助けたがりの英雄は普通に生きたい

農民ヤズー

第1話すべての始まり

 

 妹が死んだ。

 なんてことない一日だった。


 両親と妹と俺、家族四人で旅行に行った。その先で、事件が起きた。


 今のこの世界は、極限の願いが神様に届けばその願いに相応しい〝力〟を与えてくれるようになったらしい。らしい、なのは僕がそうなる以前の世界を知らないから。


 けど、そうして与えられた〝力〟——『祝福』は決して善いものばかりじゃない。誰かを倒したい、復讐したい。そんな願いから生まれた祝福だって、あるんだ。

 今回は、神様から『祝福』されたからってバカみたいに能力を使って暴れている頭のおかしい奴ら。そんな奴らが起こした事件に巻き込まれた。


 ただ歩いているだけだった。何をしたわけじゃない。みんなで一緒に歩いて、笑って、次はどこに行こうかなんて話していたら、すぐそばにあった建物が吹き飛んで、その下敷きになったんだ。


 周囲には『祝福』によって生まれた化け物——魔物が徘徊し、それらを倒すための戦いでさらに周りに被害が出てくる。でも誰もそんな些事にか待っている余裕なんてないからどんどん人が死んでいく。まさに地獄だ。


 そんな状況であっても、僕は奇跡的に無事だった。怪我はしたし、痛みはあったけど、骨折のひとつもせずにいられた。母さんと父さんも、怪我はしてたけどなんとか生きていた。


 ——けど、妹だけはダメだった。


 自分が無事で、両親も生きていて、じゃあ妹は? そう探して、瓦礫に挟まれている妹を見つけた。

 積み重なった瓦礫の奥。人が入ろうとしても難しいような狭い場所の向こうに、妹の姿が見えた。

 だから、手を伸ばしたんだ。待ってろ、今助けるから、って。

 でもそれじゃあ届かなくて、自分が怪我をすることなんて気にしないで必死になって瓦礫をどかした。


 幸い、瓦礫はそんなに重いものじゃなくて、どかそうと思えばどかすことができた。

 瓦礫の何かが刺さって、手から血を流しながらも瓦礫をどかし、ついに妹の元まで辿り着いた。

 けど、そこまでだった。


 どうにかしてたどり着いた妹の上には、足を挟むように大きな瓦礫が乗っていた。流石にあの大きさは僕では動かせない。

 その事実に僕はあちこちへと視線を泳がせ、考えていくけど、やっぱり頭がまとまらない。


 ああどうしよう。その考えばかりがぐるぐると頭の中を巡り、ふとそこで妹の様子に気がついた。

 何も思いつかず焦っている僕を見て、妹は不安そうに目元に涙を携えてこっちを見ている。


 これじゃあダメだ。そう思って僕は妹の頬から流れそうになっていた涙を拭い、妹を勇気づけるためにその手を握った。

 そうすることで少しは安心することができたのか、妹は僕の手をぎゅっと握り返しながら顔の険しさを薄れさせた。


 だけど、どうしよう。頭の中にある考えは相変わらずそればかりだ。

 どうにかしたいけどどうすればいいのかわからず考えていると、再び衝撃が当たりに広がった。そして、グラりと目の前に積み重なっていた瓦礫が揺れる。


 まずい。そう思ったけど、自分だけで逃げるわけにはいかず、でも妹の手を離すわけにもいかず、僕はどうしていいのかわからないままオロオロとみっともなく狼狽えた。

 でも、狼狽えながらも妹に心配かけまいと大丈夫だ、大丈夫だと笑顔で繰り返し続けた。きっと、あの時の笑顔はちゃんとした笑顔じゃなかっただろう。そもそも笑えていたかすら怪しい。


 けど、そんなことをしたところで何か自体が好転するわけでもなく、妹の上に積み重なった瓦礫は、重い音と衝撃を放ちながら無慈悲に崩れた。


 その瞬間、僕は反射的に妹の手を引っ張った。引っ張れてしまった。|瓦礫に挟まれていた(・・・・・・・・・)|はずの妹の身体を(・・・・・・・・)だ。


 先ほどまでと違って手応えなく引っ張れたことに違和感を感じる間もなく、僕は思い切り引っ張った勢いで妹と共に後ろに転んでしまった。


 転んだ衝撃に少し混乱していたけど、ぴくりと手を握り返される感触がして、それに伴って僕の腹の上に何か温かく重いものがあるのが分かった。

 すぐに妹を助けられたんだと理解し、顔を下ろす。

 そうして見た場所には、ちゃんと妹がいた。


「ぅあ……ああ……ああアアアアアッ!」


 ただし、体の上半分だけの姿で。

 瓦礫に挟まれていた下半身はなく、腰のあたりから赤い液体を流して不気味な水たまりを作っている妹。

 明らかに異常な状態であり、何をするでも何を考えるでもなく、僕はただ小刻みに首を振りながら不恰好な叫びを上げることしかできなかった。


 そんな叫びの中、妹は僕の顔に手を伸ばし……


「なか、ない……あり、が、と……」


 その言葉を最後に、僕の上から転がり落ちた。


 助けたかった。助けようとしていた。必死に手を伸ばした。助かってほしかった。手を掴みたかった。掴んだ。助けたかった。意味がなかった。


 けど、そんな悲劇は一つだけじゃない。周りを見ればいくらでもあった。


 目の前で誰かが死ぬのは嫌だ。助けたい誰かが死ぬのは嫌だ。助けられたはずの誰かが死ぬのは嫌だ。

 誰かが傷つくのも苦しむのも悲しむのも、もうたくさんだ。

 みんなに幸せでいてほしい。泣かないでほしい。涙は見たくない。

 助けたい。助けよう。歩け。動け。手を伸ばせ。


 そんな僕の嘆きは天へと届き、俺の元に〝二つの祝福〟が現れ、僕|達(・)は『バケモノ』となった。


 ——こんな『呪い』なんて、欲しくはなかった。だってこれは、俺が誰も救えなかった証なんだから。


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