第1章 おいでませ、天界【異世界転生課】

第1話

「皆さん、おはようございます。今回の天罰の内容ですが、全国の神主たちを困らせている賽銭泥棒についてです」 

 黒いスーツを着ている神たちは上級神からの朝礼を受けたあとは各々の部署へと向かっていく。黒い集団の中のひとり。自分の部署に行こうとした磐長佐久夜いわながさくやは行きがてら、営業部の神に書類を無理矢理、押しつけられてしまい、渋々、財務課に訪れていた。

「なんなのかしら、このV神って。磐長。だれか、Vがつく名前の神君なんていて?」 

 佐久夜が人界で流行っているVチューバの画像をパソコンで見せたとき、目の前の女神は予想通りの反応を見せた。

『神さまの代理人ですぅ』と配信をしている愛らしい顔をした少女が招きねこのように右手をあげるたび、怒涛の如く、コメントが流れていく。

 太ももまでの緋袴ひばかま翻しひるがえしながらも、巫女を模した姿の少女は、目を潤ませながら両手で『にゃん』とポーズを決めた。

『ミコちゃん。お賽銭、もっと〜! もっと〜‼︎ 欲しいにゃ』

 語尾にハートマークがつけられそうな言葉に合わせ、リスナー達から投げ銭が飛び交う。

 その姿をみて眉間にくっきりと皺を寄せた課長は、パソコンを強制シャットダウンさせた。 

 佐久夜も驚いたのだが、最近の寺や神社では、Vチューバ。バーチャルアイドルが神の代わりに存在をしているらしい。

 神社では電子通貨が基本として、寺ではガチャガチャも置かれていると聞く。ガチャガチャの種類はお守りやおみくじはいいとして、塩まで種類に入っていると聞いたときには、佐久夜でさえ首を傾げたものだ。 

 最近の人間はお清めという言葉が好きだと聞くが、なにに塩を使うんだろうと同期と雑談をしていたところ、嫌な相手にでも撒くんじゃないのか? という結論に落ち着いたが、実際はどう使うのだろうと、佐久夜は考えていた。 

 今後の信仰力を得る為の営業課が作った渾身の企画書をみつつ、『私も歳を取ったのかしら』と営業課から貰った書類を課長が丸めた。内容に機嫌が悪くなったのか、無意識に机の上で叩いている姿をみて、次に叩かれるのが机ではなく自分になるかもしれないと、佐久夜は頭を両手で隠したくなる

 様子を伺っていた佐久夜は、課長がため息を吐いたタイミングで、お茶を差し出した。

「課長、工芸茶です。他の支部からお土産で貰ったんですが、お湯に煎れると鮮やかなお花が咲いて可愛いんですよ。すこしでも、課長の気晴らしになればと」

「あら、ありがとう。佐久夜。脳内思考が筋肉などこかのわんこくんとは大違いね」 

 佐久夜は『いいこ、いいこ』と頭を撫でられる。 

 自分の顔を他人に不快感を与えないよう、前髪で顔を覆っている為、自分の顔が誰かに見られないかと不安になるが、課長の手から逃れる勇気はない。

「佐久夜は素直だから、大福をあげるわ。中には苺が入っているの。甘酸っぱくて美味しいわよ。ここ最近の私の一推し」

「あ、ありがとうございます」 

 この美しい女神に大福まで握らされてしまった為、誰かに顔が見られてしまうかもしれないからという文句が言えない。

 決して、課長の望むままにされているのは、甘味に屈したわけではないのだと心の中で頷く。『わんこ』というのは自分に書類を預けてきた筋肉自慢の神のことだろうか。

『この書類、財務課によろしくっす』 

 佐久夜がなにか言う前に、課長に余計なことを言えば、真っ赤に彩られた整った爪でバッサリと髪を引き裂かれてしまいそうで怖い。

 彼女の言うことに頷くだけの首振り人形となりそうだ。 

 課長は男の神には厳しいことで有名だが、女の神には優しいとの噂なので、下っ端の佐久夜が人身御供よろしく差し出されたのだろう。 

 佐久夜は甘い菓子を与えられたら、どんな厄介ごとでも問題なく引き受けてくれる。 

 誰だ、そんな噂を流したのは、と佐久夜は思う。

 お駄賃代わり貰った、ポケットの中で食べるのを楽しみにしている地域限定味のチョコレートが天界では滅多に手に入らないことが悪い。

「ねぇ、佐久夜。あなたは比較的、天界に若くあがってきた子だけど、なにか知ってる?」 

 目の前の白いシャツの上に趣味だからという理由で、振袖をジャケット代わりに羽織っている女神は自分と年代が変わらないように見えるが佐久夜よりも何千年も前から生きている神だ。

 佐久夜が生きてきた時代は明治時代なので、目の前の神のことを考えれば、どうやって若さを保っていられるのか不思議に思う。 

 自分たちの時代を含め、人界にはデジタル化の『デ』の字もなかった。 

 しかし、ある日を境にして、世界が一変する。人々がパソコンを手にしたのをきっかけに、ポケットベルや携帯電話を持っていることが当たり前となっていく。 

 そんな世界の流れを見ていた上級神たちは『この流れ、ヤバくない?』と危機感を覚えたらしい。 

 多くの神たちから、どういうことか? という申し出があったのだろう。各世界の神々との会議を終えた天照大御神が早速、日本支部長にあたる神を呼び出した。

 日本支部長は人が機械たちに乗っ取られていくさまの恐ろしさを天照大御神へ話し、今の天界のやり方ではいずれは時代に取り残されるかもしれないと彼女に進言する。 

 こんなやりとりが、どの世界でも行われたのか。天界も巻物を使った書類の書き方から、以後、人界を真似て電子機器を使ったやり方へと移行することになる。 

 佐久夜は下っ端ゆえ、天照大御神に会ったこともないが『天照大御神さまのお言葉は〜?』『絶対〜!』というやつらしい。 

 電子機器に詳しいSEの職種をしていた人間たちを、閻魔大王の裁判を行われる前に上級神たちは天界のシステムを変える為だけに連れてきた。 

 今まではアナログだけで運営をしていた、天界の仕組みを人界同様にデジタル化に移行出来たのは彼らの力あってのことだ。

『お願いですから、ほかの亡者たちと一緒に輪廻転生りんねてんしょうさせてください』と彼らが泣きながら土下座をしても、天界のシステム化が整うまでは転生させなかったとさえ聞いている。 

 人界にある企業よりもブラックなのではないかと訴える彼らに同情した神が上に苦言したところ、今までいた地位よりも神格が落とされた。

 そんな噂もあり佐久夜を含め、下っ端の神たちは『えっ、そんな話があったんですか?』と素知らぬ顔で働いている。

「こんなもの見せられたところで信仰力が私たちに伝わるかなんて、分かるわけないじゃない」 

 人間から集めた信仰力を天界の運営費として管理している財務部だが、最近になり、賽銭を電子マネーとして人界が取り入れたことで天界は当時、大騒ぎとなっていた。 

 しかし、また新しい問題を抱えたことに、普段は高めの声の課長の声が低くなっていくことが佐久夜は怖い。  

 やっと課長の魔手から逃れたことで、顔を前髪で隠すように整える。

「人間が神社やお寺に行かなくても代わりにAI、先程、課長にお見せした〈ミコちゃん〉のような存在が対応してくれるってことじゃないでしょうか。あっ、課長、AIはご存知ですか?」

「人工知能とかいうやつでしょ?」 

 佐久夜は営業課から貰った資料についていた、付属の人界を写している写真を課長の机の上に並べていく。

「はい。私、人界研修で久しぶりに帝都、今は東京でした、に研修で行ってきたのですが、ファミレスなる食堂で人間の代わりに、このねこのロボットが働いていたんです‼︎なので、神社やお寺にもAIの神さまが置かれるんじゃないかと」 

 つい、雑用を任さればかりの自分とねこのロボットを重ね、追いかけるように見ていたらしく、同期たちに呆れられたことは、言わないでおく。

 あの、ねこのロボットがお茶汲みをしてくれるなら、楽なのになぁとつい佐久夜は思ってしまった。

「機械ごときが、神を名乗るのね」 

 バリっと爪が割れた音に、佐久夜の背筋が冷える。課長は爪が割れても痛くないのだろうか。佐久夜なら深爪をしただけでも涙が出るほど痛い。

 課長が怒りの為か、痛ささえ感じていない様子なのが怖すぎる。 

 天界を中心にして小世界はいくつかあるが、基本は天界の神は生前、自分が暮らしてきた世界の担当となる。

 細かく分ければ、複数の組織が存在するが、佐久夜が所属しているのは日本担当支部だ。

 佐久夜が天界で働く前。何百年ぶりに日本担当支部も含めた同期の神々と一緒に人界に研修に降りたとき、今まで自分が暮らしていた世界とは全く、違うことに驚いた。

『角にあったおばちゃんの牛鍋屋がなくなっている‼︎ だし汁に溶けこんだ旨み満載の味を現世の人間が食べられないということは、人類の大きな損失だぞ』

『あの真っ赤な建物はなんだ⁇ 凌雲閣はどうなった』

『凌雲閣は私の時代にはもうなくなっていましたよ』

『カレーライスとは、ライスカレーとは違う食べ物なのでしょうか?』 

 下級神たちが現世で騒ぐ姿を見かねた先輩が手を叩くことでお喋りをとめる。

『はいはい、下級神の諸君。久しぶりの人界が懐かしいのは分かるけど、まずは各々の上司にご挨拶しようね』

 研修担当の神は慣れた様子で佐久夜たちを、高い建物へ案内する。

『せ、先輩。これ、エレベーターっていう乗り物ですよね。お、俺、階段を使いたいんですが』

『だぁめだよ、時間のロスだしね。覚悟して乗って』

『ひぃぃぃ。帰してください‼︎』 

 ひとりの下級神をエレベーターに無理矢理、乗せると、先輩が光っている階ではない間の場所を押す。

『きみたちを連れてきたこの場所は、マンションという人間たちが暮らす建物のひとつだ。この場所が、研修先の拠点になるから、迷わないようにね』 

 彼は何台かあるうちのパソコンを一台つけると、ある神社のホームページをクリックする。

『はい、この画面で上司に挨拶が出来るよ。人数分、用意したからパソコンを起ちあげて、お気に入りからアクセスしてね』

『せ、先輩。これ、上司に対する無礼とかで、あとで減給とかさせられませんか?』 

パソコンで神に参詣出来ることを教えられたときには驚いたものだ。

『バーチャル参拝って言って、遠方で行けないって人の為にも考えられた最新のシステムだよ? これで文句を言ってくる上司は明らか時代遅れってやつでしょ?』

 人界に出張している先輩は『これだから、若い子と上層部の間に溝が生まれるんだよね〜』とあっけらかんと佐久夜たちに告げた。 

 上層部は未だにアナログを推す神が多いが、そろそろ人間に合わせていかないと、そのうち自分たちの役割さえ機械が担うことになって信仰力が受けとれないからこそ、消滅する日も近いかもねと笑いながら話していたが、この課長の態度をみるとそんな日も遠くはないかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る