第4話 トリと一緒にコント
日曜日、私が部屋で漫画を読んでいると、トリが勢いよくドアを開けた。
「水穂! お宝の話を持ってきたホ! 今度のお宝は」
「却下」
「何故ホ?」
「お宝、手に入らないじゃん」
正直私はうんざりしていたのだ。今までに何度もトリの話に付き合ってきた。お宝も後ちょっとで手に入るところまで行けた事もある。でも結局一度も手に入らなかった。すごく魅力的なお宝が本当にあったとしても、それを手に出来なければ絵に描いた餅だ。
骨折り損のくたびれ儲けになるなら、冒険なんてするだけ無駄。
私は興奮するトリをスルーして、単行本に視線を戻す。
「手に入るホ!」
「じゃあ、ゲット出来なかったら罰ゲームね」
「分かったホ」
「言ったね! 絶対やってもらうからね!」
売り言葉に買い言葉。トリの決意を受け取った私は、仕方なく付き合う事にした。本当はもう懲り懲りなんだけど、お宝が手に入って願いが叶うって言う話も魅力的だからね。
私がトリの翼を握った途端、また不思議な世界に転移する。今度はいきなり街の中だった。道を歩いている人の服装や周りに建っている建物からして、大昔の時代の文明レベルの街のようだ。
そう、ピラミッドが作られた頃のエジプトみたいなイメージ――。
街は活気があって、多くの人が行き交っている。知らない世界の人々なのに話している言葉の意味が分かったり文字が読めたりするのは、きっとトリの能力なのだろう。
「お宝はどこなの?」
「あのポスターを見るホ!」
促された私は、トリの翼の先に視線を向ける。そこにはポスターのような張り紙が、掲示板みたいな所に貼られてあった。
そのポスターには、イベントの告知のような内容が書かれている。
「……次世代のお笑いスターを探せ? これが何?」
「この大会の優勝賞品がお宝ホ!」
「なるほど~。優勝すれば間違いなくお宝が手に入ると出来るかいっ!」
とんでもない無茶ぶりに、私はトリに軽く裏拳を入れる。
「見事なノリツッコミホ! これで優勝間違いなしホ!」
「んな訳ないでしょ」
興奮するトリを見た私は、頭に手を当てて大きくため息を吐き出した。
「あんたとコンビで漫才? この世界でこのノリが通じるの?」
「大丈夫ホ。ボクには分かるんだホ」
トリは全く動じていない。本気でお笑いコンテストに出場して優勝するつもりのようだ。多分、私を相棒にして。素人芸が受ける訳ないのに……。
トリが敵情視察をすると言うので、渋々私も後についていった。
「まずはこの街で受けるお笑いを調査するホ」
やって来たのはパフォーマーが集まっているエリア。ここに来れば、この街でどう言うネタが受けているのかが分かる。その雰囲気を観察すれば、優勝に一歩近付くと言う訳だ。まぁ、何事も下調べは大事だよね。
この街は芸事が盛んのようで、数多くの芸人達がしのぎを削っている。どう言うタイプのネタが人気なのかを観察していると、どうやら体を張った笑いが受けているようだ。
自慢の筋肉を使ってする筋肉芸とか、すごい痛いのを無茶苦茶我慢する芸、体をくねくねと曲げるヨガみたいな芸なんかが大盛況だった。
「私にもああ言うのをやれと?」
「やったホ! もう優勝したも同然ホ!」
会話が噛み合わない。思わず私はツッコミを入れる。
「何で?」
「ここでコントが受ければ唯一無二ホ! 敵はいないホ!」
「いや肉体系しか受けないんじゃ……?」
私は素直な疑問をぶつけた。敵情視察に来たのは、この街の住民がどんなネタを喜ぶのか知るためだったはず。肉体系の芸の受ける土壌で、話術が受けるとはとても思えない。
私が真面目な顔で突っ込んでいると、トリが明らかに呆れた表情を浮かべた。
「水穂はアホかホ?」
「はい~?」
いきなりバカにされた様な上から目線の言葉を投げかけられ、私は思わずカチンと来る。すぐにトリの両サイドを両拳でグリグリと強く押さえつけた。
「痛いホ! やめるホ!」
ある程度やったところで気が晴れたので手を離す。すると、トリは真剣な眼差しで私の顔を見つめてきた。
「この世界にはコント系の笑いがないんホよ? 誰も見た事がないならバカ受けに決まってるホ!」
「そううまく行くかな」
「行くに決まってるホ!」
トリがあんまり強く断言するので、私もなんとなくその気になってきた。それで、トリとコントをするイメージを膨らませてみる。と、ここで問題が発覚した。
「あ、でもちょっと待って」
「どうしたホ?」
「コントをするならこの世界の事をよく知らないと。ネタを探さなきゃ」
「それもそうホ」
こうして、私達はコントのネタになりそうな取材をする事にした。まずはこのコンテストのコンセプトから調べ始める。
ポスターに書かれていた文章から分かった事と言えば――。
このイベントは神事として行われる。なので、ネタを披露するのは祭壇の前。そもそも、この街で信仰されている神様が大のお笑い好きのようだ。
そう言う流れなので、観客が笑うより神様が笑うかどうかが重要なのだとか。
で、今度はネタ作りのために街の事を簡単に調べてみる。街の名前はプトン。特産品はお茶。流行ってるお菓子は団子。名物は芋煮。最近の話題は作物の不作。とても平和な街で、住民の不平不満もスキャンダル的な話題も特に聞かれなかった。
一日歩き回ってネタを探した私達は、宿の一室で集めた情報を書いたメモをじいっと見つめる。
「えーと、これでネタを作る? トリちょっとやってみてよ」
「わ、分かったホ……」
トリは聞き込みで耳にした適当な噂話に尾ひれをつけて、最後はダジャレで落とした。ただしそのセンスは壊滅的にヒドく、私の心は凍るばかり。
「寒! 無理!」
「渾身のネタだったのにホ……」
この結果から分かった事がある。それは、コントの台本をトリに任せては駄目だと言う事。
私は頭をかきながら、ポツリとつぶやいた。
「私が作るしないのかな」
「水穂、任せたホ!」
「お前も考えんかーい!」
こうして、初日は考えがまとまらない内に過ぎていった。イベントは3日後。どう考えたって時間が足りなかった。
エントリー自体は飛び入りが認められているので、ギリギリまで悩み抜く事は出来る。出来るけど……。
「やっぱり無茶だよ……。雨降らないかな」
「残念ながら、雨天決行ホ」
「とほほ」
結局、当日は雲ひとつない晴天に恵まれる。神事だからこそクッキリと晴れたのだろう。いつもなら天気がいいと気分が晴れやかになるのだけれど、今日に限っては全く正反対の感情が私の心を支配していた。
「もう最悪」
「ネタは出来たホ?」
「出来てねーよ」
「仕方ないホ。アドリブで何とかするホ」
暗い気持ちで私達は宿を出る。それでももしかしたら奇跡が起こるかも知れないと思い、取り敢えず会場に辿り着いた。
そこでは我こそはと言う芸人達が既に自慢のネタを披露していて、観客席は大いに盛り上がっている。
「うわ、優勝無理だよこれ」
「ここまできたら、やるだけやるホ!」
ネタも出来ていないのに、私達は飛び入りでこのイベントに参戦。この勇気だけでも評価して欲しい。ステージに立ったところで、もう私の頭の中は真っ白だったよ。
「次は飛び入りでの参加だぁ~『トリと一緒』さん、どうぞ~」
「ど、どうも~」
「よろしくホ~」
挨拶の後、何を喋ったか全然記憶にない。予想通り観客席は冷えまくっていて、笑い声ひとつ起きなかった。最後に頭を下げてステージを後にしたけど、その時ですら拍手はなかった気がする。
控え室に入って椅子に座った私は、そこでようやく感情が追いついてきて頭を抱える。
「うわあああ~」
「まぁ、やりきったホ……」
珍しくトリが慰めてくれる。私が帰るつもりでいると、突然コンビ名を呼ばれた。
「優勝は飛び入り参加の『トリと一緒』です!」
「え?」
この謎の展開に、私は自分の耳を疑う。司会者は優勝の決め手を口にした。
「2人の芸を見た神様が大爆笑していました。新しい笑いで画期的だそうです!」
「ヤッター!」
「おめでとうございます。それでは、優勝賞品をお楽しみください!」
私がお宝を期待していると、突然脳内に素晴らしいイメージが広がってきた。幻想的な自然の風景に無数の光が飛び交っている。それを見ていると、多幸感に満たされて何とも気持ちがいい。
「何これ、すごい……」
「最高だホー!」
そう、この快楽体験が優勝賞品のお宝の正体だった。神様の祝福と言うやつなのだろう。至高の体験は長いようで短いようで――でも、やがてはその効果も切れてしまう。
気が付くと、私はいつの間にか自室に戻ってきていた。
「いやあ、素晴らしい体験をしたホね……」
トリはさっきの体験を反芻するように、うっとりとした表情を浮かべる。私は、そんな彼を見て大きくため息を吐き出した。
「トリさん、罰ゲーム決定」
「何でホー!」
「お宝、手に入ってないじゃん!」
「素晴らしいイメージを見たホ!」
トリは必死で抵抗する。でも、私はそれで納得出来る訳がなかった。必死に弁解する彼に向かって、私は両手を開いてみせる。
「でも、この手には何も残ってないよね?」
「うっホ……」
お宝とは物理的なものだ。少なくともその条件を私は出した。何もない両手を見て、トリも渋々抵抗をやめる。そこで私はとっておきの罰ゲームを思いついた。
「罰ゲームは一発ギャグだよ! 私を笑わせられなかったらくすぐりの刑!」
「水穂を笑わすのは神様より無理だホー!」
ゲームの内容を聞いた途端、トリは一目散に逃げ出した。勿論、私もそれを見逃すつもりはない。すぐに丸っこいぬいぐるみの背中を追いかける。
「待てー!」
「もうお笑いは懲り懲りホー!」
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