第5話
「なぜかわたしはそのセリアン教団の巫女の能力を持っているみたいだけれど、それはなぜ?ここに連れてこられた理由とも関係ありそうだけれど」
おそらく俺の前世が関係あるのだろうと想像はしていたが、前世の記憶の中に別の世界に呼び出されるような理由は思い出せなかった。
「それはあなた様の前世の前世が理由です」
アリシアさんが恐縮したような口調で話し始めた。
アリシアさんによると、俺の前の前の人生ではこちらの世界で「むきゅうの巫女」をやっていたらしい。
無休? それとも無給? 巫女さんも大変だなと俺は思ったのだが、アポさんが小枝を使って地面に「無窮の巫女」と書いてくれた。
無窮とは限りない事、果てしない事という意味らしい。
巫女さんは神の加護により普通の人にはできない神術を使える。それは修行によって伸びていくものだが、ある程度の高みに達すると、それ以上はわずかにしか伸びない、あるいはまったく伸びなくなるのだそうだ。
だが、大成してもなお能力を伸ばし続け前人未到の領域に達した伝説の巫女さんが過去にいて、それが俺の前々世なのだと言う。
そこで俺はまたしても、この世界についての疑問で頭がいっぱいになった。
ごく自然に書かれたのでなんとなく受け入れていたが、書かれた文字は漢字とひらがなだった。
それまで異世界の住人である三人の巫女さんと会話できるのは、なにか自動的な翻訳機能が働いているものだと漠然と思っていたのだが、それならなぜ階梯のように知らない言葉が会話に出てきて、説明されるとその意味を理解できたりするのか。簡単な説明で理解できるなら最初からそのように翻訳すればいい。
そう疑問に思っていたのだが、もしかしてこの世界では日本語が使われているのだろうか。
そこでこの世界の文字について聞いてみた。
アポさんの言うところによると、文字は5種類、全世界で共通のものを使っている。
その5種類というのは漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字、アラビア数字という事だった。
ここまで来て俺もようやく気が付いた。
この世界はもといた世界と強いつながりがある。
おそらくは、どちらかの世界がもう片方の世界を元にしてつくられたものだ。言語が日本語だけというならば、おそらくこちらの世界が、後で造られたものなのだろう。
だが、この世界について考えるのは一時休止だ。
「前世のわたしが無窮の巫女の生まれ変わりだから、こちらの世界に連れてこようとしたの?」
アリシアさんが重い表情で語る。
「最初は直接そちらの世界に行ってお会いし、こちらに来ていただけるよう説得する計画だったのです」
巫女さんは様々な神術を身に付けているが、アポさんには転生した人の魂を感じ取る能力があり、無窮の巫女の魂はとてもまばゆく感じられ、別の世界でもその存在を感知できたという。
そしてアリシアさんは直接異なる世界に通じる孔を開けて、しばしの間滞在し、自分の体重を少し超える程度の物体を持ち帰る事ができる。
無窮の巫女の存在を一番強く感じられる場所に移動し、異世界への孔を開け、ついに転生した無窮の巫女のすぐ後ろまでたどり着いた。そこまではよかったのだが。
「後ろ姿を見た時に、うれしさのあまり思わず抱き付いてしまいました」
アリシアさんが沈痛な面持ちで言う。
「巫女としての能力に目覚めてはいないはずだったのですが、突然、「階梯高揚」の神術が発動したのです」
そこで俺は聞く。
「『階梯高揚』とは何?」
アリシアさんは丁寧に説明してくれた。
無窮の巫女は「階梯高揚」の神術によって、一時的に他者の能力を増強し、階梯の段階を上昇させ、さらには最高到達階梯よりも一つ上まで昇らせる事さえも出来る。
それまでの人生で転生前の記憶も能力も目覚めていなかったが、世界がつながり、元の世界の人と触れる事で、意思によらずに「階梯高揚」が発動した。アリシアさんは第五階梯まで上昇し、同時に「筋力増進」が強制的に発動された。「筋力増進」は文字通りの能力で、アリシアさんは軽く抱きついただけのはずが、ものすごい怪力によって俺は抱き殺されてしまったわけだ。
事情を話し終えると、三人の巫女さんは再びひざまずいて謝罪する。
俺は謝罪を受け入れた。
「まあいいですよ」
重々しい雰囲気を変えるつもりで軽い口調で言ったが、少し軽すぎたかな。
でも、俺にとって前世の記憶は記憶でしかなく、俺の自我というのは生まれてから今までの人生で育ったものだ。前世の俺はその意味では他人のようなものだ。
それに前世の俺はあまり良からぬ男だった。悪人と決めつけたくはないが、数々の悪しき行いが前世の記憶の中で繰り返される。
ああ、汚い。本当に汚い。
俺は首を振って頭から前世の記憶を追い出し、繰り返し巫女さんたちに、謝罪は受け入れたからもう済んだ話だと伝えた。
そして次の質問をする。なんだか質問してばかりで気が引けるが、今の状況を理解するために、まだどうしても聞きたい事がある。
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