第17話

 ゴブリンの村人は俺たちを歓迎してくれた。顔つきは険しいが、セリアンの巫女が何人も現れたのを無邪気に喜ぶ姿には愛嬌を感じられた。


 俺はこれまで出会った動物がすべて元の世界にも存在する動物なので、こちらの世界の動物は全て共通の種なのかと思っていたのだが、どうやら「人間」については違うようだ。

 そしてゴブリンという物語に登場する存在が、こちらでは実在である事についてあれこれ考え始めていた。


 そんな俺を見て村長むらおさの家に案内されるまでの短い間に、アポさんはこの世界の「人間」について話してくれた。

「人間と呼ばれるのは九つの種、私や恵さんはその一つの種、ナランスに属しています」


 ナランス。何となくラテン語のような響きだが、動物の学名でナランスというのは思い出せなかった。もしラテン語由来の言葉だとしても、その意味はわからないが、サピエンスという恥ずかしい自称よりはたぶんましだろう。


「私たちナランスに近縁の3種と、ゴブリンを含む少し遠い3種を合わせて人類、さらに遠い2種を合わせて人間と呼んでいるのです」

 そこまで話した時にはもう村長の家の前についていた。俺が外で待つように伝えると、犬たちはおとなしくすわってくれた。


 詳しくはまた後で聞く機会もあるだろうが、俺はそろそろ紙と筆記具がない不自由さがつらくなってきた。寝ている時の着の身着のままの姿でこの世界に召喚されたので、もちろん道具類などは一切持っていない。すでに聞いたこの世界についての様々な知識を記録しておきたいし、聞きたいけど後回しにした質問がすでに20を超えて、忘れかかっているものもある。巫女さんの誰かに文房具を使わせてもらえないか、機会をみて頼んでみようと思った。


 村長の家は他よりも大きいが構造は同様で、草ぶきの屋根で壁は丸太を組んで作られている。木材を節約するためなのか、屋根はかなり低い位置まで伸びていて、壁の部分は高くない。窓が小さいので中は暗く、すぐには目が慣れない。床はなく全て土間で、むしろというのだろうか、わらで編んだ敷物の上に俺たちはすわった。


たけると申します」

 俺たちの正面に腰をおろしたゴブリンがそう挨拶する。

 ゴブリンの年齢とかはわからないが、他の村人と比べてやや大柄で少し落ち着きのある雰囲気が感じられた。前で合わせる上衣に小さい袴、すねには布を巻いている。俺にはそれぞれの正しい名前はわからないが、平安時代の庶民が着ていそうな服だ。


 俺のいた世界では物語に登場する架空の存在であるゴブリンを目の前にするのは奇妙な感じだった。こちらの世界だけに存在する特別な動物なら違うのだが、いやヒト、ここではナランスだが、ナランスもゴブリンもこの世界特有の動物である事に変わりはないか。俺はそう思いなおした。


 俺たちがそれぞれ名乗りを終えると村長は礼を述べた。

「盗賊どもの襲撃の話、知らせてくださり、有り難く存じます。村の入り口にはすでに人を送って見張らせております」

「私も行きましょう。いざという時の控えとして盗賊からは見えない場所にひそんでいます」

 アリシアさんが立ち上がった。

「飯を炊かせておりますので、それからになさっては」

「いえ、いつ来るかわかりません。誰かが備えていた方がよいでしょう」

 村長はわきに控えていたゴブリンの一人にアリシアさんを案内させた。



「せっかく知らせていただいてなんですが、わしは盗賊の襲撃はないものと考えております。チカ様からも聞いておられると思いますが、このあたりの村は昔から盗賊の不利になるような事はせず、向こうも手を出さない。それでやって来ておりますからな」


 ねそこさんが発言した。

卒爾そつじながら聞きたい。失礼だが、そもそも盗るような価値あるものなどなきと思われていたゆえに、これまでは襲われなかったのではないか。今はそうではなくなっておろう」

「確かに塩の事を知られたのはまずいと思っております。たやすく奪えるなら心が動く者もおりましょう。しかしこちらもそのぶん、守る理由が強くなる。簡単に奪われるつもりはないし、それは向こうにもわかるはず。盗賊も遠くから来た者の言いなりになったりはせんでしょう」

おさどの言葉もっともと存ずる。非礼の言葉ゆるされよ」

「いやいやお気になさらず、さあ飯にしましょうぞ」

 村長の言葉に続いて食事が運ばれてきた。

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