23.失意のダービーシーズン
公開スケジュールとか考えてなかったらまさかのリアルでダービー2日前がこの話wいやなんていうか申し訳ないです。
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審議の結果、オレとリブライトは12着、つまり競争中止で完走できなかった2頭を除いた最下位への降着が決定した。
オレは必死で『岩野の馬があのままレースを続けていれば故障発生・他馬を巻き込む事故にも繋がりかねなかった』と主張したのだが
それよりもやはり問題視されたのは岩野に対する頭突きのほう。俺からしたら壁際で胸倉掴まれて避けようがない状況で、殴られないための咄嗟に取った防御行動なのだが……それでも暴力である以上、振るった側に問題ありとされてしまうものらしい。
岩野もオレに掴み掛かった事と、レースに関してはムチの使用制限回数超過という事で裁定を受けて今週・来週の14日間の騎乗停止処分になったが、俺の方はもっと重く30日間の騎乗停止が言い渡された。今から30日間となると、『ダービーが終わるまではレースに出る事は出来ない』という事だ。
さっきのレースで感じた、『何も遮るものなどこの世に無い』とさえ錯覚するぐらいの直線の手応え。全ての感覚が消え去り、まるで一本の矢になって芝生の上をゴールまで突き抜けていくようなイメージ。アレを持ってリブライトとダービーに挑めるなら……と感じていた矢先の結末に、オレはショックでその場に崩れ落ちそうになるような衝撃を受けた。
でも、本当に崩れ落ちそうになる事態は、これで終わりでは無かったんだ。
青葉賞の週が明けて月曜、オレはいつものように美浦トレセンへと向かった。
『とにかく、リブライトとオレのコンビに期待をかけて、このチャンスに送り込んでくれた福山調教師・厩務員の千葉さん、それに会えるとしたら馬主の桜さんにも謝らなければ』と考えての判断だ。
だが足を運んだ福山厩舎の入り口には何事かと思うぐらいの報道陣が詰めかけ、取材の記者だけではなく中にはTVカメラを携えて撮影しにくる連中まで混じっていた。それらの大群がオレの姿を見つけるなり、走り寄って来る。
「加賀騎手、青葉賞後の暴行について一言! 」
「以前から岩野騎手に対する恨みを募らせていたんですか!? 」
「相手側は陰湿な後輩イジメとして訴えると言ってきていますが」
突然、訳の分からない言葉ばかりがこちらに投げつけられて困惑する。岩野に対する恨み?以前から?後輩イジメ??
「おおぅ加賀、早くこっち来い!! 」
大勢に囲まれて固まっているオレを千葉さんが半ば引きずるようにして連れてきたのは、福山厩舎の事務所兼応接間。もちろん記者は入り口でシャットアウトして中には入らせないようにしたみたいだが、それでも建物の外からガヤガヤと騒がしい声は聞こえている。
「お前、今朝の帝スポとかTVのワイドショーとか見たか?」
「いえ、何も……」
「じゃあコレ読め。アイツらの目的はこれだ」
千葉さんがオレの目の前に差し出したのは、土日に競馬予想などを乗せている『帝都スポーツ』の内側にある記事。そこにはデカデカと『陰湿な後輩へのイジメ!? 青葉賞騒動の舞台裏に迫る』と書かれていた。その中心にはオレの顔写真と鼻血を流した岩野の写真が並んで載っている。
青葉賞はあの後、オレと岩野への審議裁決だけでなく、1着で
岩野の父はリブライトに斜め後方からぶつけてくる前にも先行集団から一歩抜け出した3番人気の馬を真横から弾き飛ばし、走る気を削ぐような走行をしたとして結果4着に降着となっていた。
それはオレの降着の件とは何ら関係は無いのだが、1つのレースとして語る時に1着3着の馬が両方降着、被害馬2頭が競争を中止するというかなり異例の状況となっていたのだ。当然、「何が起こってそうなった?」と競馬関係者からは注目を集める事態になる。
そんな中で帝スポは「オレが以前から『自分の後釜でトップ厩舎所属騎手になった岩野』を妬んでいて、見えない所でのイジメも以前からあった。今回の岩野への走行妨害や暴行もその1つで、見かねた岩野の父がオレの馬に並びかけていった事で降着させられた」と一連の騒ぎの原因がまるでオレ一人だけにあるかのように書きたてたのだ。
そこに在りもしないイジメを受けたという岩野の証言と『あんな競馬を侮辱する騎手は俺が馬から落したるわ』という岩野父による怒りのコメントまで添えて。
そしてそれが競馬ゴシップ好きの有象無象によってSNSに拡散され、最近芸能界では大きなスキャンダルなどが無くて叩く先を探していたワイドショーなどの恰好の的になり、大炎上騒ぎとなったらしい。今朝のTVでも若手騎手の騎乗依頼の奪い合いや妬みがイジメや嫌がらせの温床になっているなどと朝のワイドショーで報じられたとか。
「リブライトは放牧・一旦休養させることにしたよ。どのみち賞金的にダービー出走は間に合わないし、こんなにTVカメラまで入られたんじゃとてもじゃないけど
「すみません。オレなんかのせいで、こんな……」
福山調教師の報告にオレは事務所の床に額をこすりつけて土下座に近い格好で頭を下げた。オレなんかを起用したせいで、この人たちにも迷惑を掛けてしまっている。そう思うと、自分に腹が立って、自分が情けなくて仕方なかった。
やはりオレは疫病神で、このまま騎手を辞めるべき人間なんだ。そんな風にしか思えなかった。
「頭上げろ加賀。こんな報道、全部デタラメなんだろ? そんな事やる奴じゃねえよなお前は」
「千葉さん……全く記憶にないです。でも……」
福山さんはブラインドを下げた窓の外にたむろする報道陣を睨みつけながら、一言だけ呟いた。
「少なくともボクは、いやボク達は、加賀君に非があるなんて思っていないよ。でもこの騒動が収まるには時間が必要だろうね」
「……はい。このままでは福山厩舎に迷惑を掛けてしまうと思うので、騎乗停止期間が明けるまではトレセンにも近付かないようにします。記者たちにもそのように伝えます」
オレはせめてもの出来る事としてそれだけを提案し、事務所を出ていこうとした。そんな背中に向けて福山さんが声を掛ける。
「加賀君、1つだけ約束してくれ。必ずちゃんと戻ってくると、騎手を辞めたりはしないと。
ボク等はちゃんと、ここでするべき事をして待っているからね」
福山さんの思いやりに涙が溢れそうになり、誤魔化すように無言で事務所を飛び出した。それを見た記者たちが早速、獲物が来たとばかりにオレに幾つもの質問を投げつける。
「今回の騒動を受けてオレは謹慎します。その間はもう、このトレセンに近付く事はありません。ですからどうか、馬の様子1つ1つに気を遣って調教を続けている厩舎スタッフの皆さんのご負担になる行為などは止めてあげてください。彼らの仕事には、オレは関係ないので」
浴びせかけられる質問のそれぞれに応える気は無いので、それだけ告げて深々と頭を下げるとオレは、7年間ほぼ毎日欠かす事無く足を運んでいたトレセンを後にした。
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お読みいただきありがとうございました。
……これで完結?いやいやこんな所で終わらせませんよ!!
安心してください、ダービー明けから盛り返します!
土日はサイドストーリーとして女性騎手・光希の活躍を
前後編にてお届けします。
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