異性の心はミステリー
雨宮 徹
乙女心はミステリー
図書委員である
「さて、クラス替えがありましたので、簡単に自己紹介をしてもらいます。まずは、安藤くん」
安藤くんは椅子から立ち上がると、自己紹介を始めた。
「はい。僕の名前は安藤純也です。陸上部に所属しています。中学生活の最後の一年を楽しく過ごしたいです。よろしくお願いします」
小田切は思った。ありきたりだなと。だからと言って、安藤くんを責めるつもりはない。無難が一番なのだ。変なことを言って「こいつと関わるのはやめよう」と思われるのは最悪だ。
小田切は自分の番になると、趣味が読書であることだけを言うに留めた。
そんな風に自己紹介が順調に進み、もうすぐ最後となった時だった。
「次は吉田さん」
吉田さんがガタッと椅子から立ち上がる。
「はい。吉田舞です。趣味は読書です。読書仲間募集中です。一年間、よろしくお願いします」
そう言い終えると吉田さんは着席した。そして、小田切の方を向くと小さく微笑んだ。これは「読書好きとして、友達になろうね」という意味だろう。
お昼寝休みになると、小田切は早速、吉田さんの元へ向かった。読書好きは貴重だ。何事であれ、第一印象が大事だ。
「あの……」何から話していいか分からずまごつく。
「私は吉田舞。小田切くんと同じで趣味は読書。小田切くんが好きなジャンルはミステリー?」
「なんで、好きなジャンルを知ってるの?」
「だって、机に置いてあるもの。『シャーロック・ホームズ』が」
なるほど。それなら話は早い。
「吉田さんはどんなジャンルが好きなの?」
「私は恋愛ものかな。でも、ミステリーも面白そうね。今度、おすすめを教えてよ」
小田切は吉田さんと親しくなった。吉田さんは小田切のことを読書仲間と思っているに違いない。しかし、小田切は違った。吉田さんのことを異性として好きだった。読書について語る時の瞳の輝き。読書中に髪をかきあげる仕草。そして、さりげない気づかい。全てが魅力的だった。そんな小田切だったが、吉田さんに「本屋に行こう」と誘うことは出来ずにいた。恋愛経験が少ない小田切にとって、異性を遊びに誘うことは告白と同義だった。
「今日は学級委員を決めます。その他の委員についても決めますが、立候補制なので積極的に手を挙げてくださいね」
小田切はこの日を待ち望んでいた。小田切の将来の夢は自分の書庫を持つことだ。図書委員になれば、当番の日は一日中、図書室を独占できる。それは、自分の書庫を持つことを擬似的に体験できることを意味する。学級委員は前田くんに決まり、他の委員も順調に決まっていく。
いよいよ、図書委員を決める時がきた。小田切は勢いよく挙手する。「ぜひ、やらせてください」と言って。
他のクラスメイトが図書委員に立候補する可能性はなかった。図書委員になれば、放課後も図書室で過ごすはめになる。放課後の時間は部活動や友人との遊びに使いたい生徒が大半だ。これは図書委員は決まった、と思った時だった。予想外にも、吉田さんも立候補していた。校則では、図書委員は各クラス一名と決まっている。どちらかが辞退するか、じゃんけんで決めるしかない。どうすべきか悩んでいた時だった。
「私、辞退します」と吉田さん。
図書委員決めはあっさりと終わった。
「吉田さん、なんで図書委員を辞退したの?」
お昼休みに小田切は純粋な疑問をぶつけた。
「この間、小田切くんは図書室について熱く語っていたでしょ。読書が好きだから立候補した私とは想いが違うかな、と思って」
確かに「将来的に書庫を持ちたい」という夢を語った。吉田さんはその想いを汲んでくれたのだ。その気づかいは嬉しかった。それと同時に、小田切は校則を恨んだ。もし、図書委員が二名とされていたら、それを口実に放課後も吉田さんと過ごせたに違いない。
今日も暇だな。小田切は放課後の図書室で読書に勤しんでいた。閑散としている図書室では、図書委員が読書をしていても咎める人はいない。
「あのー、小田切くん?」
カウンターの前には、吉田さんがいた。『小説の書き方』という本を持って。
「気づかなくて、ごめん。てっきり、誰もいないと思ってたから……」とっさに言い訳をする。
「吉田さんは小説家を目指してるの?」
「ああ、これね。そうね、将来は小説家になれたら、と思うことはあるの」
もし、吉田さんが小説家になったら、ベストセラーを連発するに違いない。作文の授業を見ていたら分かる。人物描写、地の文そしてストーリー。すべてが完成されていた。悔しいけれど、小田切の書いたものを遥かに上回っていた。
「知っていると思うけれど、貸出期間は二週間だから」
吉田さんから受け取った貸出カードに目を通す。不備は見当たらないので、カードを返す。
「小説家になるっていう夢、応援してるから」
「ありがとう。実現したら、一番に小田切くんに知らせるね」
お世辞だとは分かっていても、その言葉が嬉しかった。
翌週だった。吉田さんが再び図書室に現れたのは。
「これ、すごくためになったわ」
『小説の書き方』は吉田さんの夢が現実になるのを手助けしたらしい。
「今日はこの本を借りに来たの」
手元には『田んぼのいのち』という本を持っている。ここは都会で、田んぼはどこにもない。今までの会話でお父さんはサラリーマン、お母さんは専業主婦だと聞いていた。
「おじいちゃんが農業をしているの?」
この質問をした瞬間、しまったと思った。プライベートについて、あれこれ詮索すべきではない。
「まあ、そんなところかな」
吉田さんの答えからは、あいまいな印象を受けた。
「そういえば、小田切くんは金曜日の放課後が当番だよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、今度は来週の金曜日に返しに来るね」
小田切は小躍りした。もしかしたら、吉田さんは小田切に好意を持っているかもしれない。いや、そう決めつけるのは早計かもしれない。
そして翌週の金曜日。吉田さんは約束通りに本の返却にやって来た。
「今度はこの本を借りたいの」
そう言って差し出されたのは『切り裂きジャック・百年の孤独』だった。小田切は自身の目を疑った。恋愛ものが好きな吉田さんがミステリーを読む姿は想像出来ない。ミステリーといえば、殺人事件。必然的に内容は暗い内容になる。吉田さんが借りるジャンルが様々なのも一種のミステリーだ。
そして、翌週は『君たちはどう生きるか』。小田切はますます混乱した。
小田切は吉田さんが借りた本に何らかの法則がないか考えてみた。ジャンルはまったく違うし、作者に共通点もない。タイトルは順に『小説の書き方』、『田んぼのいのち』、『切り裂きジャック・百年の孤独』、『君たちはどう生きるか』、『好物漫遊記』。小田切はタイトルを書きだして気づいた。タイトルの頭文字をとる「小田切好」となっている。自惚れでなければ次の文字は「き」のはずだ。しかし、この推理に自信はないし、本人に確かめるわけにもいかない。どうしたものかと考えた末に、一つの作戦を立てた。
さらに翌週。吉田さんが借りに来たのは『きょうも猫日和』だった。ここまでは小田切の推理通りだった。問題はここからだ。吉田さんから貸出カードを受け取ると、一枚のメモと一緒に返す。「僕もだよ」と書いたメモを。
「このメモ、要らなかったら捨てていいよ」念のため予防線を張る。
メモを見た吉田さんの顔には驚きの表情が浮かんでいた。しばらく、沈黙が続く。
「小田切くん、気づいてくれたんだね」
吉田さんは小田切に微笑みつつ言った。
小田切は確信した。自分の想いが伝わったのだと。
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