【お前、令嬢とヤっただろ】←は? 冤罪により追放された騎士だが、なぜか世界で2人しかいない魔女に懐かれてる

アララキアラキ

プロローグ

0.お前、令嬢とヤっただろ




 カン、カン、と木槌の音が鳴り響く。

 王都ロンデブルにある中央議会所、その第七査問廷。

 その中央に置かれた椅子に、俺は両腕を拘束され座らされていた。肩から引き剝がされた蒼銀の紋章は、もはやどこにもない。ただの囚人。……いや、それ以下の存在として、見下されている。


 円陣を描くように配置された席には、王都近郊を領地とする有力貴族たち、法務官、監察官、そして——


「——お前、令嬢とヤっただろ。戦えなくなったクズの分際で」


 正面の高座に、烈火のごとき赤髪を垂らした男――騎士団総長イドヒ・A・キルケーが陰湿な笑みを湛えて、俺を見下ろしている。


 ——まるで見世物だ。

 目線を少し動かせば、列席する貴族たちの反応が視界に入る。

 誰かが小さく息を呑み、誰かがあからさまに顔を背け、そして誰かは——口元に嘲笑を浮かべていた。


 俺は静かに目を細める。

 怒りも、驚きも、もう湧いてこない。ただただ、冷えきった現実感だけが、背筋を這っていた。


「はぁ……いきなり、審問会に呼ばれたと思ったら……証言台に無理やり座らされ拘束までされたあげく、知らん容疑までふっかけられて、誰が『はい、そうです』と答えられますか?」


 乾いた声が、自分でも他人事のように聞こえた。


 だが、イドヒは意に介さない。

 椅子の背にもたれながら、あの憎々しい笑みを保ったまま、矢継ぎ早に言葉を放つ。


「はっ、知らんなどとよく言えたものだな、クズヴエスタ。平民あがりのお前が、我ら貴族と伽を交わすだけでも身の毛がよだつというのに……まさか、その手段までも悪辣だとはな。下劣にも程がある」


「だから、なんのことを言っているか分かりませんね。容疑をかけるなら、もっと具体的に言ってくださいよ。……どうせ、ただの言いがかりで証拠も――」


「言いがかりだと? ハハっ、言いがかりで審問会が開かれると思っているのか、お前は? 証拠なら——ある」


 ピシャリと、言葉が俺の声を裂いた。


「エリアスタ嬢本人が証言している。さらに彼女に仕える下女たちも、お前が“その夜”、私室に押し入ったと語った。泣き叫ぶ令嬢の声が屋敷中に響き渡っていたそうじゃないか……哀れにもな」


「は? 本人が……って、何を言って……いやいや、それよりもだ! 待ってくれ、何かの誤解だ! 俺は彼女に何も」


「何も? フッ、そんな戯言が通じるものか! ならばなぜ、今もエリアスタ嬢は震え、私室から一歩も出られないでいる? お前の下劣な行いのせいだろ、クズヴぇスタ!!」


 イドヒの目が、獲物を追いつめる猛禽のように俺を見据える。

 断罪するための目。何を言っても、意味はない。


 この野郎……自分ひとをまるで肥溜めに集った蠅を見るような目で見やがって……。

 そもそも、こいつは本気で信じてるのか? 俺がエリアスタを襲ったと?


 ……いや、違う。

 こいつは最初から真実なんて求めていない。俺を潰す理由が欲しかっただけだ。

 なんせイドヒは昔から俺に対し、執拗なまでに排他的だった。嫌がらせの数は数え切れないほどで、その悪意に慣れたつもりではいたが、こうも堂々と人を貶めようとしてくるとは。


 俺の中で、喉の奥から冷たいため息が漏れた。

 こんなもの、裁きでも審問でもない。——ただの茶番だ。


「……何故もなにも、こっちが聞きたいっつーの……」


 答えのない問いが頭を巡る。イドヒの目は、もはや俺の弁解を許すつもりなどないと告げていた。



 そもそも、思い出すのは先月の晩のこと――。


 その日はイドヒの言う通り、俺はエリアスタと会っていた。特別仲が良かった訳ではないが、昔からの顔見知り程度には関係もあったからな。

 しかし、その時は「屋敷にある儀剣を手入れしに来てほしい」と頼まれたため、出向いただけのことだ。

 その後、晩食にも誘われたので、彼女の体裁も気にして同席したが、断じて彼女と一夜を共にした事実などはない。ましてや、このイドヒの元妻である令嬢と同衾なぞ、こちらから願い下げもいいところである。


「ハッ。貴様がいくら言い訳をしようと無駄だ、クズヴェスタ。なんせ貴様には動機がありすぎる」

 

 しかし、見当違いも甚だしく。

 下劣な笑みを浮かべたイドヒは、法壇からゆっくりと立ち上がる。その動作すら俺を見下すための演出のようだった。


「かつて王国最強とまで言われたお前も、帝国に呪いを掛けられて以来、騎士団ではお荷物状態だ。仕事は減り、給金も減り、騎士等級まで格下げ。そのうえ病弱で寝込みがちな姫様に、介護紛いのことまでやらされているそうじゃないか」


「今、それとこれに何の関係が?」 


「大ありだとも」


 イドヒは拳を握り締め、誇らしげに続ける。


「平民の出である貴様は焦ったのだろう? 『このままではまた平民のクズに戻る。どうにかして今の地位にしがみつかねば!』……とな?」


 聞くに堪えないが、それでもイドヒの熱弁は続く。


「そうして、貴様は気が付いたのだ。『そうだ、女!貴族の女と既成事実を作り、己の地位を確固たるものにすれば良い!』と。そして、実に浅ましい考えをした貴様は、エリアスタ嬢に手を掛けた。こんなところだろう?」


 ……全くもって、人の神経を逆撫でする天才かよ、コイツは。


 さも得意げに語る俺を騙った思考。女性を道具としてしか見ない目の前の男こそ、性根が腐りきっている証だろう。

 そもそも、イドヒの私生活は目にし難いものがある。

 侯爵家であることを鼻にかけ、私生活では何人もの女性と関係を持ち、その異常性癖で全員を廃人にしてきた悪逆貴族。さっきの一連の妄想は、もはや自己紹介されたのではと思ってしまったほどだ。


 エリアスタもまた、コイツの被害者の一人だった。

 子爵令嬢なんてものは、侯爵家に逆らえないんだろう。イドヒと出会う前の彼女は、すごく朗らかな娘で、今とは全く別の評価を受ける女性だった。


 まったく……こんな奴がまともなはずが無い。

 当然――。


『ふん、吾はいつかやると思っていたぞ』

『だから呪いを受けた日に処刑でもしろと……』

『本当に穢らわしい。同じ空気も吸いたくないわ』

『イドヒ卿がいなければ、私の娘もどうなっていたことやら』


 ――俺の狼狽するさまを肴に、議席から野次を飛ばす他侯爵・公爵家ども。

 こいつらもイドヒに劣らず腐りきっている。


「……まじで王国上層は腐ってるんだな……」

 

 昔から肩身の狭さは感じていたさ。騎士団に入ってから、多くの貴族から後ろ指をさされてきたもんだ。いくら人から向けられる好意や悪意に鈍感でも、これだけ陰湿な態度をされれば、誰だって察しが付く。


 王国は元来より身分主義。爵位や血筋をなにより重要視される文化だ。重要な役職には、それ相応の家の生まれであることが半ば必須となる。


 実力なんてものは二の次。 

 誰の種で、誰の胎から生まれたか――。

 それだけが価値をもつ世界。


 なのに、平民である俺が王国騎士になれたのは、それこそ誰もが無視できない戦績を刻んだからだろう。帝国との戦争中、従騎士だった俺は数々の戦果を挙げ、一気に大出世を果たしたからだ。


「どうした、クズヴェスタ? 抗弁はもう終わりか? それとも、その口の利けなさも呪いのせいにしてみるか?」


 呪い、呪い――――ね。


 俺は苦々しくその言葉を噛み締めながら、イドヒを見据える。


 5年前――俺は帝国との戦いで、致命的な失敗を犯した。


 解呪不能の呪い。

 それは魔力を完全に封じ、スキルも魔法も使えなくなる呪いだった。


 被呪してからは生活が一変した。

 それまで陰口程度でおさまっていた貴族どもは、途端に直接的な嫌がらせをしてくるようになった。騎士団員もほとんどが貴族の次男か三男だし、俺には頼れる奴なんて誰もいない環境である。

 あのとき姫様が手を差し伸ばしてくれなければ、どうなっていたことか……俺にはこの腐りきった貴族どもに恩も情けもない。だが、彼女を裏切るような真似だけは、俺が絶対にするわけないだろう。


 しかし、結果は既に決められているようで、


「まったく、これまで最低限は目にかけてやったというのにな。この恩知らずめ」


 イドヒは下劣な笑みを浮かべ、勝ち誇ったように宣言する。


「シルヴェスタ・H・ウォーカー。貴様を身分剥奪のうえ騎士団追放を言い渡す。賛同する貴族たちは拍手を持って応えよ!」


 まるで最初から決まっていたかのように。

 まるで台本通りに進行していたかのように。


 瞬間、議会所に鳴り響く拍手喝采。広間の熱量が一気に膨れ上がる。


 ――ここまでだな。


 俺は静かに目を閉じ、長く息を吐くことしかできなかった。






 ■





「賛同派多数により、シルヴェスタ。貴様の追放は決定となった。ハハッ、また平民へ逆戻り……いや、今度はそれより下の罪人へと落ちてしまったのかな?」


 イドヒの声が、議会所に響き渡る。冷ややかな嘲笑が混じったその声は、俺の耳に心地悪く張り付いた。


「まぁこれで、心を病まれたエリアスタも、さぞ喜ばれるだろう。クハハハ、良いことをすると、こうも気分が晴れ晴れとするものか」


 ニヤニヤと家畜にも劣る醜悪な面貌をさらし、イドヒは満足げに俺を見下ろしている。

 全て最初から仕組まれていたと気づいた時にはもう遅い。どれだけ反論をしようとも、審問会の場で下された判決は、もはや覆らない。


「まさか女を襲う輩が、我らが騎士団に属していたとはな……だがこれで清々する。そもそも、お前が騎士となり、王国最強と謳われていたことすら可笑しかったんだ」


「別に他人が決めた王国最強の座に未練も執着もないんですがね⋯⋯」


「当然だ。貴様は戦場で強い敵と当たらなかっただけのマグレだろう? その証拠に、貴様は罪人として裁かれ、私は騎士団総長の席に座している。王国最強は、やはり私だったということだ」


「あー、ハイハイ、そーですか。総長になっただけで、えらく単純な考えをしてらっしゃるようでー」


 呆れて反論する気も起きない。

 イドヒが俺のことを誰より嫌っていたのは知っている。


「一々、癇に障るな、貴様は⋯⋯もういい。これ以上、貴様と話すことなどない」


「それは同感だな。俺もあんたとしゃべることはない。エリアスタ本人と直接話をする」


「は? なにを言っているんだ、貴様は。令嬢を襲った罪人に、そんなことをさせるわけがないだろう? 魔法詠唱師たちよ、このクズに拘束系魔法を掛けてやれ。――――あぁ、そうだ。かなり苦痛の伴う魔法で頼む。エリアスタ嬢のためにもな」


「はぁ⋯⋯あれだけ言っといて、自分は手を出さないのか? はっ……ずいぶん弱腰な騎士団総長もいたもんすね」


「っ――なんだと、この下郎が!」


 次の瞬間、俺の前髪を乱暴に掴み取られ、強烈な一撃が頭蓋を揺さぶった。鈍い衝撃音が頭の奥深くまで響き、視界が一瞬にして揺らぐ。鉄の味が口内に広がり、頬を伝う血の温もりだけが現実を引き戻した。


 歪む視界の中、イドヒの醜悪な笑みだけが、やけにくっきりと浮かび上がる


「あんまり調子に乗るなよ、魔力も生成できないクズがぁ! 死ねッ! 死ねッ! このカスめ!」


「――――ッ」


「どうした、抵抗してみろ! ほら、さっきの威勢はどこにいったんだぁ!? 私を、弱腰と言った、その汚い口でっ、なにか言ったらっ、どうだっ!」


「――――、――――」


 容赦なく振り下ろされる拳。壇上に押しつけられた頭、後ろ手に拘束された腕――ガードなどできるはずもない。

 鼻が曲がり、唇が裂け、鮮血が床に飛び散る。

 一心不乱に、無我夢中に、目を血走らせたイドヒが俺を殴りつける光景だけが、視界いっぱいに広がり続けた。


 そうして――――


「フゥゥー、フゥー……ハ、ハハハッ! イイ気味だ! 貴様に魔力が無い分、魔力膜で覆われた私のほうが頑丈になっている!」


 イドヒは息を荒げながら、自身の拳を見下ろし、満足げにほくそ笑んだ。

 

 ……いや、ただ単に柔らかい部位ばかり狙いやがったから、無傷なだけだろうが。額を狙ってきたなら、迷わず手骨を粉砕してやっていた。

 俺は腫れた顔を上げ、鼻血をふんっと飛ばすと、わざとらしく盛大に息を吐く。


(なんかもう、どうでもよくなってきたな……)


 どうせ騎士団追放どころか、身分も国籍もすべて剥奪される。残るのは、俺が罪人であるという証明だけ。

 すでに決定事項なら、今さら足掻いたところで意味などない。だったら、せめて残された時間を、身元整理なんかで有意義に使うべきだろう。

 あの人のことは……そうだな。選民思想に囚われていない後輩にでも託すか……彼女も王族とはいえ、病弱ゆえに俺と同じように肩身が狭い立場だしな。


 彼女には申し訳ないが、もう俺はくだらない談笑相手にはなれそうにない。


「なんだその不敵な目は」


「うっせーな、追放なんだろ。……ならさっさと身支度させに帰らせてくれ」


「チッ、まるで反省してないようだな、貴様は」


 反省もクソもあるもんかよ。

 俺は内心で毒づく。だが、そんな俺とは対照的に、イドヒは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、懐から一枚の紙を取り出した――。


「折角だ。確定するまで内密にしておくつもりだったが、最後に良いことを貴様に教えてやる。コイツを見ろ、これは王太子様より預かった勅命書だ」


「王太子様?」


 俺は一瞬、眉をひそめた。王太子といえば、王族の中でも平民嫌いで知られる人物だ。

 

 なるほど。この茶番劇には裏で王家の人間も噛んでいたのか。

 だが、そんなことより問題は――


「目障りな貴様を追放させた暁に、私はある褒賞をいただくことを約束されていた。それが何か気になるか? どうだ、教えて欲しいだろ?」


「あ? 別に気にならん」


「そうかそうか、気にならないか。ならばあの王女様にはそう伝えておいてやろう。なんせ私への報酬は、ルリス第二王女殿下――つまり、お前の主君を私の正妻として迎え、公爵の位を得ることだからな」


「――――――――、は?」


 思わず声が詰まる。イドヒの言った言葉がうまく理解できない。


「ハハハハ、どうだ! 地位も力も国も主君も奪われた気分は!」


 幾人もの女性と関係を持ち、そのすべてを非道な手練手管で廃人にしてきたこの屑が、彼女を正妻にする……?


 冗談にしたって笑えやしない。この屑を体現したような人間に、彼女を嫁がせるなど、騎士としても、俺個人としても絶対に許せない。

 なのに、イドヒは悪辣にも続ける。


「どう楽しいんだものだろうなぁ。王太子様はあの身体が不自由な姫を”ガラクタ”としてしか見ていない。ハハハ、顔と身体付きだけは一級品なんだがなー」


「……――――――」


「王族の女……どう凌辱するのが1番いいと思う? なぁ、クズヴェスタ、貴様の意見を聞かせてくれないか? 女を襲ったお前の意見を聞いてみたいんだ!」


「……―――――ろす」


「万が一、子供を孕ませられれば、私はもっと上の立場に行ける! そうなれば、もう二度と貴様のような思い上がった平民がでないよう、私がこの国の舵取りをしてやるよ! ⋯⋯おっと。罪人である貴様には、もう関係ない話だったな。私としたことが、失念していたよ。せめて、子供を産んだあと、あの女は私の政の道具として、他貴族の慰め者になってもらうとするかな」


 そこが限界だった。

 胸の奥が黒く染まり、視界の端が赤く滲む。

 


 ――このクズを、此処でブッ殺す。

 


 なんの躊躇いもなく、俺はイドヒへと殴りかかった。全身の筋肉が猛り、拘束具を壊し、拳にすべての力を込める。眼前の巨悪を亡き者にするため、俺の意思はただひとつに凝縮されていた。


 俺自身への侮辱はどうでもいい。だが、彼女――ルリス王女への悪虐だけは許せなかった。俺を追放した後、何の後ろ盾もなくなる彼女を辱めるなど、想像するだけで吐き気がする。

 

 だが、その怒りも虚しく、俺の身体は硬直した。


 いつの間にか周囲を取り囲んでいた十数人の詠唱師たち。彼らの杖が一斉に閃き、幾重もの拘束魔法が俺を締め上げる。


「あ、がっ……!」


 全身を蝕む鈍痛、重圧、まるで身体が鉛に変わったかのような感覚。血管の中を這う魔力が筋肉を縛りつけ、自由を奪っていく。


「フン。やはり平民は考えることも、やることも稚拙だな。感情のままに突っ込むとは。こんなのに苦戦していた帝国も、やはりゴミ以下だ……」


 イドヒは嘲笑混じりに俺を見下ろし、悠然と懐から白い手袋を取り出し、丁寧にはめ込む。その仕草が、決定的な勝者であることを示していた。


「詠唱師ども、コイツから装備品と金品を没収し適当に捨ててこい。どうせ呪いに侵されたクズだ。ほっといても脅威にもならん。それより、どこぞ」


 イドヒはそう言って、興味が失せたと言わんばかりに踵を返した。あと3歩進めれば、手が届きそうな範囲だったのに、その背中が徐々に遠ざかっていく。


「こん、の……! うご、け!」


 俺は口内を歯で噛み、感覚を鈍くする魔法を緩衝する。

 複数の魔法を掛けられながらも、かろうじて一歩、二歩と進む足。拳はじわじわとイドヒに向けられ、それを見た詠唱師どもは信じられないものを見た表情へと変わる。

 また、イドヒもどよめきに気がついたのか、俺の方へと振り返った。


「バカな、魔力もない貴様が、なぜ抵抗できる……!?」


「イド、ヒィ……!」


「クッ、おい詠唱師ども、なにを手加減している!? 魔法干渉が弱い! もっと重ねろ!」


 だが、その一瞬の隙も虚しく、さらなる魔法が俺を押し潰す。


「くっ……!」


 そこで膝が折れ、俺は地面に再び崩れ落ちた。

 跪いた俺に対しイドヒはようやく満面の笑みを浮かべると、容赦なく唾を吐き捨てくる。

 ぬるりと顔に張り付く不快感。俺の顔に汚い粘液が付着した。

 詠唱師たち、取り巻きの貴族たちの嘲笑がこだまする。


「く、そが……絶対にこの面、忘れんじゃねー、ぞ……!」


「クハハ、忘れるとも。貴様のような汚らわしいゴミがいたことなど。この議会所を出たとき、或いは明日の朝目覚めたとき。貴様の席は、もう私の記憶に残していないのだから」


 そうして、イドヒの笑いが重なったと同時だ。

 

 詠唱師らの放つ第三波の魔法が、俺の体をゆっくりと包みむのだった。

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