第9話

 ガイさんは再び槍を手に持って、組頭のいる方を見ている。おそらく、盗賊たちの間を突破して目標にたどり着く手順を考えているのだろう。

 その時、チカさんから報せがあった。

(東の川から敵が来ました!)


 東の川には念のため村人が二人見張りに立っているだけだった。そこに上流から筏に乗った盗賊たちが現れ、大急ぎで逃げてきたのだ。

 ガイさんは素早く判断した。

(私は北の組頭を倒します。ここの敵が崩れれば、東に援軍を回せるようになるでしょう。それまでは皆さんにお任せします)

 そして、槍を構えると猛然と突き進んで行く。

(今行く)

(すぐに東に向かいます)

(西はまだ大丈夫そうじゃ。向かおう)

 きららさん、アポさん、ねそこさんが救援に向かう。


 ガイさんの方は、垣の前まで走ると槍を使って棒高跳びの様に飛び越しながら、近くにいた盗賊を蹴り倒し、物凄い脚力で走って行く。

 狭い木立の中を的確に進路を選んで少しも速度をゆるめず、時に木の幹を蹴って方向転換し、進路上の敵を槍で突き伏せ、あるいは殴り倒して敵の後方へと走る。

 その雄姿を見て俺は、なるほどガイさんに同行していた村の人たちがいまだに到着していないわけだと感心した。

 そして、木がまばらな箇所まで行くと槍を「携界収容けいかいしゅうよう」でしまい込み、第四階梯まで昇る。完全に翼の形になった両腕を広げ、大地を蹴って雨空へと飛び立つ。


 その姿の美しさに俺は見とれた。

 森の上を滑空し、すぐに羽ばたいて着地の態勢となる。足に付けた蹴爪の様な刃物がきらりと光ったかと思うと、木々に隠れて姿が見えなくなった。

 結果に気をもむひまもなく、盗賊たちが口々に叫び始めた。

 ガイさんの声も聞こえる。

「お前たちを指図していた、栗橋とかいう者は討たれた。まだやる気があるなら相手をしてあげよう」


 その声が聞こえたのか、盗賊たちは逃げ出し始める。

 村人は勢いづいて追撃しようとする。

 だが、第一階梯に戻ったガイさんが

「追うな追うな。少しだけ人を残して、東を救いに行け」

 と叫ぶ。

 その頃になってようやく到着した村長の使いの言葉もあり、村人は東に向かう。


 ガイさんは足早に俺に近づいて言った。

「団長は支援中心の東まで移動してください。あまり戦いの場には近づかないのが良いでしょう。そして村の中にナランスがいないか、時々注意して下さい」

 俺はこれまで敵の動向を探知する時、大きさでナランスとゴブリンを選別していなかった。敵の配置を知るために選別する必要はなかったし、両方一度に把握できる方が便利だったし、そしてその方が疲れるからだ。より詳しく知ろうとするほど疲労するのは速くなる。長時間探知を続ける時には、必要以上に詳細な情報を得ないようにする。これは哨戒計画を立てる時に、巫女さんたちと話し合って決めた事だった。


 だが、ガイさんは、今の状況ではナランスが村に侵入しているかどうか知るのが重要だと判断したのだろう。

「わかりました。注意します」

 ガイさんは第三階梯に昇ると疾駆し、東に向かう村人たちを追い越して姿が見えなくなった。


 アリシアさんが俺に告げる。

「恵さんは自分自身の安全を最優先に考えてください。私たちがやったのと同じ事を、盗賊が私たちにするかもしれません」

「気を付けます」

 そしてアリシアさんは「黙信術」での会話に切り替えた。

(敵は団長のような探知能力は持っていません。しかし、人々の動きをどこかで監視していれば、それぞれの役割がわかる可能性があります。なので、チカさんはこちらに来ずに「黙信術」で状況を伝えてください)

(わかりました)


 なるほど、盗賊たちから見れば、戦いに参加せず後方にいて、時々他の巫女と接触する人物がいれば、それを指揮をとる巫女と考えるわけか。実態は異なるとはいえ、盗賊たちが俺を狙ってくる可能性が高い事は変わりない。

 と言っても俺自身に出来るのは、ガイさんに言われたように、時々ナランスの探知を行う事ぐらいだ。そして今のところ、探知できるナランスは巫女さん以外にはいない。

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