第23話 亀山結衣菜の過去

〜亀山結衣菜視点〜


 高校を卒業した頃、私はモデルではなく優香さんのようにボディーガードの仕事をしていた。

 親に決められた仕事でボディーガードの対象となる男性には気を使わないといけない大変な仕事だったが、不満なく仕事に勤しむ。


 そんな日々を過ごしていた。




 青葉さんと出会う約1年前、私が20歳の頃にとある依頼を引き受けた。

 その仕事は高難易度ではないが護衛男性に癖のあるパターンだった。


「おい、僕には絶対近づくな。近づかずに護衛しろ」


 そのように護衛対象の男性が言った。


(今日の対象者も無茶なことを仰いますね)


 そう思ったがこのケースは亀山家で訓練済み。


「分かりました」


 そう答え、私は男性とともに出かけた。




 男性と一緒に街中を歩く。


「ひぃっ!目が合った!」


 見るからにビクビクして歩いており、女性のことを本気で怖がっていることは一瞬で理解できた。


「今日はアニメ⚪︎トに訪れることが目的と聞いております。このご時世、通販でなんでも揃いますが、なぜお出かけされるのですか?」


 私は3メートルほど前を歩く男性へ話しかける。


「そんなの今日発売のゲームと限定グッズが欲しいからだ」


 どうやらゲームの方は通販で手に入るが限定グッズは店に行って買わないと手に入らないため、数年ぶりに家を出ることになったとのこと。

 小太りでお世辞にもカッコいいとは言えない容姿をしており、家でずっと過ごしていたことは一目瞭然。


「だから嫌々外に出たんだ。今日は死んでも僕のことを守れよ」

「分かりました」


 それが仕事なので私は頷く。

 そして細心の注意を払いながらアニメ⚪︎トにお連れし、女性店員との会話を私が行うことで、無事目的の物を手に入れることができた。

 そんな感じで何事もなく護衛することができていたが、自宅まで残り数メートルのところで事件が起きた。


「あとはあの曲がり角を曲がれば家だ。ついに新作のゲームができる!」


 もうすぐ家ということで歓喜した男性が突然走り出す。


「まずいっ!」


 私は急いで男性を追いかける。

 視界の悪い曲がり角は私が先に曲がって安全を確保しなければならないが、走り出しが遅れてしまい男性の方が先に曲がってしまう。


「止まってください!」


 そう叫ぶが一歩間に合わず、男性が曲がり角を勢いよく曲がる。


「痛っ!」


 すると“ドスンっ!”という音とともに男性が尻餅をつく。


「痛ぇなっ!どこ見て歩いて……ひっ!」

「あら、どこ見て歩いてたとは失礼な男ね。急にぶつかってきたのは貴方の方なのに」


 男性と同じように尻餅をついていた30代ほどの女性が立ち上がりながら言う。


「な、何か文句あるのか?」


 怖がりながらも高飛車な態度しか取ったことがないのか、女性に対しても上から目線で言う。


「えぇ。文句しかないわ」


 そう言って睨みつける。


「ひっ!ひゃぁぁぁっ!!!」


 男性は買ったゲームを置いて逃げ出し、そのまま自宅に入る。


「すみません、私が不甲斐ないばかりに」


 すぐに頭を下げて女性に謝る。


「あの男のボディーガードね。私は怪我なんてしてないから安心して」


 そう言って笑みを見せてくれたことに一安心し、再び頭を下げてからゲームを拾い、護衛男性を追う。


 そしてチャイムを鳴らして自宅に入った瞬間……


 “パチンっ!”


 私は頬をビンタされた。


「お前のせいだ!お前のせいで……っ!」

「なっ!わ、私は……」

「うるさいっ!」


 男性の声が家中に響き渡る。


「この件は亀山家に連絡してやる。無能な者を送りつけた亀山家には失望したと」


 そう言って男性が立ち去る。


 その後、私は男性の親からも注意され、今回の護衛は失敗に終わった。





〜青葉視点〜


 亀山さんが失敗した経緯を話してくれた。

 そして、その後の話をする。


「その男性は亀山家に連絡し、私に厳重注意が下りました。でも、それだけでは終わりませんでした。男性が人気Vtuberだったのです」


 男性が少ないことに加え、男性は働かずに生きていけるため、男性Vtuberは数えるほどしかいない。

 そのため、男性Vtuberは比較的簡単に有名Vtuberになれる。


「その男性は配信で亀山家の不満を言いました。その結果、その男性は不満を配信で拡散したため人間性を疑われ、人気は地に落ちました。それと同時に亀山家の信用も地に落ちました」


 その男の言うことを信じるなと言いたいが、男の内容が真実味を帯びており、謝罪動画でも亀山家の失態を話していたことで亀山さんの失敗は視聴者全員に広まり、亀山家にボディーガードを依頼する人たちが減ったらしい。

 幸い、その男が亀山さんの名前まで覚えてなかったため、失敗した女性が亀山さんであることは広まらなかった。


「亀山家は失態を犯したボディーガードを解雇したという発表を行い、信頼回復に努めました」

「その結果、亀山さんがボディーガードを辞めることになったのですね」

「はい。なので勘のいい人は失敗した亀山家の人間は私であることに気づいていると思います」


 どんどん表情が暗くなる亀山さん。

 そんな亀山さんを見て、俺は怒りがどんどん湧いて来る。


「許せませんね、その男」

「……え?」


 亀山さんが目を見開く。


「一発殴りたいくらいですよ」

「……なぜ青葉さんが怒るのですか?」

「もちろん、亀山さんの生活を滅茶苦茶にしたからです。しかも亀山さんに悪いところは一切ありませんでした」


 俺の言葉を“ぽかーん”として聞いている。

 そして“クスッ”と笑う。


「初めてです。青葉さんのように怒ってくださったのは」

「そ、そうですか?他にも俺と同じことを思う人はいると思いますが……」

「いえ初めてです。皆んな、私が悪いと言ってきましたから」


 柔らかい笑みを浮かべながら亀山さんが呟く。


「やはり青葉さんは変わった方です。今の言葉で私は救われた気がします」


 その言葉に嘘はないようで、清々しいような表情をしている。


「ありがとうございました。今日、青葉さんとお仕事できてとても楽しかったです。また私とお仕事お願いしますね」

「は、はいっ!こちらこそありがとうございました!」


 見惚れるくらい眩しい笑顔で一礼した亀山さんが俺のもとから立ち去る。


 こうして亀山さんとの初仕事が終わった。

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