第16話

 アドラドさんの話によると、こちらの世界は二つの相から成り立っている。

 一つは「神界相しんかいそう」という神のことわりによって動く相。そしてもう一つは「被造相ひぞうそう」という神界相の作用によって造られ、動かされている相。神界相は被造相からは見えないが、二つの相はぴったりと重なり、くっついた関係なのだそうだ。


 被造相が今俺たちが世界と認識している相で、一定の世界法則によって動いているように見える。だが、実際には神界相の作用によって、あたかも法則があるように動かされているだけなのだ。。


 例えば今目の前にある石ころは被造相の存在である俺には割ったり砕いたりはできても、大きさを変える事はできないし、手で投げる事はできても、力を加えずに動かす事はできない。しかし、それは被造相がそうなるように神界相が規定しているからだ。神界相が石ころの物体としての性質や位置などを決め、動く時には決まった規則で動かしている。


だが、神界相の存在である神は理の制約内であれば、被造相に働きかけて見かけの法則を無視して操作できる。石ころを大きくしたり小さくしたり、加減速せずに位置を替えたり、組成を変化させたり構成元素を変換する事すら出来るのだそうだ。



 俺なりに例えを考えてみたが、将棋盤の上で駒を動かす時、将棋のルールに従うならそれに沿った動かし方しか出来ないが、ただ駒を動かすというだけならば別に将棋の規則に従わずに行う事も出来るし、将棋の駒でないものを乗せて動かす事も出来る。そういった感じのものなのだろうか。



 そして巫女さんたちは神からさずかった権限の範囲内で神界相に働きかけ、被造相に影響を与える事ができる。それがこれまで俺の見てきた物理法則を無視しているかのような神術というわけだったのだ。


 神界相は本来理路整然としているのだが、時に乱れを生ずる事がある。

 理由は様々だが、俺のような世界の孔は大きな乱れそのものであり、さらに別の小さな乱れが生じる原因でもある。しかし、意図的にそれを利用するのでない限り、新たな乱れはわずかなものでごく近い範囲にしか影響はなく、神界相による自己修正作用で消えてしまう程度でしかない。


 そして神界相に作用できる巫女さんはそのわずかな乱れを感知する事が出来る。

 アドラドさんはそれを「魔響まきょう」とよび、きららさんは「魔臭ましゅう」と呼ぶ。


「強い魔臭がしたので確かめようと思って」

 陸上に上がったら、俺がいたというわけだ。

 なんだか悪口を言われているような気もしたが、見たところ悪気はなさそうだ。



「みなさんはなぜここへ?」

 きららさんがたずねたので、俺たちは義勇団構想について説明した。

「山田村なら行った事ある」

 そしてきららさんは同行を申し出てくれた。

 まだ義勇団に参加すると決めたわけではないが、山田村救援には力を貸してくれるのだそうだ。



 話をしているうちにアポさんが戻ってきた。

 盗賊はまだ村には来ていないし、周辺にも接近してくるような姿はないとの事だった。

 そこで村人と知り合いであるチカさんが先行して山田村に向かい、俺たちはその後から行く事になった。


 第五階梯に昇ったチカさんがヒトの大きさのカニクイイヌの姿で山田村へと走る。

 俺たちはチカさんの通った場所で川を渡る。

 向こう岸は森になっているがその中を小道が走り、そのわきを小川が流れて今渡った川に合流している。


 きららさんが感心したようにつぶやいた。

「おおー、木が生えてる」

 この人は大丈夫なのかと俺は少々心配になった。

 巫女になってからは主に水中ですごしてきたそうなのだが、少し長く水の中にいすぎたのではないか。まさか俺よりもこの世界の陸上生活にうといという事はないだろうけれども。

 俺がそう思っているうちに森を抜けた。


 開けた土地に、先ほど見た家や水田が見える。

 そしてチカさんと一緒に何人かの村人と思われる人たちが、俺たちを迎えに来てくれていた。

 そして俺は驚いて声をあげそうになる。


 その村人たちは俺よりも背が低く、肌は全身緑色で毛は一本も生えていない。耳は尖って横に突き出ている。鼻も尖って下に垂れ、全体的にヒトよりも険しい顔つきに見える。


 驚いている俺を見てアポさんが言った。

「ああ、向こうの世界では人間は単一種で構成されているのでしたね。こちらの世界では複数の種で人間が構成されています」

 そして続ける。

「あの村人たちはゴブリンです」

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