第2話:命名されたカモ

 高天原たかまがはら……古来より、神々が住まう国であると言われている。

 果たして、そのようなものが本当にあるのか否か。

 カモは、神仏の類についてはまるで信仰心のない男であった。

 もし本当に神仏がいるのであれば、今頃はもっと余は大平であっただろうに。

 そう豪語するカモを、罰当たりと軽蔑した者は決して少なくはない。

 だからと言って、この男が改心するなどということは一切なく。


「神様がいたら俺が斬ってやるよ」


 と、むしろ不敵な笑みを返した。


「――、本当にどうなってやがるんだこの世界は……!?」

「どうしてそんなに驚いてるんですか?」

「いや、どうしてもなにも……普通驚くだろうだろ! なんなんだよ、ここは!?」


 と、カモはひどく狼狽した。


 亜人――つい先ほど、教えてもらった――が普通にこの世界には跋扈している。

 中でも特に、カモを驚愕させたのが妖怪の存在だった。


(亜人とやらに妖怪……いつからここはこんなにも幻想的な世界になったんだ!?)


 と、カモはすこぶる本気でそう思った。


 だが、驚愕する傍らで彼はひっそりと歓喜していた。

 妖怪という存在は基本、人間よりも頂上の存在として知られている。

 もちろん、これらはあくまでも創作という中の設定でしかない。

 自身よりも強大な敵に立ち向かい、そして勝利する――そうすることで読者への没入感を誘うのだ。


(妖怪かぁ……いいねぇ。さっきみたいな奴がゴロゴロいるって言うんなら、是非とも剣を交えたいもんだ)


 と、カモは内心でにしゃりと不敵に笑った。


「なんだか、嬉しそうですね」

「え? 俺、そんな顔してるか?」

「はい。なにか、うれしいことでもあったんですか?」

「まぁ、な……色々あるんだよ、色々とな」

「――、あっ、着きましたよ。ここが我々新撰組の屯所です」

「あ、あぁ……」


 カモは、新撰組の屯所へと連れられた。

 彼の心情的に言えば、この状況はひどく危険極まりないものだった。

 なにせ、かつての刃を交えた敵の根城にいるのであるのだから心穏やかにすごせるはずもあるまい。

 広々とした屯所にて、カモはきょろきょろと周囲を一瞥した。


(そう言えば、思い返してみれば新撰組の屯所に入るのってはじめてだよな……)


 と、カモはそんなことをふと思った。


 果たして自身の記憶にある新撰組のそれと同一であるかはさておき。

 京都守護職を任命されただけのことはあって、規模ななかなかに大きい。


「――、それでは改めて自己紹介しましょっか」


 通された客間にてカモは改めて彼女と向かい合った。

 そうにかり、と笑ったのがすぐ目の前にいる少女だった。

 金色の短髪はまるで漆黒の空にぽっかりと浮かぶ満月のよう。

 その極めて珍しい髪色は、芸術品の用ですらあった。

 そして凛々しくも優しい顔立ちをする彼女だが、鼻っ柱には一文字傷が刻まれている。


(女は顔が命だって言うが……なんだろうな。こいつの場合は、それが逆によく似合ってるな)


 と、カモはそう思った。


「我がこの新撰組の局長を任されている長曽祢コテツよ。よろしくね」

「え?」

「え? どうかしたの?」

「いや、その……え?」


 と、カモは思わず素っ頓狂な声をもらした。


 同時に――。


(長曽祢って……そりゃあ、あいつの刀の名前じゃないのか?)


 と、カモははて、と小首をひねった。


 新撰組局長、近藤勇の愛刀の名は長曽祢虎徹ながそねこてつという。

 元々、甲冑造りを生業としていたが齢50にて刀匠となったという、異例の経歴を持つ。

 そのためか、彼の打つ刀は非常によく斬れて頑丈だともっぱらの評判だった。

 カモもかつては、この長曾祢虎徹ながそねこてつを欲し求めたことがある。

 しかし、彼の腰にあるのはかの名刀ではない。


「虎徹の偽物が大量に出回ってるから気を付けろよ」


 と、そう口にしたのは町人の一人だった。


 曰く、本来ならなかごに銘を打つのだが虎徹にはそれが一つとしてない。

 そのため、世の中には金目的で多くの偽物が出回ったという。

 余談ではあるが、この事態に対し当の本人は特になんの反応もなかったとされている。

 本物の剣客ならば目にしただけで偽物かすぐに見分けがつくだろう、と。

 むしろ、この状況を楽しんですらいたという――あくまでも、噂の領域を脱しないが。

 それはさておき。


「……刀の名前だなんてアンタ、珍しい名前をしてるんだな?」

「え? 刀の名前?」

「いや、だって……そうだろう?」


 と、カモが言うとコテツはきょとん、とした顔を浮かべた。


「――、次は私だな」


 と、長身の少女がそう口火を切った。


 腰まで届く、さらりとなびく濡羽色ぬればいろの髪に凛とした面持ちが印象的だ。

 殺気や敵意はなくとも、鋭く冷たい眼光はさながら猛禽類もうきんるいのようですらある。

 カモは思わず――


(なんとなーく、こいつが誰かわかったかもしれない。というか絶対にあいつだろう)


 と、内心で苦笑いを浮かべた。


「私は新選組副長を務める、和泉守カネサダという。よろしく頼むぞ」

「あ、やっぱり」


 と、カモはもそりと呟いた。

 鬼の副長として知られる土方歳三ひじかたとしぞう

 とにもかくにも、規律に厳しく違反者には徹底して処罰する。

 そうした在り方が、彼に鬼の異名を冠したのだ。

 そんな彼の愛刀が、和泉守兼定いずみのかみかねさだだった。


「あ、じゃあ最後は僕ですね」


 と、残った一人の少女がにこりと笑った。


 新撰組という場において、彼女が纏う雰囲気はあまりにも不釣り合いなものである。

 歳は三人の中では一番下、という印象がとても強くあった。

 栗色の髪を後ろで一本に束ね、あどけなさが残る顔立ちはとてもかわいらしい。

 ただし、彼女も例外にもれることなくダンダラ模様の羽織に、腰には太刀を差していた。


(こいつもなんとなくわかったぞ。多分、あいつだろうな……)


 と、カモはわずかに表情を強張らせた。


 彼からすれば、目前にいるのは自身を斬った張本人であるのだから。

 例え当人でなかったとしても。気構えてしまうのは致し方のないことだと言えよう。


「僕の名前は加州キヨミツって言います。よろしくお願いしますね」

「あ、あぁ……キヨミツ、ね。うん――まぁそうなるよなぁ」


 と、カモはまたしてももそりと呟いては、苦笑いを浮かべた。


 新撰組の中でもっとも強きものは、果たして誰か?

 この疑問には一時期、巷では熱く語られたことがあった。

 有力候補だったのは、やはり局長である近藤勇こんどういさみだった。

 天然理心流四代目宗家にして、最強の剣客集団をまとめる頂点にあるのだから当然だろう。

 確かに、こう口にする者の意見にはなんの異論はなかった。

 しかし、もう一人の人物が同じぐらいここではあがったのである。

 それこそが、一番隊隊長の沖田総司おきたそうじであった。


(よくよく見たら、こいつ……俺が知ってる沖田と雰囲気が似てやがるな)


 と、カモはまじまじとキヨミツを見やった。


 沖田という男は、とても若々しく見た目はそれこそ子供のようですらあった。

 もっとも、中性的な顔立ちは数多くの女性を虜にし、彼が通ればきゃあきゃあと黄色い声がたちまち上がる。

 それほどの人気っぷりを博しておきながら、いざ戦地となればこの少年のような男はがらりと変貌する。


(あいつは、鬼だ。俺以上の剣鬼と戦ったんだから、そりゃあ負けても仕方がないよなぁ)


 と、カモはしみじみと思った。


「――、それでそれで? あなたのお名前はなんて言うんですか?」


 と、キヨミツが目をきらきらと輝かせた。


 他の面々も、彼を見やる瞳には強い関心を示している。


「え? お、俺の名前か? 俺はだな、えっと……」


 男はしばし、沈思して――


「……名は嘉門かもんという。姓の方だな……えっと、せ、芹沢だ」


 と、そうもそりと言った。


「え?」

「ん?」

「む?」

「……な、なんだ?」


 三人の様子が明らかにさっきと異なる。

 一瞬だけ驚いたような表情をして、すぐにしたり顔を三者揃って浮かべた。

 当然ながら、彼女らが何故そのような反応を示したかを男が知る由もなし。


(いったい何を企んでやがるんだ?)


 カモがそう思ったのも、彼女らの顔を見やれば一目瞭然だった。

 明らかに何かを企んでいる。

 そしてそれを、聞き出すのは不可能であるとも男はとうに理解していた。

 相手はあの新撰組なのだ。そう簡単に口を割るなど、それこそ天変地異が起きた時ぐらいなものだろう。


「カモさんって言うんですかぁ……素敵なお名前ですね」

「あ、あぁ……ありがとうな。後、カモじゃなくて嘉門かもんだからな?」


 相変わらず屈託のない笑みを浮かべるキヨミツに、男の笑みはひどくぎこちない。


(自分を斬った相手にこうやって普通に会話をする日がくるとはなぁ……本人じゃないけど)


 と、男はそう思った。


「カモくんだね。かわいいお名前」

「いやだから、カモじゃなくてカモ――」

「カモンでは語呂がいまいちだな。カモの方がしっくりとくる」

「じゃあこれからカモくんって呼ばせてもらうね?」

「……もうそれでいい」


 未だ同行を求めた理由に不明。

 とりあえずこうして同行したのも、余計ないざこざを起こさぬためにすぎない。

 新撰組でなければ、今頃男……もとい、カモの心境が落ち着かないこともなかっただろう。


(下手に逃げて怪しまれるよりかはいいと思ったが……やっぱり失敗だったか?)


 と、カモは今更ながらにそう思った。


 とにもかくにも、こうなってしまったからにはもうどうすることもできない。

 いい加減目的について知りたいカモは、ジッとコテツを見やった。


「それじゃあ早速本題に入ろっか。カモくん、我の新撰組に入隊しない?」

「は?」


 カモは素っ頓狂な声をもらした。

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