13.策略と因縁

この話、随分ネタ引っ張るなぁと思われていた方々、お待たせしました。

ようやく主人公の過去とそれに関わるラスボスが登場します!


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 そして迎えた阪神競馬場・春のG1、大阪杯。


 パドックには中山牝馬ステークスの時をさらに上回る観衆が詰めかけ、輪乗りをしている馬たちの中央では出走馬の馬主や調教師がスーツに身を包み、出走前の挨拶を交わしている。まさに祭典と呼ぶにふさわしい賑わいっぷりだ。



 そんなパドックの隅でオレと増田調教師ますだちょうきょうし北条馬主ほうじょうオーナーの3人はこれから行われるレースのプランについて打ち合わせをしていた。


「加賀君、ジオウハチマンのこれまでのレースは見たかね?」

「はい、全て拝見して頭に叩き込んであります」


 ジオウハチマンは26戦5勝。そのうち6歳を超して本格化してからは川原さんが手綱を取り闘志溢れる後方からの力強い競馬で重賞を好走、前走でやっと重賞勝ちを掴み取っていた。川原さんが言っていた、まさしく『』で走るような馬だ。


「加賀君はもう掴めていると思いますが、この阪神競馬場は第3コーナーから直線の半分までが緩やかな下り坂になっているので、そこでスピードに乗れればこの馬にもチャンスが巡って来ると思います。加えて……」


 それは金曜日の夜、和賀さんからも聞いていた情報だった。さらに馬の脚質や何パターンものレース展開も想定しての乗り方込みで教えてもらっていて、おかげで実際ここまでの5レースでは勝利は無いものの人気以上の着順を出せていた……代わりに若干寝不足ではあるが。


「欧州の、『草原に近い感じで芝の深い競馬』では耳にする事なのですが、風向きや群れから抜け出すまでの風圧抵抗、それも考えながらレースに挑んでもらえば『』よりもうまく進めるような気がします。ちょうど、横風も強くなってきているので」


「ほう、風の抵抗とは。増田調教師は相変わらず目の付け所が興味深いですな」


 北条馬主はうんうんと頷いているが正直、オレはそこまで風を意識してみた事はまだ無かった。現在、オレの乗るジオウハチマンは出走18頭中12番人気と評価は低い。試せる可能性は1つも残さずに試したいところだ。



「これはこれは……勝ち目のない戦いに挑む皆さんがお集まりですか」


 

 そんな中、俺達の目の前に現れたのは塩田しおだ調教師。今日この大阪杯に一番人気の馬を送り込んだ現・主席調教師リーディングトレーナー。俺の元・所属先であり増田調教師にとっては同じ角野井すみのい厩舎出身の弟弟子でもあって、北条馬主の馬も一時期は預かっていた事もある。


 だがその態度はオレ達を『激励しに来た』という感じではなく、むしろ『挑発しに来た』というような雰囲気だった。


「塩田調教師さん、良いのですか?私たちのような末端の陣営に挨拶に来る暇など……」

「増田さんにご心配戴かなくともウチの陣営は既に万全ですよ。むしろ同じ角野井調教師の弟子として、以前は馬を預けて戴いていた北条オーナーも心配になって様子を伺いに来たまでです。格式あるG1に挑もうという陣営が、に任せて本当に大丈夫なのかとね」


 言ってオレを睨みつける奴に、俺も睨み返した。そう、オレはこの男とは過去に因縁がある。



「コレ、厩舎の皆とパパからだって。ちゃんと渡したからね」



 デビュー3年目、スカイリットでのダービー出走が叶わずに落ち込んでいるオレを慰めようと『厩舎スタッフの皆から』という形で贈り物を貰う機会があった。


 確か、ダービーの終わった翌週ぐらいの事だったと思う。それを手渡してきたのは塩田調教師の一人娘で当時高校生だった沙織だ。


「ん?なんだコレ??」


 沙織が目の前から立ち去ってから紙袋の中身を空けると、そこに入っていたのは当時人気だった名馬の名前が入った馬の小型ぬいぐるみ。それも特別なものでは無く、競馬場内のショップや通販なんかで数千円出せば誰でも買えるような代物だ。わざわざこんな物を渡してくる意図が、その次の週になるまでオレは分らなかった。


 

『若気の至り!? 所属調教師の娘をストーキング! 』

『哀れストーカー騎手、プレゼントした物を突っ返される!?』

『塩田調教師も前代未聞の若者に迷惑!?』


 

 そのシーンを何処からか写真に収めた拡大画像付きで、いかにも週刊誌が喜んで飛びつきそうなタイトルのゴシップがスポーツ新聞の見出しに並んだのは翌週の月曜日だった。

 

 何でもその記事によると、オレが所属厩舎の娘である沙織をずっと狙って付け回していて、一方的に交際を認めろと父親の塩田調教師にまで迫ったのだという。


 オレからしたらそんな事実は一切無く、むしろ父親の厩舎にほとんど近付く事もない沙織などほぼ面識もないに等しかったのだが、それはダービーという大きな話題が終わってセンセーショナルな話題を欲していた競馬関係の記者には格好のターゲットだったらしい。



 話にはどんどん尾ひれがついて、最後には捏造されたスキャンダルとは関係ない実際の競馬の事にまで俺に対する不信の憶測記事が書かれるようになる。中でも、ヴィクトリアマイルを制したブリリアントスターが次のレースに向けての調教中に故障・引退した事さえ、俺がレースでも調教でも無理を強いたせいでそうなったと書かれた時には流石に根も葉もない憶測だとしても堪えた。


「お前、今は大変な時だからほとぼりが冷めるまで記者から身を隠しておけ」


 そう言われて夏競馬を前に謹慎を命じられてから半年近く。年明けに発表されたのは俺の転厩と、代わりの専属騎手としてその年に競馬学校を卒業する関西のベテラン騎手・岩野の息子がこの厩舎に入るのが決定したという短いメールだけだった。


 そう、要は俺を追い出すためにのだ、きっと。



「ワシはワシなりの考えがあってこの加賀君を乗せている。貴様は貴様の管理馬が故障しないかどうかでも心配しておればいいだろう! 」


 ピシャリ、と張り上げられた声にふと意識が現在に戻る。気が付くと、怒りを噛み殺した表情の北条オーナーが塩田に向かって声を張り上げていた。


「塩田さん。私からも言わせてもらうなら、馬も騎手も『使』のようなそちらのやり方は、私達とは根本的に違うのです。ですから、我々の考えに口を挟まないでもらいたい」

 

 北条オーナーの言葉に付け足すように増田調教師も言葉を放つ。北条オーナーのような大声では無いが、語気の強さからは怒っているのが感じ取れた。


「そうですか……まあ、そのような甘い考え方ではウチのようにスターホースをG1レースへ送り出すなど夢のまた夢でしょうがね。せいぜい、ウチの馬が圧勝するのをご覧くださいな」


 手をヒラヒラと振って目の前から自分の陣営へと戻っていく塩田の後ろ姿を、オレたちは怒りを込めた表情で見つめていた。

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