第3話:試合(ガチ)をするカモ

 コテツの申し出は、カモの予想をはるかに凌駕するものであった。

 かつて斬り合いをした連中と仲間になる、というのだから彼の反応も無理はない。

 当然ながらこの誘いにカモは大いに困惑した。


「それで、どうかな?」

「これまでの歴史の中にこのような事態はなかったが、貴様ならば問題はなかろう」

「いいですねぇ。僕は賛成だと思いますよ」


 新撰組の面々は一様にして、好印象である。


 対するカモはというと――


(俺が、新撰組に入るだと……?)


 と、未だ大いに困惑していた。


 彼の性分から言えば、同じ場所に留まることはあまり好まない。

 それが、規則などがガチガチに重んじるならば、尚更のことであった。

 何者にも縛られず、ただただ自由気ままに人生を謳歌する。

 それが芹沢カモの美学であり、また生き様であった。

 志半ばで潰えた人生ではあったが――


(なんの因果か、俺はまだこうして生きている)


 と、カモは静かに拳を握った。


「――、カモくん。カモくん的にはどう? 悪い話じゃないと思うけど」


 と、コテツがずずいっ、とカモの顔を覗き込んだ。


 ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 それは戦場で数多くの志士を斬った者とは思えないぐらい、とてもいい匂いがした。

 付け加えて、近藤勇……もとい、長曾祢コテツはとても美人である。

 絵に描いたような美しさとは、きっと。彼女のような女性を言うに違いあるまい。


(まぁ、でも……確かに悪い話ではないよなぁ)


 と、カモはそう思った。


 タカマガハラは明らかに、元居た時代……もとい世界とはまるで異なる。

 すべてにおいてが異質であり、されどここではその異質が理としてある。

 ならば逆に、芹沢カモという存在こそが異物なのだ。

 住居もなければ職もなし。

 職については、探せばなにかしらはあるだろう。

 とは言え、やれる職は非常に限定されてしまうのはもはや語るまでもなかろう。


(あの化け物と殺りあえるって言うんだったら――)


 と、カモは改めてコテツの方を見やった。


 相変わらず、端正な顔がすぐ眼前にある。

 カモはなんだか気恥ずかしくなって、サッとコテツより顔をそらした。


「あれ? もしかしてカモくんって……女の子とあんまり喋ったことない感じなのかな?」

「ほっとけ」


 カモはすねるようにそっけなく返した。


「そろそろカモくんのお返事、聞かせてほしいなぁ」


 そわそわとコテツがだんだんと落ち着きが欠けていく。

 それを目の当たりにしたカモは、今一度彼女をいぶかし気に見やった。

 これが本当にかの有名な新撰組局長なのか、とそう思ったのも致し方ない。

 局長という立場に着く者にしてみれば、彼女の言動はすべてにおいてが軽い。

 さながら友人と接するような気さくさは、しかし親しみやすさがある。


(自分の愛刀と同じ名前の奴がこんなやつだって知ったら、さてあの局長はどんな反応を示すやら)


 と、カモは内心でほくそ笑んだ。


「……わかったよ。それじゃあしばらくの間、世話になる」

「それじゃあ改めてよろしくね、カモくん」

「じゃあ早速僕と稽古しましょうよ! ね?」


 にかりと笑うキヨミツは、相変わらず屈託のない笑みである。


「稽古、か」


 と、カモはその場ですぐに了承しなかった。


 かつての敵と再び刃を交える。

 これについてはカモも特に異論はなかった。

 むしろ、絶好の機会ですらある。

 もう一度、新撰組最強の剣客と刃を交えたい。

 戦いとは通常、同じ相手と再戦することは非常に稀なことである。

 これは技を第三者へ露呈するのを阻止するのはもちろんだが、真剣勝負においてまず逃走できる方が不可能である。

 そう言う意味でカモは、二度と沖田総司と刃を交えることができなかった。


(あの時の借りをこいつに返してやるのも一興か……)


 と、カモはわずかに口角をくっと釣り上げた。


 そして――


「いいぞ、俺もお前がどれだけ強いのか知っておきたいからな」


 と、ここでカモはようやく承諾した。


「決まりですね。コテツ姐さんいいですよね!?」

「う~ん……まぁ、稽古だから熱くなりすぎないようにね?」

「やったぁ!」


 実に子供っぽい言動である。

 一方でカモは、コテツの反応に対しはて、と小首をひねった。

 すんなりと承諾する、というよりかはどこか躊躇ためらいすら感じる。


「ほらカモさん、早速道場に行きましょうよ!」

「あ、あぁ」


 意気揚々と小走りで退室するキヨミツの後を追う傍らで、カモは一度だけ振り返った。

 はたと、コテツと目が合う。


「多分大丈夫だと思うけど……うん、何かあったら我が助けるからね?」

「私もいるから心配するな。貴様は、思う存分その剣を振るうといい」


 と、あまりにも意味深な言葉を二人が口にした。


(何故だろう……なんだか、ものすごく嫌な予感がしてきたぞ)


 と、カモは頬の筋肉をわずかに痙攣させた。


 屯所内に設けられた道場は、キヨミツが言うようにとても広々としていた。

 しんとした静寂の中を満たす空気は、冷たくてとても澄んでいる。

 お世辞にも、きれいとは言い難い場所ではあった。

 床や壁、柱にはいくつもの刀傷が至る所に痛々しく刻まれている。


(いい道場だな、そしてよく修練が施されていやがる)


 と、カモは痛く感心した。


 新撰組が厳しいのは、何も規律だけではない。

 最強を謳うのだから、その肩書きに相応しい実力が強く求められる。

 そのため、修練一つにおいても地獄であると口々にする隊士は極めて多かった。

 もちろん、あまりの過酷さに脱退を願う隊士も決して少なくはない。

 事実、河原でべそべそと大の男が泣きながら辞めたい、と連呼する姿をカモは目撃していた。

 そうして規律違反をし粛清されていった者達もまた、然り。


(俺も、首が飛ばないようにだけは気を付けないとな……)


 と、カモは自らにそう強く言い聞かせた。


「それじゃあ始めましょうかカモさん! 言っておきますけど僕、とっても強いですよ?」

「いや、少し待て」


 カモは、ここで制止をかけた。


「なんですか? 早くやりましょうよ」


 と、キヨミツが急かしてくる。


 それに返答することなく、カモは彼女に指差すと――


「防具もなしにやるのか?」


 と、そう尋ねた。


 今より両者が行うのはあくまでも稽古であって、実戦を想定した仕合ではない。

 稽古であるのだから怪我を最小限にまで抑える防具の着用は必須である。

 しかし、キヨミツにそれらしき類の物は一切ない。

 つまり、木刀であろうと当たり所が悪ければ最悪、死に直結しかねないのだ。


(防具もなし、か……よっぽど腕に覚えがあるのか。それとも単純に馬鹿なのか)


 と、カモも遅れて木刀を中段に構えた。


「防具をつけるのは、むしろ貴様の方だぞカモ」


 そう指摘したカネサダの手には、防具の一式がきっちりと揃えられている。

 どうやらこれを着用しろ、とのことらしい。


「……いや、俺も防具はいいや」


 だが、カモはそれをやんわりと断った。

 これは決して、彼がキヨミツを軽んじたからではない。

 防具をしないのであれば、自分もしないだけ。

 もちろん理由としてはこれだけでも十分あったのだが――


沖田あいつ関連の奴に二度も負けてたまるかよ)


 と、カモは奥歯を静かにぎゅっと強く噛んだ。


「……それでは二人とも準備はいいな?」


 カネサダが二人を交互に見やり、そして――


「はじめ!」


 と、力強く号令をかけた。


「それじゃあ、遠慮なくいきますよ!」


 どんっ、と力強い一歩でキヨミツが肉薄する。


(こいつ……大砲かよ!?)


 カモは一瞬だけ表情を強張らせた後、すぐに冷静さを取り戻した。

 鋭い刺突が容赦なく、カモの心臓目掛け空を穿つ。

 けたたましい木打音が道場内に反響する。


「へぇ」


 そう最初に口火を切ったのはキヨミツだった。


 続けて――


禍鬼まがつきを祓うだけの腕前はある、な。キヨミツの突きを初見でかわすとは」

「やるぅ、カモくん」


 と、コテツとカネサダが感嘆の声をあげた。


 キヨミツ……もとい、沖田総司の刺突は、電光石火の如き迅速なのはあまりにも有名な話だ。

 本来、刺突という技はいわゆる死技として言われている。

 突き終えた直後、まっすぐと伸びた腕を引き戻すのにはどうしても時を要する。

 その時こそ、敵手にとっては正しく絶好の好機なのだ。

 しかし沖田総司の刺突は、常識を凌駕する。


(俺が喰らったのも、刺突なんだよ!)


 受け止めた木刀を、カモは強引に押し返した。

 如何に凄腕の剣客であろうと、キヨミツは女性だ。それにまだ幼い。

 純粋な身体能力においてどちらが有利であるかは、確認するまでもなかろう。

 強引に力で押し切ってやる、とカモは木刀を唐竹に打った。


「うひゃあ! あっぶないなぁ、稽古しましょうって言ったのは僕だけど容赦なく狙ってきますね!」

「知るかよ」


 カモは冷たく返し――木刀を絶え間なく打ち続ける。

 カモの剣は雷のようである、とそう口にする者がいた。

 これはあくまでも、物の例えにすぎない。だが誇張でもない、それがカモの太刀筋なのである。

 雷の前には、いかなる堅牢な城壁であろうと脆く崩れるもの。

 それを体現したかのような剣が、カモの最大の武器だった。

 とにもかくにも、彼の一撃は極めて重い。それでいて電光石火に匹敵する速さを兼ね備えているのだ。

 反則だ、とそう不貞腐れるようにして言った若き門下生に――知るか、とだけ返した。

 それほどの実力でありながらも、カモは沖田総司の迅さに負けた。


(二度と負けるかよ!)


 と、カモは尚も打ち込み続けた。


「おい、コテツ姉さん。あの男、本当に強いぞ」


 そう、不意に口火を切ったのはカネサダだった。

 二人の仕合が始まってからずっと、カネサダは静観に徹していた。

 だが、ここにきて固く閉じた口が静かに開かれた。


「うん、そうだね」

「あそこまで剣の腕が立つ者に、何故我々は今まで気付かなかったんだ?」


 と、カネサダははて、と小首をひねった。


 不可思議そうな顔を浮かべる横で、コテツも同じように小首をひねる。


「う~ん……まぁ、能ある鷹は爪を隠すって言うぐらいだし。隠れてたのかも」

「まさか」


 と、カネサダはやんわりと否定した。


「新撰組が結成されてから早数年……まだまだ他所には負けているが、けれども私達がこれまでに築いた実績は決して劣っていないはずだ」

「うんうん、我らめっちゃ頑張ったもんね」

「しかし、そうして頑張っているのに毎年人員不足に苛まれているのが新撰組最大の悩み……どうして誰も入ろうとしないのだろう」

「それは――」


 と、そこまで口にしたところで、コテツは慌てて自らの口を閉じた。


「ん? どうかしたのか、コテツ姉さん」

「う、ううん! なんでもないよ! そ、それよりそろそろ終わりにしよっか?」

「――、そうだな。二人ともそこまで! 稽古は終了だ!」


 カネサダの号令に、二人はそこでぴたりと手を止めた。

 仕合が終わった彼らは、その場で木刀をぴたりと止めた。

 汗が滲み、呼気もわずかに乱す両者ではあるがその視線だけは揃ってある場所をジッと見つめている。

 決して声を発するわけでもなく、ただジッと見ているだけ。

 強いて言うのであれば、両者の表情はひどく不満そうなものだった。

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