第七話 歩かされた死体事件(答え合わせ)

「なにを言い出すかと思えば……荒唐無稽ッす。確かにゴーレムなら人ひとり抱えて移動するなんて容易いっすよ。でも、あんた自分で言ったっす。時間的に不可能だって」


 ローエンさんの言葉は間違っていない。

 ゴーレムの移動スピードはどう速く見積もっても早馬と同程度。

 ならば、結局片道分の時間しかないという問題は解決しない。

 この地に残るゴーレムの数が減ってしまうはずで、一発でことが露見する。


「そう、使い捨てにすれば、絶対に数が合わなくなります」

「言いたいことは解ったっす。でも、ゴーレムは全部この場にあるっす。精々動くことも出来ない、構成要素が足りない、ゴーレムが破棄されただけで――」

「そのゴーレムこそ、必要だったのです」


 じつに、じつに明瞭なことなのだ。

 ゴーレムの構成要素は土と指示式。

 この土とは、人が埋葬された墳墓の、魔力を存分に吸ったものであることが望ましい。

 けれども、死者が横たわっただけの土でも代用が利くことは、既に他ならないゴーレム技師が証明してくれている。

 ならば、ならば、ならば。


「人体を中核コアに据えることで、その残存魔力を足りない構成要素の代わりとしたゴーレムを構築出来るのでは?」


 ミズニーさんの死体を塗り込めて作り上げられたゴーレム。

 これが現場となった崖まで走り、その場で指示式を自ら毀損きそんし自壊。

 放り出された遺体は崖の下へ落下し、やがて発見される。


「そう考えれば、遺体が大変な損壊状態にあったことも頷けます。人体の可動範囲を無視してゴーレムが動いた所為でしょう」


 或いは崖から投棄するという行為も、それを隠蔽するためか。


「ゴーレムは指示式の通りに駆動する。私はあなたからそう教わりました」

「う」

「では、誰ならば人体を用いたゴーレムの修繕が出来るでしょうか?」

「うう」

「一夜にして人間入りゴーレムを完成させ、自壊するように指示式を構築出来た人物。それは――」


 私は、目前の人物を指差した。


「ゴーレム技師ローエンさん。あなたが――犯人ですね?」


「うわぁあああああああああああああ!!!!」


 告発した瞬間、彼は咆哮した。

 同時に、鉱山から四つの影が飛び出してくる。

 それなるはゴーレム。

 岩盤を素手にて砕き、早馬の如き速度で疾駆するもの。

 絶対的暴力の化身。


 岩人形が私へと迫る。

 残念ながら運動神経に自信はなく、このままではむごたらしく私は殺されるだろう。

 だが。


「……お前は詰めが甘い。こうなると解らなかったのか」

そなえは万全です。こうしていただける・・・・・・・・・と、確信しておりましたので」

「――罪な女だ」


 横合いから一歩踏み出すは、褐色の肌の貴公子。

 辺境伯エドガー・ハイネマン閣下。


 殺到するゴーレムへ。

 彼はただ、剣を振りかぶり。

 /一閃。

 振り抜いた。


 ただそれだけのことで、暴力の群が、爆発四散する。

 そっと抱き寄せられ、マントの内側に包み込まれた。

 飛んでくる飛礫つぶての全てが弾かれて、私は彼のたくましい胸板と、強い鼓動だけを聞いていた。


 真なる剣はあらゆる問題を解決する。

 けだし、真理であった。



§§



 自分たちをしいたげていたミズニーが許せなかったのだと、ローエンさんは自供じきょうした。

 査察が入ったことで取り乱したミズニーさんは、ゴーレム技師である彼らに八つ当たりし、そこでアゼルジャンさんが殺された。

 逆上したローエンさんはミズニーさんを殺害。

 途方に暮れた結果、ずっと憎たらしく思っていた死霊術士へすべての罪を着せることを思いついたのだという。


「いたたまれない事件だ」


 帰りの馬車の中、閣下が不意のそんなことを呟かれた。

 驚く。

 彼に感傷のようなものがあったとは。


「部下が死ねばいたむ。上に立つ者として当然のことだ」

「……我が家にはない文化です」

「そうか」


 沈黙が二人の間に横たわる。

 もしかすると、閣下は怒っておられるのかもしれない。

 こそ泥さんと顔を合わせた独断専行もそうだが、事前の打ち合わせもなくゴーレムの相手を任せてしまったことも。


 ……謝っておくべきか?


 冷遇されるだけなら何のことはないのだが、自粛を求められると困る。死ぬ。

 閣下の周囲には、今回のような大変美味な謎が転がっているのだ。

 何としてもお側で、最前線で、かぶりつきで見届けたい。


 だから、謝罪を口にしようとしたとき。

 不意に、彼がこちらを向いた。

 物憂げな色をした瞳が、私を包み込むように見詰めて。


「お前は、籠の鳥だ」

「閣下、それはちょっと困って」

「籠という外壁がなければ、いつか傷つく。ならば――俺が庇護ひごしよう」

「……は?」


 いま、なんと?


「……ん。お前のような名状しがたい生き物は、庇護者がいなければ死ぬと言っているのだ。ああ、それだけだとも」

「なる、ほど……?」


 なにか。

 なにかいま、極めて重大な事柄をはぐらかされたような気がするのだが……。


「閣下、謎を解くためにお話を聞きたいのですが。まず、庇護者とはどういう意味で――」

「――――」


 質問詰めにする私。

 終始無言を貫く閣下。

 この会話にもならないやりとりは、このあと数日間も続くのだが……それはまた別のお話。


 歩かされた死体事件は、斯様かようにして。

 じつにしまらない幕切れを迎えたのだった――

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