「当たり前だホ! 対価のない行為ほど虚しいものはないホ!」


 トリの力説を私はまたスルーする。だって今の私のお宝はこの旅自体だもん。異国情緒こそが心の栄養、思い出と言うお宝なのさ。ただ、きっとトリには理解出来ないと思うので、この考えは黙っていた。

 街をあちこち回って満足した私は、廻れ右をして後ろからついてきていたトリに向き合う。


「じゃあ満喫したし帰ろっか」

「は? 何言ってるホ?」

「ん?」

「お宝をまだ見つけてないホ!」


 どうやら、まだトリはお宝をあきらめきれないらしい。私は、そんな相棒の態度を見て口を尖らせる。


「いいじゃん別に」

「よくないホ!」

「私は別にお宝なんてさあ……」

「あのっ、地図を買ってくださいっ!」


 私達の口論に割って入って来たのは幼い感じの女の子。突然別角度からの情報を差し込まれて、私達は一瞬沈黙する。そしてすぐに女の子に注目した。


「あの、お宝が欲しいんですよね? このお宝の地図買ってください。この街にあるお宝が載ってます」

「こ、これだホー!」


 降って湧いたようなこのイベントにトリは大興奮。私に相談もせずに速攻で女の子に硬貨を手渡す。早速地図を広げたので、私も覗き込んだ。


「これがこの街の地図? 複雑でよく分からないね」

「困ったホ、徒歩で行けない場所のようだホ」


 地図音痴の私と違って、トリはしっかりお宝の場所を把握しているようだ。とは言え、今のままでは辿り着けないらしい。トリは飛んで辿り着けるんだろうけど、私にも同行させたいんだろうな。

 とにかくその場所に行けないと困っていたところで、私達の視線はまだそこにいた女の子に注がれる。


「良かったら案内してくれないかな?」

「いいよ」



 こう言う経緯で、私達は水路を進んでいたのだ。水上から観る景色は、地上とはまた違って中々に趣が深い。スマホを持ってきていたら写真を撮りまくるんだけど、今手元にないのが本当に残念だ。記憶のカメラにしっかり保存しなくちゃ。

 女の子の名前はレイレちゃん。名前を聞いた時にキョドってたから本名かどうかは分からない。彼女はお小遣いが欲しくて、家にあった地図を売ろうとしていたらしい。


「でも誰もお宝に興味がなくて……」

「そっか~」


 私達が舟上で世間話をしている間も、トリは地図をにらみながらルートが正しいかどうかの確認をしている。あれじゃあこの景色も楽しんでないね。勿体ない。

 やがて、水路は行き止まりに辿り着いた。地図でも間違っていない。もしかして罠だった? しばらくすると、私達の周りに荒くれ共の乗った舟がいくつも現れる。


「よーし、ちゃんと連れてきたなあ、褒めてやるぜ」

「ちょ、やばくなってきたホ」

「あのくらい、何も怖くないじゃん」


 私は光魔法を炸裂させて物騒な舟を沈めてやった。荒くれ者共は顔を青ざめさせて泳いで逃げ去っていく。落ち着いたところで、私はレイレちゃんの顔をじっと見つめた。


「騙したの?」

「ううん、力を試したの」


 彼女はそう言うと指を規則的に動かした。すると、目の前の壁が動いて水が流れ始める。どうやら地下水路があったようだ。舟は、そのまま街の地下部分に向けて進み始める。

 この状況に、レイレちゃんは当たり前のような顔で船を漕いでいた。


「あなた、一体何者なの?」

「秘密」


 名前も偽名のようだし、彼女の裏は深そうだ。私が警戒する中、逆にトリの目は輝いていた。地下水路は独特の雰囲気を持っていて、まるで古代文明の遺跡のような感じだったからだ。


「すごいホ! この文化様式はタータルのものみたいだホ」

「タータル?」

「すごい文明を持っていたけど、戦争に負けて滅んだんだホ」

「詳しいんだね」


 舟はやがて水路の終着点に辿り着く。そこにある何かが見えてきたところで、レイレちゃんはつぶやいた。


「そろそろお宝に着くよ」

「待ってましたホー!」


 お宝と聞いて、トリの興奮がマックスになる。しかし、見えてきた何かかがハッキリしてきたところで私は首を傾げた。


「これが……お宝?」

「そう、エネルギー集積装置のゲイン。これを直しに来たの」


 レイレちゃんがゲインと呼ぶもの、それは古代の動力装置的な機械。中央には大きなクリスタルがはめ込まれていて、怪しい紅い光を放っている。何かヤバい雰囲気だ。

 私が身構えていると、レイレちゃんが叫ぶ。


「来るよ、ガーディアン。あいつに勝って!」

「えっ?」


 理解が追いつく前にそいつは現れた。全長3メートルくらいで足のない遮光器土偶みたいなやつ。フワフワと浮遊しながら近付いてくる。どうやらこのゲインを守るロボットのようだ。異世界モノ的な言い方をすればゴーレムかな。

 とにかく、私達はこいつに勝たないといけないらしい。


「なんちゅー強制イベント!」


 私は右手をかざして光魔法をぶつける。お約束のようにそいつは無傷だった。


「ならば、闇魔法!」


 今度は左手をかざして、光とは正反対の属性の魔法を放つ。普通ならこれでダメージを与えられるはずだった。けれど、ガーディアンは闇魔法すらスルーする。


「ちょ、魔法効かないんだけど!」

「逃げるホーッ!」


 トリは焦るものの、狭い舟の上に逃げ場なんてない。ガーディアンはある程度まで近付いたところでビームを発射した。

 狙いは当然私だ。うん、さっき攻撃したからね……。


「キャアア!」


 私は速攻でしゃがみ込む。直後にビームのまぶしい光は感じたものの、肉体的なダメージは何も感じない。恐る恐るまぶたを上げると、レイレちゃんが私の前に立って両手を広げていた。


「良かった……無事で」


 無防備で勇敢な女の子はここで倒れる。それを見た私は、頭の中で何かが弾けた。


「こンのおおおお!」


 私はトリを両手で掴むと、そのくちばしをガーディアンに向ける。


「トリ砲、発射ーッ!」

「ホー!」


 トリの口から発射されたビームがガーディアンを貫通。勝負はあっさりとついてしまった。私はすぐにレイレちゃんの顔を覗き込む。


「大丈夫?」

「有難う」


 そう言うと彼女は気を失い、体から何かが抜けていく。それがゲインのクリスタルに吸い込まれると紅い光が青くなり、不穏な気配が消えていった。


「これが目的だったんホね」

「みたいだね」

「……ふあ?」


 ここでレイレちゃんが意識を取り戻す。けど、少し様子がおかしかった。


「ここは?」

「レイレちゃん?! 良かった。大丈夫?」

「レイレって誰? リサの知ってる人?」


 彼女からレイレちゃんの人格が消え去っている。どうやらリサと言うのが彼女の本来の人格らしい。私が説明に困っていると、ガラガラと壁が崩れ始める。


「リサちゃん、舟は漕げる?」

「うん」

「じゃあ、まずは脱出しよう!」


 こうして私達は何とか無事に地上に戻る事が出来た。もう夕方だったので、リサちゃんとはここでお別れだ。


「それじゃあお姉ちゃん、さようなら」

「うん、元気でね」


 見送って安心していたら、しれっと私達も元の世界に戻ってきていた。


「最後はヒヤヒヤしたけど、楽しかったからいっか」

「ちょ、待つホ」

「どしたん?」

「またお宝が手に入らなかったホー!」


 今回の冒険は色々謎も多かったけど、気にしても仕方がないので私は忘れる事にする。出来れば、今度はもっと普通の冒険がしたいなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る