第2話 ダンスレッスン
学友の菊が
今度、
菊から聞いて璃世は小刻みに震え真っ青になって首を横に振った。
「菊さん。その話お断りします」
「まあ! どうして?」
「わたしダンスなんてできません。ましてや見ず知らずの殿方と手を取りあい密着するなんて
璃世は真っ青になったかと思えば、今度は肩を震わせ顔を真っ赤にして怒る。
「落ち着いて璃世さん、ダンスは西洋文化のひとつで、破廉恥ではありませんよ。西洋式盆踊りと思ってください」
「盆踊りなら踊れるけれど……殿方と密着などできません。そういう菊さんは踊れるのですか」
菊は途端に目が泳ぎ、慌てて璃世の両の手を取る。
「あのね、実は今度、学生代表でダンスを踊ってほしいと先生から頼まれていたんです。だから璃世さん、お願い! わたしと一緒にレッスンを受けてほしいのです。ダンスは今から覚えればいいから。鶴子さんにはもう了承済みよ」
「はーい。鶴子は殿方と踊りたい~! あれ、たしか手と手が触れただけで赤ちゃんできちゃうって親が言っていたのよ⁉ 心配だわ……」
「あーそれはないから安心して」
菊はため息交じりにたしなめる。
「どうして?」
きょとんする鶴子に菊は小声でささやく。
「そのうち鶴子のお婆にでもお聞きなさい……」
「ねえ菊さん、ずいぶん昔に、政府主催で華族がダンスを踊ったら、異国の要人に笑われたって話ではありませんか。責任重大でそんな大役わたしには務まりそうにありませんよ」
「華族女学院じゃあるまいし、国相手の大規模な宴ではありませんよ。単に文化交流会です。璃世さんは異国語が得意だから、異人さんと仲良くなったら、洋書を貸してもらえるかもしれませんわ」
「うっ……っ」
洋書と聞いて、耳がぴくりと動いた。
「璃世さんだけが頼りなんです! お願いします」
「菊さんは鬼でしょう」
***
――数週間後、
永倉家の会場を貸し切って洋館でレッスンが始まった。ダンスの先生は異国の女性だった。茶色の瞳、髪は茶色のウェーブ、ワンピースの洋装姿。三人は初めて異人さんと話すので頭が真っ白になる。
「わたし、ハシモト・ツルコ」
「マ、マイネーム、イズ、リヨ・アイカワ。プリーズコールミー、リヨ」
「えーっと、えーっと……自分の名前、何でしたかしら~」
もごもごとくぐもった声で言い、三人とも氷のようにカチコチに固まってしまった。
「ふふ。ルーシーと申します。怖がらないで、安心してください。ずっと住んでいるので日本語話せますワ。鶴子さん、璃世さん、菊さんですね。先生から聞いております。よろしくお願いします」
「あ、そうですか……はい。すみません。こちらこそ…。」
三人とも恥ずかしくて顔を覆った。
「わたくしはダンス教室を開いております。主に高貴な方々に教えておりますが、大衆の方にも広めたいと思っておりますワ」
ルーシーはにっこり笑った。
今日は璃世たちの他にもダンス初心者なのだろうか、十人ほどが練習にきていた。自己紹介が終わると練習を開始する。
「女学校の先生に、ダンスパーティまでは、殿方との接触をさけるように仰せつかっておりますので、今日は踊りになれたご婦人が殿方役になってもらい練習しますワ」
ルーシーがゆっくり話す。
「そうですか、よかった……」
ようやくみんなの緊張もほぐれ、女同士でペアになって、どうにか練習することができた。慣れない洋装にヒール、何度もステップ練習をするので、休憩時間になると三人は床に倒れ込んだ。
「あああ、わたしもう無理。体が動けませんわ……」
「盆踊りより難しい」
「あーもう。暑い。ちょっとそこの
汗をかき、璃世は二人をおいて、立ち上がった。
***
「建物がすてきだわ……」
古い洋館ではあるが豪華な内装。天井は高く窓も大きい。
璃世は露台に向かう途中、どこからか冷たい風が吹いているのに気がつく。廊下の先に少し扉が開いている部屋を見つけ、思わずのぞくと、その隙間から本棚が見えた。
(もしかして、菊さんが言っていた噂の洋書かしら!)
夢中になると周りが見えなくなる璃世は、扉の向こう側へ、そして本棚のある部屋に吸い込まれるように入ってしまった。
「こんなに本がある。ああっ有名な作家さまの本がたくさん! 翻訳された洋書が……ぜんぶ読みたい!」
カツン、カツン。足音がする。振り向くと
(眼福。こんなに美しい
「わたしの部屋に迷い込んだのは誰ですか?」
その時、彼の体から薔薇のような甘い香りが漂う。彼の声音に璃世は眩暈を感じた――。
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