6.3歳未勝利戦

 3月2週土曜日、中山競馬場第5レース

 3歳未勝利戦 芝1800メートル

 

 1番人気 シャドウオブザデイ 横浜優

 2番人気 ブループラネット  岩野未

 6番人気 リブライト     加賀



 ガコン!という大きな音と共に目の前のゲートが開き、グリーンの芝が目に飛び込んでくる。


 リブライトにとっては初めてのレースで『初めてのゲートからのスタート』にも拘らず、練習通りに他の馬から遅れず奇麗なスタートを切ってくれた。デビュー予定が段々後にずれ込んでいる間も、ずっと練習を重ねてきた成果が実ってくれているのだろう。


 

《さあ中山第5レース3歳未勝利戦。スタートしまして、ハナを切ったのは2番人気のブループラネット。前回、前々回は後方からの競馬でしたが今日は果敢に逃げます。鞍上の岩野騎手は2発3発と出ムチを入れてダッシュをかける》


 その馬でその乗り方は不正解だ。とオレは頭の中で呟く。レース画像を事前に見た感じだとデビューレースは出遅れて最後方から、前走は後ろで足を溜めて前に届かず、という結果から焦って前に付けたのだろうが、そんなペースで逃げ切れる足を持っている馬だとは到底思えない。


《他の馬は総じて控える様子です。大きく離れた2番手にはゼッケン1番ミクミクダンスと初台騎手、1番人気のシャドウオブザデイは3番手》


 一方の1番人気・横浜の馬は前回のレースと同じように無理には追わず自分のペースで前めの競馬を展開する。オレはそれを見るように斜め後ろ、6番手の位置にポジションを取った。



《後半の伸びに賭けるゼッケン5番のモチモチズンダモンが後方5番手、今日が初出走の8番リブライトと3番ウジマサブライアンはさらに後方6・7番手。

 最後方は末脚一気の6番ダイナマイトボーイ。

 ここで先頭は第3コーナーを回って縦長の展開になりました。先頭ブループラネット、このままのペースで押し切れるか》


 ここからではコーナーを回る姿を後ろ斜めからしか見えないが、岩野の乗る馬はすでに走り方からするとオーバーペースが祟ってバテはじめている様子だ。この感じだと間違いなく、4コーナーを回ったあたりでガクンと失速するはず。


 となると、レースが動き始めるのは……ここしかないだろう。


「行こう、リブライト」



《ここで1番人気シャドウオブザデイと横浜が前を捉えに動き始めた! 急なペースアップに2番手だったミクミクダンスは追いつけない。

 さあ、他に来る馬は居るのか?それともこのまま2頭のマッチレースとなるのか!? 》


 まだ700メートル以上を残した位置で優馬の馬が動き出す。ちょうどオレもそろそろと思って加速しだそうとしたタイミングとぴったり重なって2頭同時のペースアップとなる。一瞬こちらを振り返った優馬が驚いた顔をしたように見えたが、すぐに前に向き直って手綱を握りしめていた。



《前を捉えに行ったのは2頭、シャドウオブザデイとリブライト! 3番人気のモチモチズンダモン、ここから足をのばせるか!?先頭ブループラネットは第4コーナーを回って直線の入り口だがみるみる差が無くなっていく! 》


 一歩、また一歩と加速するたびに先頭を走る岩野の馬が近付いてくるのが分かる。だがオレの斜め前を走る優馬の馬も同じ加速で上がっていってるため、差は縮まらない。


 岩野は「くっそ! もっと走れよポンコツが! 」と力がもう残っていない馬に何度も鞭を振るいながら怒鳴っていたが、横に並んだ優馬が小声で何かを話し掛けると諦めたように悪あがきを止め、視界の後方へと沈んでいった。


《さあ最後の直線! 1番人気のシャドウオブザデイが先頭! このまま初勝利なるか!? その後ろにはリブライト、モチモチズンダモン、さらに大外ウジマサブライアンも伸びてきている! 》


 直線を向くとすぐ目の前に中山競馬場名物の急な登り坂が見える。オレの斜め前を進む優馬の馬との距離は相変わらず縮まらない。これ以上は無理か、と全力で握りしめていた手綱の力を少しだけ弛めた。

 

 何処も掛け違えなければ新馬戦・500万下(1勝クラス)と順当に勝ち上がれる実力の馬2頭を相手に、初戦で2着なら上出来だ。


 現時点では馬の成長具合も騎手の腕も何もかもが違う。今日は勝てなかったとしても、次のレースで勝てばいい。幸い、外側から来る馬よりは余力を残してゴールできる。オレがそんな風に勝利は諦めて2着入線の算段を始めた時だった。



 リブライトが顔を前へと突き出すようにして猛然とペースを上げた。馬自身が、勝ちたいと願ったのだ。勝利は諦めかけていたオレとは、正反対に。


 まるで鈍器で頭でも殴られたような、そんな気がした。



「……そう、だな」


 咄嗟に馬の動きに合わせて補佐するように手綱を動かすと、一歩ごとに優馬の背中が前から真横へと近付いてくるのが見える。でももう距離も無い。間に合うのだろうか?


《ここでなんと6番人気リブライト先頭に並ぶ!! さあ、あと50メートルだ》


 並びかけられた事に気付いて優馬がもう一段気合いを入れて馬を追い出す。だがこちらもそれで譲るわけにはいかない。自分から勝ちたいと願ってくれた馬に、騎手の捻くれた諦めなんかのせいで勝てない思いを味合わせるなんて、そんなわけにはいかないんだ。


「せやァァァァ!! 」

「いっけぇぇぇぇぇ!! 」


 最後はほぼ同時くらいにゴールするが、競馬場にはリブライトの方がクビを前に出した分だけ先着し俺が1着でゴールした事を知らせる実況アナウンスが流れ、ようやく勝った事を実感する。

 


「ありがとう! まさか最初のレースから初勝利を飾れるなんて」

「ここはウマのおかげです。勝ったリブライトを褒めてあげてください」

「加賀君、ありがとうな」

「桜オーナー、優勝おめでとうございます。ここからですよ」


 馬場からスタンドへ戻って馬から降りたオレに福山調教師と馬主の桜さんが祝福の声を上げる。それと共に沢山のフラッシュが焚かれて多くの記者が詰め掛けてくるのだが、オレに対する祝福の雰囲気はそこまでだった。


「福山調教師、初勝利おめでとうございます」

「今のお気持ちと今後の展望について一言お願いします」


 詰めかけた記者たちが興味を持つのは『調教師に転身した』というニュースだけで他の事はどうだって良いのだ。馬の事も、馬主の桜さんの事も、もちろんオレの事も。


 

 まあ、そんなモンだよな。



 記者たちの喧騒から離れて早足で検量室に向かうオレの姿を、一人の記者だけが興味深そうに見ていたのだがその時は知る由も無かった。


____________________

 3月2週土曜日、中山競馬場第5レース


 1着 8番 リブライト     1:47.5

 2着 5番 シャドウオブザデイ クビ差

 3着 3番 ウジマサブライアン 2馬身差


 登場させる馬名が想定以上に必要なので良い馬名(カッコいい方も面白い方でも)あればコメントに下さい。

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