第6話 トリの出てくる本
春休みに入って最初の昼下がり、暇を持て余した私は父の部屋に向かう。実は前から入ってみたかったのだ。日中は仕事で家にいない父。最初にトリと遭遇した時の彼はびっくりして声も出せない感じだったけど、今は普通に会話をしている。トリがコミュ強なのか、父が何でも受け入れちゃっているだけなのか。
母は母で変にトリを気に入っちゃって、まるでペット感覚だ。うちの両親って……。
まぁ両親の話はいいんだ。問題は父の部屋。別に何か秘密を探ろうとかそう言うんじゃない。私が見たいのは、この部屋にある本棚だ。そこに並んでいる中に、トリがずっと封印されていた本があるはず。
実は今まで色々あって確認出来ていなかったんだよね。その本が見つかれば、ヤツの秘密も、お宝についても何か分かるかも知れない。
「水穂、何やってるホ?」
「うわっ、驚いた」
「ここ、源一の部屋だホ?」
トリはまるでフクロウみたいに首を傾げる。フクロウではないのは見た目で分かるんだけど、その正体は謎のままだ。私はすぐに本棚に視線を移した。
「あんたがいた本を探してる」
「何故ホ?」
「色々分かるんじゃないかと思って。お宝の事とかさ」
「いや、それはないホ」
トリは私の一言をあっさり否定すると、ホホホゥと笑い始める。何故かそれが変にムカついて、絶対に探し出してやろうと必死になった。
父はプロの作家ではないけど趣味で創作活動もしていて、何冊かの本を自分で作っている。まぁ同人誌みたいなものかな。ほとんどが絵本で薄い本だ。昔は絵本作家になりたかったらしい。
「えーと、あった!」
本棚の一部を占拠しているその同人誌コーナーの中から、私はそれっぽい本を見つけた。表紙にはトリの絵も描かれている。私はすぐに中身を確認した。
タイトルは『おなかがすいたトリ』。
ページをめくると、すぐにトリが出てきた。多少デザインが本物とは違うものの、丸っこいデザインなので間違いないだろう。本で描かれているトリはとにかくお腹を空かせていて、あっちこっちに行っては腹の虫を鳴かせている。
序盤はずっとそんな展開だ。トリは色んな街に行くけれど、嘆くだけで具体的な行動は特に何もしない。
やがて冒険に疲れたトリは、ついに飛べなくなって地面にバタリと倒れてしまう。そこで走馬灯を回しているところで、女の子が現れた。
女の子は、屋台で売っていた焼鳥を手にしている。
「おなかがすいたの? やきとりあげる」
その子から焼き鳥を渡されたトリは、一瞬でそれを平らげて満足顔だ。
「うんまホ。うんまホ」
幸せいっぱいなトリのアップのシーンが飛び込んできたけど、これって共食いだよね。私は先の展開が少し怖くなりながら、恐る恐る次のページへ。そこに描かれていたのは、こんがりと美味しそうに焼けたトリの姿。
「なんで?」
思わず素でそんな声を上げてしまう。そのシーンでは大勢の人がよだれを垂らしていて、今すぐにでもトリを食べようと言う雰囲気だ。これ、絵本でしていい展開じゃないでしょ。
そして、最後のページは『――みんな焼き鳥を食べて笑顔になりましたとさ』で終わっていた。
読み終えて頭がくらくらした私は、隣でホバリングしていたトリの顔を見る。
「何これ」
「それが源一の話なんだホ。そんなんばっかりホ」
呆れるトリを無視して、私は別の本を探す事にした。同じ系列の本をまとめているのか、すぐにトリの出てくる別の本が見つかる。お、この本は幼い頃に読んだ記憶がある気がするな。
タイトルは『ちきゅうをすくったトリ』。
内容はこうだ。ある日、地球に隕石がぶつかる事が分かる。みんな一生懸命対抗策を考えるけど、いい方法が何も思い浮かばない。人々がパニックになって大混乱する中で、1人の勇者が立ち上がった。それがトリだ。
彼は、どんどん体を膨らませて地球に落ちてくる隕石に体当たり。見事に隕石を破壊して世界は救われた――そう言う話。
「あれ?」
私が知っているこの話の先にもまだページが残っていた。幼い頃は本を最後まで読まなかったんだ。そう言えば、この後でトリがどうなったか私は知らないままだった。
その答えが分かる事を期待して、ページをめくると――。
「えっ……」
何と、隕石を破壊したトリは衝突の時に発生した熱で、こんがりといい感じに焼けていたのだ。悪い予感を感じながら最後のページに進むと『みんな焼き鳥を食べて笑顔になりましたとさ』で終わってしまった……。
「オチが一緒じゃん!」
「だから言ったんだホ。そんなんばっかりホ」
私は父の創作センスに呆れながら、手がかりを探して本を読み続ける。どの話もいい加減なオチで、逆にそれがだんだん楽しくなってきた。
絵本なだけにすぐに読めるため、未読のストックがどんどん消えていく。
「あっ」
10冊くらい読んだところで本棚から引き出した本。その本の表紙には何も描かれていなかった。私はその本にも強烈な何かを感じて、すぐに中身を確認する。
しかし、めくってもめくっても白紙のままだった。
「ついに見つけてしまったホね」
「この本に封印されてたの?」
「だから自分で入って休んでたんだってばホ」
最初は多分この本にも物語が描かれていたのだろう。そこにトリが割り込んで長い年月が経って、物語自体がトリそのものになった。だからトリが復活した時に、本の中身も一緒に全て消えてしまった――。
そう推測した私は、白紙の本を開いたままトリに向かって押し付けた。
「そおい!」
「痛っ、何するんだホ!」
突然の暴力行為にトリは猛然と抗議。逆に私は無力感に包まれた。
「再封印は無理か」
「水穂にそんな力はないホ。そんなに冒険が嫌なのかホ?」
「ううん、嫌じゃない。ただ、出来るかなって思って」
「嫌じゃなければ、いいんだホ」
私の答えに満足したトリは、しれっと父の部屋から出ていった。きっとまた何かされると思ったのだろう。冗談の通じない生き物だなぁ。
ただ、私も十分に満足したので、すぐに父の部屋を後にする。
結局、今日はお宝探しをしない一日だった。たまにはそう言う日もないとね。
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