第4幕 丘

 それからの日々は楽しい毎日だった。夕方にヘレナ像のところで待ち合わせをして、しばらく話をして、別れる。二人の仲は、そうして急速に近づいていったのだった。

「へ~、それじゃあ、やっぱりリムネッタはすごい家系なんだ…」

 ルシアとリムネッタが出会ってから十日ほど過ぎた頃…ヘレナ像の前で少し語り合った後、二人は町外れの小高い丘まで来ていた。茫洋とした夕暮れの丘で、石の上に二人で並んで座る。

「見栄ばっかりだよ?」

 リムネッタは可愛らしくにこりと笑った。一陣の風が静かに流れ、草の影を揺らしていく。

「リムネッタは騎士、目指さないの? ヘレナの像…初めて会ったときも、じっと見てたよね?」

 この国には二つの騎士団がある。それぞれの騎士団の団長は、十代の少女から選ばれるのが慣例だった。

「私には…騎士は無理だよ…」

 うつむいてリムネッタは言う。女性の場合、騎士というのは即ち団長候補であり、騎士になれるのは貴族階級の中でも非常に限られた一握りの少女だけであった。

「そんなことないよ! わたしは…騎士になれる家系じゃないから、騎士にはなれないけど…」

 それを聞いて、リムネッタが首を振る。

「私…ルシアならきっと、立派な騎士になれると思う」

 ルシアの手を両手で握り、リムネッタはきっぱりと言った。

「えっ? でも…」

 言いかけたルシアを遮り、言葉を続ける。

「大丈夫だよ。お父様が言っていたのだけれど、私たちが大人になる頃には、騎士になるのに家柄なんて関係無くなるから」

「どういうこと?」

「王子様…次の国王様になる人がね、そういうのをやめようって仰られてるんですって」

「王子…国王…」

 ルシアにとっては、まるで雲の上の話だった。

「私が大人になる頃には、いろいろな面で身分も家柄も関係なくなるから、しっかり稽古に励みなさいって、お父様によく言われてるもの」

 今までに無い熱のこもった口調でリムネッタは話し続ける。

「リムネッタ、今日は何だか熱心だね」

 ルシアが言うと、リムネッタは手を離し、頬を赤く染めてうつむいてしまった。リムネッタ自身の事だったら、こんなに熱心にはならなかっただろう。まだ不確実な未来とは言え、ルシアが騎士になる姿を想像したら、つい饒舌になってしまったのだった。

「でも、そっか…わたしでも、騎士になれるかもしれないんだ…」

 ルシアはつぶやいて軽く頷く。

「もし、それが叶うなら…強くて、優しくて、誰よりも気高い心を持つ、そんな騎士になりたいな…」

 純粋で、迷いの無い、まっすぐな瞳だった。さらさら、とそよ風が紅の髪を揺らしていく。

「ねぇ、リムネッタ…わたし、リムネッタなら、誰よりも優しい騎士になれると思うよ。だから…二人で、騎士を目指そうよ」

 ルシアが言うと、リムネッタの表情がみるみる嬉しさで明るくなっていった。

「…うん…!」

 ルシアと一緒なら何でも出来る…そう、リムネッタには思えたのだった。

「いつか、二人で、騎士として国を守ろうね」

 ルシアの声が風に流れていく。二人の周りを、小さな風がくるりと舞い、ふっと消えていった。


 その後しばらく何も言わず、二人で沈み行く夕日を眺めていた。もうそろそろ帰る時間が近づいていた。

「こんな時間が、いつまでも続けばいいのにね…」

 不意にルシアが言う。

「こんな平和が、ずっと続けばいいのに…」

 ルシアも、遠くの国で起きている戦争のことは何度か耳にしていた。その度に、胸が締め付けられるような悲しい気持ちになったのだった。リムネッタは何も言わず、ぎゅっと握る手の力を強めた。夕日が沈み、一際目立つ一番星が輝く頃になって、二人は町へ戻ったのだった。

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