第15話 八重石さんは特別らしい
「空森君は、そうだね……。一言でいったらヒョウヒョウとした人、だったと思う」
昨日と同じく、普通授業の後の食堂。今日は天ぷら付きのざる蕎麦をすすりながら、俺は八重石のときと同じことをモトナリにも尋ねていた。
が、
「ごめん。もっかい言って?」
「あ、ヒョウヒョウ、字は、えっと、投票の票の横に風って書くのを二回なんだけど……そうだな、捉えどころがないとか、そんな感じの意味」
飄々。聞いたことくらいはあったかもだけど、知らない言葉。でもそれって普通に使うもんか? そういう難しい言葉使おうとすんのも、たぶんコイツの気持ち悪さの一個だよな。
ま、それは今いいとして。
「てことは、どういうキャラかあんまわかってないってこと?」
「そう、だね。誰にでも気さくで明るい人なのに、なんでか友達を作ろうとしなくて、でも二年生になってから急に俺に話しかけてきて、いつの間にか八重石さんとも仲良くなってて、……俺とは全く違う人だなって、ずっと思ってた」
たしかに掴みどころがないって感じだ。外面良くしてたのは俺も同じだけど、やっぱり何がしたいのかわからない。なんで周りの奴を意識はしてるのに、友達は作らないのか。なんで突然しかも根暗そうなモトナリを友達に選んだのか。そしてなんのために、八重石との距離を縮めようとしていたのか。
……また頭痛が酷くなってきた。色々頭使ってるのと、たぶんこの天ぷらがよくない。不味いわけじゃなくても、別に美味いわけでもない油ものって、絶対頭痛いときに食べるべきじゃなかった。
「モトナリ、海老とちくわ、やる」
「え、な、なんで?」
「頭痛くて食欲ない」
今日の昼飯は天ぷら蕎麦と天丼の二択で、モトナリは天丼を選んでいた。コイツ細いくせに昨日も三食とも結構がっつり食ってたから、嫌がりはしないのはわかっていた。
「そりゃ、食べれないならもらうけど……、冬空君、ホントに体調大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。薬飲んだし」
言いながら、半分くらいなくなった丼に天ぷらを入れてやる。その間もモトナリは心配そうな目で見てきたから、何か言われる前に話題を変える。
「さっきのさ、急に話しかけてきたときって、『空森』どんな感じだった?」
「え。えー、えっと、最初は、俺が読んでる本……ていうか、ラノベっていうのが、どういう内容なのかって、聞いてきたんだったと思う」
また本か。
「じゃ、いつもはどんな話してた?」
「お、俺とは、普通の会話だったよ。授業がわかりづらいとか、術戦のアドバイスとか、最近読んだ本の話とか」
「あ、そういや、八重石も読書家っぽかったけど、そのへん話合うんじゃねーの?」
皿から蕎麦を持ち上げながら聞いた。そこからつゆにつけてすすり終わるまで、モトナリは返事をしなかった。
「本を読んでる、理由が違うから。俺は、娯楽として読んでるけど、八重石さんはたぶん、知見を広げるために読んでるんだと思う。乱読家って感じで、いろんなジャンルをどんどん読んでる。そういう話だったら、空森君はたぶん、芸術性を求めて読んでたんだと思うけど」
聞いたはいいけど、俺がそこまで読まないからいまいちピンとは来ない。でも何が言いたいのかは何となくわかった。
「なんかお前ちょっとさ、八重石のこと特別扱いし過ぎなんじゃない?」
本を読んでる目的が違ったって、結局本を読んでるだけなのは変わらない。俺からしたら、そんなんで優劣をつける方がおかしいような気がした。
「だって実際、八重石さんは特別だし」
でもそう言い返されたら、正直反対はできなかった。
「そりゃ、めちゃめちゃ美人で金持ちで天才なんはそうだけど、あいつだって人間だろ?」
「そういう、外側の話をしてるんじゃなくて、俺は内面の話をしてるっていうか」
おどおどしながらそう言ったモトナリに、俺は「例えば?」と聞き返してやる。
「まず、あの人は誠実で、絶対に嘘をつかない。良くも悪くもって話にはなるけど、嘘ってどうしてもついちゃうものだから、そんなこと、普通はできない。あとは志が、すごく純粋なんだ。八重石さんがここに入った理由って、お父さんとお母さんが良くした日本を守りたいから、らしくて」
また聞いたはいいけど、いざ答えられるとなんとも言えない気持ちになる。
「お前、アイツと話したことないんじゃないの?」
「え。や、え、そ、そうだけど、その、ここに来た理由は、前にクラスの前で、自己紹介するときに言ってて、……その、誠実っていうのは、八重石さんが話してるのの、盗み聞き、だけど」
もちろん、クラスの女子の特別さをすぐに説明しだせるコイツが気持ち悪いってのもあるんだけど。
一番は、やっぱり俺もモトナリの言う通りだと思ってしまったことで。
「でも――」
「ま、俺もアイツは正直者、てか、嘘つけなそうな奴だとは思った」
……とはいえそれで自分のことみたいに嬉しそうな顔になるのは、やっぱりコイツ気持ち悪いと思う。
全くお前は関係ないのに。つーかお前どんだけ好きなんだよ。
「モトナリさ」
「え、うん」
「お前、いつからアイツんこと好きなの?」
「ぼ」
海老天を咥えて変な音を出したモトナリは、そのまましばらく固まる。「や」と何か言い訳しそうなのがわかって「いいから」と睨むと、もう一度少し固まって、海老をもそもそ口の中に入れてから、
「にゅ、入学式のとき……」
と、ギリギリ聞き取れるくらいの声で言った。
「一目惚れってこと?」
「そう、ですね」
「じゃあやっぱ入りは見た目か」
ぐっと苦しそうな顔になったから何か詰まったのかと思ったけど、海老はもう飲み込み終わっていた。
「それは、そうなんだけど……」
俺はそこで、そんなに気まずそうな顔をする意味もわからなかった。
顔に惹かれたり顔で選んだりするのって、割と普通のことだろ。そりゃ、顔しか見てないってのもどうかとは思うけど、性格しか見ないって奴の方が、俺は信用できないと思う。
だから意味はわからなくてやっぱり気持ち悪いとは思うけど、まあ、モトナリが八重石の誠実さに憧れてるっていうのは、ちょっとわかった気がした。
「まあ顔とか女優以上だし、髪白いのも、すげぇ綺麗っすよねー」
「……うん。あんな綺麗な人、俺初めて見た」
俺もそうだった。画面越しを含めても、あんなに作ったみたいに整った顔を俺は見たことなかった。笑わないっていうのも、普通ありえない髪の色もあって、まさに「人形みたい」って感じだった。
「あ、そういやモトナリ、アイツがなんで髪白いのかとかって、知ってたりすんの?」
「それは、えっと、言っちゃえば遺伝、だと思う。八重石家の血筋の人って、ときどき白髪で生まれるんだって。でも、実はそれには理由があるって言われてて。って言っても、都市伝説みたいなものなんだけど……」
「どんな?」
「……その、八重石家の始祖の人が、昔自分で人体実験をしたから、とか、修行中に利術の悪魔と出会って契約したから、とか」
「え、こっちって悪魔とかいんの?」
「いないよ。そう、全部眉唾なんだけど……、でも実際、八重石家で白髪で生まれた人って、絶対何か歴史に残るくらいのことを成し遂げてるんだ」
馬鹿みたいだとは思う。でもやっぱりどっかで、そういうこともあるかもなとか、思ってしまっていた。
アイツだったら、何かあり得ないものを持ってるかもしれない。幸せって字なのはすぐにモトナリが教えてくれたけど、初めて聞いたとき、すごく納得がいった「ゆき」という音。
そんな名前で白くて長い髪を揺らして、どこでも自由に凍りつかせることができて、文武両方で学年のトップに立って、とんでもなく綺麗な顔をニコリともさせない、超有名な家のお嬢様。
俺からしたら、もう十分あり得ない存在なんだし、それを言ったらそもそも俺が今いるのだって普通はあり得ない状況。
だから「実はこっちには悪魔がいるんです」って言われても、俺はやっぱり「そうなんだ」ってなってただけだと思う。
……でもまあそうなると、困るのはモトナリと八重石との差がどんどん開いていくって話で。
「あ。も、もしかして冬空君も、八重石さんに惹かれたり」
「それは今んとこないから大丈夫。……じゃなくて、やっぱ格差えげつねえなーと思って。もうワンチャン八重石がダメンズ好き説にかけるしかないか」
「冬空君何気に削ってくるよね……。でも、むしろ真逆だと思うよ。八重石さん、千崎さんもだけど、基本的に二人とも、自分より弱い人には興味ないって感じだから」
言われて考えてみると、たしかにそんな感じかもしれない。自分で言ってた千崎も、『空森』と千崎としか話してるところを見ないっていう八重石も。
正直、そんな基準で話す話さないを決めるとか、普通に感じは悪い。普通の高校だったら勉強できる奴としか話さないとか、どんだけ調子乗ってんだって感じだ。実際ハブられてはいるわけだし、それはここでも同じなんだとは思う。
でも同時に、仕方ないとも思った。それくらいにアイツらは別格で、普通とは違うって感じがした。イジメとかそういうのじゃなくて、本当に格が違うから、なんとなく近づくべきじゃないって全員が思ってるみたいな感じだった。
俺もそう思った。
でも『空森』は、そんな奴らと同格だった。
……やっぱり俺と『空森』は全然違う。今改めて、もう一度そう思った。
気付くとモトナリの丼は残りが米だけになっていて、ちょうどそれをかき込むところだった。俺も慌てて、蕎麦の残りをつゆに漬ける。
「せめてお前も、もうちょい見た目に気ぃ使えば?」
「さすがに辛辣すぎませんか……」
それをすすりながら言うと、口の中に米を入れながらモトナリが引きつった笑顔になった。
つっても実際そうなんだから仕方ない。服は全員同じ制服だから誤魔化せても、髪型とメガネと顔はやっぱりどうにかするべきだ。いや顔は無理でも、眼鏡はコンタクトかもうちょっとマシなデザインのに変えたり、あのモサい頭はまともな美容室に行けばなんとかなるはずだろ。
「……別にいいんだよ。俺なんかちょっと整えたって大したことないし」
まあそういうとは思ってたよ。
「そりゃどんだけ頑張っても、アイツとつり合うのは無理だけどさ」
「ぐ」
「てか、そんなんたぶん誰だって無理だから、とりあえず近付こうとしろって話な」
「ぐっ」
自覚はあったらしく、モトナリは米を飲み込んだまま、どんどん俯いていく。
元々、これは失敗して当たり前……というか、成功するわけがないってくらいの話だ。
普通にやったって、超絶美人の天才お嬢様が、なんの取り柄もないメガネオタクに振り向くわけがない。そんな漫画とかドラマ探せばいくらでもあるだろうけど、それが本当に起こることなんだったら、みんな苦労しない。起こらないからオタクはオタクだし、なろうと思ってオタクになる奴なんかいない。
だからコイツは出来ること片っ端からやって、ちょっとでも可能性を上げるべきなんだ。
「……でも、やっぱり俺が髪型変えても、絶対似合わないっていうか、たぶん中身とズレて、よけい変な感じになる、と思うんだけど」
だからごちゃごちゃ言ってる暇があったら、ちょっとは動けって。
「――じゃあ、中身もどうにかすれば?」
蕎麦を全部飲み込んで、水のコップに口をつける前にそう言った。飲み込んで顔を上げると、一瞬目が合ってから、モトナリはゆっくり視線を外した。
「冬空君には、わからないよ」
「は?」
それで言ったのが、ボソッと、でも聞こえるくらいの大きさだった。
聞き返したら親指をビクッと動かしてからモトナリは立ち上がってお盆を持って、「ごめん、なんでもない」と行ってしまった。
自分の聞き返した声が苛立ってたのは、わかっていた。
コップに残ってる水を飲み干してから、逃げてるだけのくせに、偉そうに言ってるのがムカついたんだと気付いた。
俺がわかってないんじゃなくて、お前が考えようとしてないだけだろうが。
……つっても、いきなり「は?」は良くなかったかもしれない。イラついたって、俺は今アイツに手伝ってもらってる状況だった。そこまで考えてから、頭が痛かったのを思い出す。
思い出したらどんどん痛くなってきた。買ってすぐ飲んだのに、なかなか頭痛薬は効いてくれない。イライラしてんのはたぶんこの頭痛と寝不足のせいだろうけど、何にしても、あとでモトナリに謝らないといけないのは変わらない。
気分は最悪だった。全部頭が痛いせいで、それは昨日すぐに寝なかった俺のせいで、寝れなかったのはあんなものを見つけてしまったからだった。
考えてみれば、全部『空森』のせいだった。
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