第5章 戦争

第1幕 激昂

 風を切る音。人が倒れる音。耳にこびりつく悲鳴。飛び散る鮮血。火の粉が吹き上がる町。

ルシアの目の前にいた人物がゆっくりと倒れていく。その瞳にルシア自身の姿が映る。

「……ッ」

 一人、また一人と斬り捨てていく。返り血を気にしている暇もない。ルシアの目に映っているのは敵、敵、敵。ルシアにとって、大切な国を、人を蹂躙する侵入者でしかなかった。

……ライラ……リーゼ……

 騎士になれる日を夢見ていた少女。まっすぐな瞳をした少女。彼女達の笑顔が脳裏に浮かぶ。ライラの苦痛に満ちた泣き顔が頭から離れない。ルシアは涙を拭い、また一人斬り伏せる。

 まだ騎士になる前、リムネッタの執事と交わしたやりとりが思い出される。

───人を殺すこと。

 ルシアはまだその答えが出ないまま、今まさに敵を殺し続けている。

……私、戦争になったら、やっぱり人を殺しちゃうこともあると思う……

 リムネッタの言葉がルシアの頭に響く。

……いろいろな事情とか、不条理なこととか、そういうのがごちゃごちゃになって、罪のない人も殺してしまうかもしれない……

 血を流しながら地面に倒れこむ兵士。また一人、ルシアが殺したのだ。

……私の側にいる大切な人たちを守るため。そう信じて、戦おうと思うの……

 また一人倒していた。ルシアが瞬きをした次の瞬間に、また一人殺していた。気がつけば周囲には、ルシアが殺した十数人の死体が転がっていた。

「守らなきゃ…私が…私が…」

 ルシアの周囲でも、戦いが激化する。傷つく者、倒れる者、動かなくなる者…敵味方関係なく、一人、また一人と動く人が減っていく。

……戦争?……

……いや、これは侵略……私たちの平穏を踏みにじる、冷酷無比な侵略……

 ルシアは自分に言い聞かせる。

……だから、戦う。私が戦わないと、何も守れないんだ……

 尋常でない速さで敵を斬り捨てていくルシア。その強さは鬼神の如く、動きにためらいはなく、眼光には鬼気迫るものがあった。ルシアに敵う者は、誰一人としていなかった。

……まだ……まだ……

 体は疲れていくのに、不思議と感覚は研ぎ澄まされていく。ルシアは目に映る敵を全員倒す勢いで戦い続けた。

……

「はぁ…はぁ…」

 敵勢真っ只中で善戦するルシアだったが、そんなルシアにも少し疲れが見え始める頃。

「おぉぉぉぉ!」

 息をついた瞬間を狙い、一人の敵兵が背後からルシアに斬りかかる。

「くっ…!」

……しまった……

 気づいた時には既に遅く、剣がルシアの頭目掛けて振り下ろされる。

「…!」

 ずしゅっと生々しい音がしたが、ルシアは死んでいなかった。

「ルシア…将軍…ご、ご無事ですか…?」

 騎士の一人が左腕で剣を受け止めていた。斬られたところから血が流れ出て腕を伝う。

「あ…あ…!」

 ルシアの口から言葉にならない声が漏れる。間に入った騎士は、迷わずに右手の剣で敵を突き刺す。ルシアはその光景を見つめることしかできなかった。

「ぐっ…」

 敵兵はうめき声をあげてその場にうずくまると、そのまま息絶えた。

「ルシア将軍、無事でよかった…」

「でも、腕…」

 腕からは、今でも血が噴き出している。

「この程度…問題、ありません」

 服を大きく千切り、腕に巻いて止血する。

「ルシア将軍…絶対に、生きて帰りましょうね」

 そう言うと、キッと敵兵の一団を睨みつける少女。それは微塵の迷いもない闘者の眼だった。

「はぁぁぁっ!」

 その少女は敵の集団へと果敢に斬りかかっていく。

「支援、誰か!」

 ルシアの声に反応して、数人の兵士がその少女の後に続く。

……負けない……絶対に、負けない……

 ルシアの目に再び闘志の炎がゆらめく。剣を一振りしてこびりついた血を払うと、ルシアは再び敵の真っ只中へ飛び込み、斬りかかっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る