球技祭と天気の関係 前
四月下旬。とうとうこの日が来た。
と、何とも壮大に言ってみるが結局のところは、球技祭だ。最悪な事に外は雲一つ無い晴天。風は穏やかで、ひんやりと気持ちよく、校庭の木々を揺らしていた。残念ながら絶好の球技祭日よりだ。しかし、男子は体育館なので晴天でも関係ないけど。
俺も含めて、クラス全員がこの日の為に買った税込み二千五百円のクラスTシャツを着ている。正直に言えば無駄な出費としかいいようがなく、俺は心の中で文句を言うのだが、結局買うしか無いのだ。なんと言っても悪目立ちはしたくない。一人だけ体操服?どんな罰ゲームだ。
これがなければ、どんな本を買うことができたかと今着ているクラスTシャツを睨んでいる。そんなことをしているうちに開会式は終わり、各自自分の種目が行われる場所に移動する。俺ら男子は、バスケットボールとバレーボール。男子は半分に分けられ、日向と大内はバスケットボールで俺と鶴見はバレーボールだった。バスケットボールは第1体育館、バレーボールは第2体育館で行われる。
「暇になったらリアル人生ゲームやろうぜ」
いざ分かれる時に日向は意気揚々と負けた後のことを考えている。よっぽど負けた後の暇な時間を楽しみにしているらしい。球技大会はグループごとに分けられ総当たりを行う。その後はトーナメントで行い優勝を決める。グループの時点で負けたれば、午後は自由だ。暇つぶしも必要になる。リアル人生ゲームは大内がプログラムの勉強で作ったゲームだ。何度も4人で遊ばれて、ブラッシュアップされたそれはリアルの名に恥じないものとなっている。
「良いだろう。借金まみれにしてやる」
前回やった時に1位だったからか調子がいい大内だが、以前に借金濡れだったことを忘れているらしい。今の時点で火花を散らしている2人をよそに鶴見は、ゲームの中ぐらいは大金持ち・・いや小金持ちくらいにはなりたいなと欲が薄いことを言っていた。そうして日向達と分かれ、俺らが第二体育館館に入った時、既に熱気に包まれていた。ボールを叩く音とたくさんの掛け声が、体育館で行きかっていた。外とは違い暑い館内に思わず顔をゆがませてしまう。
「暑いね。外がちょうどよかったのに」
水分補給はしっかりしないとねとスポーツドリンクを飲む鶴見。唇についた水滴を舌で舐める姿は、同性でも目がいくのか何人かの男子がコッソリと目を向ける。鶴見を見ればわからなくもないが、1度でも進んでしまうと戻れなくなるぞ。バレーボールをやるのに邪魔なのかヘアピンを付けている鶴見の顔をまじまじと見つめる。
「そんなに僕の顔を見てどうかした?なんかついてる?」
可愛らしいく首をかしげる鶴見に俺はヘアピンが変わっているなと話題を切り出すしかなかった。
俺らのクラスは、予想外の快進撃を見せていた。クラスはそこまで球技祭にやる気を見せていなかったが、雰囲気に触発されてやる気が出たみたいだ。とはいえ、いきなりうまくなるわけではないから運がすごくよかったのだろう。グループの2位までがトーナメントに行けるがその2位決定戦まで駒を進めていた。
「おい。何でさっさと負けない」
見るからに不満げな日向だが、クラスの雰囲気を察してか小声で話しかけてくる。ちなみに、バスケットボールは、最速で敗退が決定したらしい。
「いや・・。なんでだろうな?」
「勝利の女神が微笑んだとしかいえないね」
「なんだその主人公体質」
俺と鶴見も困惑した感じで返すと諦めがついたらしい。日向はま、もうすぐ遊べるからいいかと言い、大内はこんなラッキーが続くと思うなよとかませ犬の定番を言っていた。
「グループCの2位決定戦します。集まってくださいー」
審判のバレー部員が集合をかける。総当たり戦は午前中に終わせることもあり、強行軍になっている。他の種目はもう終わっているみたいで最後の試合であるこの場所に人が集まっていた。僕と鶴見はせっせと集合する。
「これより、2位決定戦を行います」
バレー部員の大きな声が響く。こうして最後の戦いが始まった。試合は一進一退だった。両者ともに譲らず、試合はデュースに持ち込んでいた。相手チームがマッチポイントになっていた。僕らのクラスが打ったサーブは、緊迫した空気の中ゆらゆらと飛んでいった。相手にとっては返しにくかったのかレシーブは、明後日の方角へ行ってしまう。悲鳴が上がる体育館。しかし、相手の一人が飛び込み、ギリギリでボールを繋いだ。悲鳴が歓声に変わる。そして、ボールは、そのクラスただ1人のバレー部員のところに富んでいった。バレー部員はアタックは禁止だがバックアタックは許される。そのただ1人のバレー部員は偶然にも後ろに控えていた。つまりはそういうことだ。バレー部員が放ったバックアタックが僕らのコートに打ち込まれる。それに誰1人として反応は出来なかった。
偶然にもボールが飛んできた俺も含めて・・・。
顔面に当たるボールと物凄い衝撃。俺は横に転がるように倒れる。辛うじて見えたのは、はじいたボールが誰の手に触れず落ちたのだった。
俺は保健の先生がいる体育館隅に直行になった。幸い倒れるときに頭を打っているわけではなかった。ただ鼻を強く打ったせいで鼻血が出てしまった。鼻をティッシュで抑え痛みが引くまで安静にしてなと氷を渡された。あの顔面レシーブは多くの人が見ていたから、なるべく人が少ないところに行きたかった。がそうにはいかなかった。
「綺麗な顔面レシーブだったな」
「そうだな。あれで誰かが点を決めて逆転すれば、勝利の立役者だった」
日向は、笑いよりも一周して関心しているのか拍手をしてるし、大内は大真面目に惜しかったなと俺の方を叩いてくる。
「ご、ごめんね。まったく反応出来なかったよ」
ただ1人救いになると思っていた鶴見だったが若干笑いが漏れている。
「鶴見まで笑うなよ・・」
こう言うとごめんごめんとポケットからクッキーを取り出した。ちょうど小腹がすいていたのでちょうどいいと俺はそれを受け取った。
「それじゃあ、リアル人生ゲームは後でな。今やると興奮して鼻血がまたでるかもしれないからな」
「そうだな。今は隅でおとなしくしているよ」
日向のいうことはゲームで大げさと思うかもしれない。自分たちでやっておいてなんだがリアルをうたっているだけあって、色々起こる。本当に理不尽なことも起こる。普段、温厚な鶴見が机を叩くくらいだ。俺は体育館からでて風通しのいい外に出ていた。フラフラと休める場所を探していると知っている顔を見つけた。姫宮と和幸だ。
和幸は、いつもは束ねていない髪を束ね、ポニーテールにしていた。がらりと雰囲気が変わり、清楚ながらも活発的な印象を与える。tシャツの色が白なので見た目と合わせて相性がいい。何人かが露わになったうなじに目を惹かれてている。
姫宮は普段はサイドテールだが、和幸に合わせてなのか。同じく髪を後ろにまとめポニーテールにしている。彼女は水色のtシャツを着ていた。活発な印象を与える服と髪型が普段とのギャップを感じさせとても新鮮に映った。
普段は制服なので、何というか私服を見ているような気分になり、とてもお得感がある。ただ一つクラスtシャツに感謝しているのはこれくらいだ。
「睦月先輩、頭は大丈夫ですか?」
「そうですよ。あんな強くボールがあったんです。安静にしないと駄目ですよ」
相変わらず表情は分かりにくいが、声が若干震えているような気がする、彼女の友人・・椿と呼ばれていた少女のおかげで初対面の印象が変わった。それ以来は声や表情を意識している。和幸は純粋に心配してくれているみたいだ。彼女は鶴見に並ぶ常識人枠かもしれない。
「痛みは引いてきたから大丈夫だ。それと姫宮、心配しているようで煽ってくるな」
「ちょっとした言葉遊びです。書き手としてのたしなみです」
澄ました顔でおっしゃる姫宮。和幸はそんな姫宮を見るとひと言。
「これでも、姫宮さんは心配していたんですよ」
「和幸さん」
ジト目で和幸を見つめるその眼と言葉に宿る感情は、心配してるふりで煽っているのか、心配しているのを隠してその言葉が出てきたのか。俺には読み取ることができなかった。
ジト目で和幸を見つめる姫宮とニコニコ顔の和幸。このなんとも言えない雰囲気に参った俺は2人に声を掛けた。
「昼休みになるけどどうするんだ?」
姫宮も自分で作り出したこの空気に耐えられなかったのか、俺の強引な話題転換に乗ってきた。
「学食か購買で買うつもりです」
和幸もこの様子を見て、姫宮の反応を見るのを止めた。
「こういう機会がないと使うきっかけがないですから」
2人は普段学食や購買を使わないのだろう。運動部とかは小腹を満たすために、よく使っているのを見るが身体を動かす事が無いからよらない。で、普段は近づかないと球技祭みたいな行事がきっかけにならないと行く気にはならない。俺は、書き物をしている時にふと甘いものが食べたくなる時がある。なので購買には、たまに行くのだが学食は行かない。理由は、この後の地獄を見ればわかる。
「そうか。頑張れよ」
「購買に行くだけで大げさです」
「まあ、見れば分かるよ」
流れで2人について行くことになった俺はついでとばかりに2人に脚本の進捗を聞く。初めて作ることを考えれば、こういった補助も必要だ。1人で黙々とやっているのもありだが、誰かに話すことで、内容を整理したり、別の発想が生まれる。普段は自分の中で切り捨てるパーツも他人から見ればそうではないかもしれない。勿論、こだわりも必要で何でもかんでも他人の意見を反映しろでは、自分の色がなくなる。そこが難しいのだ。
姫宮が先に進捗を話し出した。
「骨組みが出来てきたくらいです。色々調べると考えていた事がボツになっての繰り返しです」
「頑張れ。作り初めは、ボツの山を築くのは当然だ。むしろボツなしでつくれるわけがないと思った方はいい」
「そうですね。逆に調べて思いつくこともあるので苦にはならないですけど」
書き手にありがちなボツの山に潰れるということは今のところ問題なさそうだ。自分で作る分には調べ物は、やらなくてもいい。究極的にはだか。しかし、人に見せる、発表するとことを考えるとそういうわけには行かない。俺は調べすぎるのもよくないぞと伝えた。色々と調べるのはリアリティにつながるが手を抜く所は抜いたり、そんな資料は見なかったと心にしまって置くのも手である。
「まあ、書くために調べてるのを忘れないようにな」
「時代背景をかなり気にして書いているんですけど」
「この話はフィクションですって聞いたことがあるだろう?」
「書く側になってこれほど便利な言葉は無いですね」
呆れ半分、感心半分。ため息をつきながら、難しく考えるのも良くないってことですよねと捉えていた。そう、そういうことです。
姫宮の進捗を聞いた所で、次に和幸に聞く。
「内容は出来てきたのですが書き方がどうも小説みたいになってしまいます」
さすが経験者である。ただ。演劇の脚本を作るのは初心者なので初めの壁にぶつかっているらしい。姫宮は完全な初心者なので良くも悪くもこういうことはない。俺も初めは苦労した。解決策はただひたすらに書くことです、はい。和幸にそれを伝えると同じようなことを考えていたのかやっぱり練習あるのみですかとつぶやいていた。
そういえばと俺は1つ聞いてみた。
「因みにどんな内容なんだ?」
俺がそう聞くと彼女は口を手で抑えながら微笑むと内緒ですと呟いた。その笑顔に何故だか背筋がぞくぞくして、思わず、ある言葉が口に出そうになった。Sっけのある性格なんだなと思わず口から出る前に、購買での喧騒が話を中断させた。
「おばちゃん!!三色だんご!」
「おばちゃん!!焼きそばパン!!」
「プリン!!おばちゃんプリン!」
購買前には、普段よりも腹をすかせた狼が、血走った目で購買に駆け込んでいた。
「さっき先輩は言っていたのはこういうことですか」
「・・どうして並ぶことをしないんですかね」
姫宮は納得の表情で、和幸はしつけの出来てない犬を見てるような目で見つめていた。ああ、和幸がいい性格をしていることが確定してしまった。やはり、本当の常識人は鶴見しかいなかったみたいだ。俺はこの光景を見て決意が揺らいでないかを聞いてみた。
「これでもまだ買うか?」
2人は揃ってやめておきますと答えた。
結局、3人で脚本のことを語りながらご飯を食べて、球技祭の午前中は過ぎていった。
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