第五話 不可能犯罪の解法と状況の整理整頓

「ありえぬ」


 各員からの事情聴取などを終えて、再び集合した私たちへ、閣下は開口一番そうおっしゃった。

 気持ちはよく解るので、カレンが煎れたお茶でも飲んで気分を落ち着けていただきたい。


「戴こう」

「なりません」


 ティーポットの中身を自分で注ごうとする彼を、カレンが凄まじい形相で止める。

 私は小さくため息。


「ダメですよ、閣下。自分の職務を脅かされては、いくらカレンでも怒ります」

「他人の仕事に手を出すな、か」

「はい。そもそも貴族が手ずからお茶を汲まないで下さい」


 この辺り、カレンからこっぴどく叱られながら教育されてきたので、一家言あるようになってしまった。

 さて、仕切り直し。

 紅茶を一口やって舌先を湿らせ、弁舌を回す。


「今回の事件について、私は成立不可能犯罪と言いました」

「言ったな」

「ですが、不可能というより、成立から間違っているという印象を強く受けます。閣下、アゼルジャンさんがミズニーさんを殺したと思いますか?」

「繰り返す。ありえぬ」

「その理由は?」

「…………」


 まだ話せないか。ならば後回しだ。


「でしたら、最も奇妙な点から考えていきましょう。ミズニーさんはいつ、どこで死んだのかということです」


 どうあっても解き明かさなければならない謎はこれだ。

 鑑定魔術によって、彼の死亡時刻は判明している。

 だが、崖から転落した先が川辺であり、半身が水につかっていたことから正確性に難があった。


「死亡推定時刻は昨日の夕暮れから深夜にかけて。これは私たちがミズニーさんと顔を合わせていなかった時間と合致がっちします」


 よって、ここに矛盾はない。

 矛盾があるのはそのあとだ。


「彼の遺体は、この鉱山から半日ほどの距離で発見されました」


 この半日というのは、馬を走らせた場合の移動速度だ。

 人間の足では遠く及ばない。


「現場で殺されたなら、彼は夕方すぐに出発し早馬を飛ばしたことになります」


 だが、そうなるとアゼルジャンさんがミズニーさんを殺すのは不可能になる。

 なぜなら殺害に至るタイミングがないからだ。


「不可能ではない。ミズニーとアゼルジャンが連れ立って同時に出発すればいい」

「理屈上はそうですが……では、アゼルジャンさんはどうやって戻ってきたのですか?」


 移動に半日の距離があって、使用可能な時間が半日なら、片道で全て消費してしまうことになる。

 移動距離に対して時間的猶予が皆無。

 だからこの事件は、成立不可能と思えたのだ。


「さてな。妙案はあるか、小鳥?」


 悩む様子もなく問うてくる閣下。

 このひと、絶対解っていて質問している。

 私の思考を円滑に進めたいのだ。


「転移魔術を使えば可能でしょう」

「繰り返そう。不可能ではない。だが」


 そう、転移魔術には大きさと重さの制限がある。

 手のひらに載るほどの大きさと重さのものであれば、個人でも転移が可能だが、人間サイズのものとなれば複数人の術者が必要になり、必要な魔力と技術力が跳ね上がるのだ。

 転移門ポータルがあれば、それらの問題は大きく緩和されるが、使用記録が残る。

 この鉱山に名うての術者や転移門がないことは事前の調査で解っており、また新手あらての術者が忍び込んだ形跡も見られない。

 崖側に術者が待機していたなら……という可能性は一考に値するが、アゼルジャンさんはどうやってその人達と連絡を取ったのか?


「一旦棚上げしましょう、ピースが足りません。……次に考えるべきは、ミズニーさんがこの鉱山で死んでいた場合です」


 宿舎の近くでは血痕が見つかっている。

 これがミズニーさんの血であったなら、殺害された、或いは気絶するほどの傷を負った場所はここである可能性が高い。


「あとは、ミズニーさんを運搬係に任せて、その人物が彼を崖から捨てて解決です」

「お嬢様、同じ疑問が立ち塞がります。協力者と、連絡の方法です」


 ……そう。

 結局のところ、外部からやってきた人間は私たちだけであり、そして通信魔術が使われたのなら誰かしら気が付かないわけがないのだ。

 よって、これらの方法は単体では機能しないことになる。

 こそ泥さんという例外があるが、彼はすぐに探知されて退散していたので、やはり侵入は困難かつ短時間に限ると考えていい。

 うーん……一度脳内から排除しよう。


「小鳥、アゼルジャン以外が犯人であると仮定すればどうだ」

「それは、エドガー・ハイネマン辺境伯がアゼルジャン氏の身許を保証すると受け取っても?」

「……来るべき時が来れば立とう、証言台に」


 ならば、状況は幾分簡略化される。


「真犯人――アゼルジャンさんとミズニーさんを殺した人物が同一だとして、仮にこう呼びましょう。真犯人は、ミズニーさんを殺害後、アゼルジャンさんへ罪を着せるために工作を行った。そしてなんらかの方法でミズニーさんを崖まで運ぶ」


 この〝なんらかの方法〟こそ、閣下が欲している手口だ。

 考えられる手段はいくつかある。

 既に否定されたが転移もそうだし、外部から手引きして馬で移送するという方法だってまだ充分考慮の余地はある。

 だが、もっと確実なものがこの場にはあった。


「死霊魔術」

「文字通り、死者を傀儡くぐつとして走らせたとお前は言うのか?」


 可能性だけでいえば大いにありだと考える。

 辺境伯邸でネズミのアンデッドが諜報に用いられたように、人間の遺体を操作することは可能だ。

 死霊魔術師であるモーガンさんが仮に犯人であれば、ミズニーさんへ近づくこともアゼルジャンさんへ近づくことも容易たやすかっただろう。

 なにせ側近、監督者の副官という立場があるのだから。


 彼は二人を殺害し、ミズニーさんを操り崖まで走らせる。

 問題の速度も、人体が損壊することをいとわなければ無視出来る。


 だが。

 だがだ。


 あまりにこの事件、モーガンさんを犯人であると示す条件が多すぎないか?

 そしてミズニーさんの副官であった彼に、犯行動機は皆無ではないか?

 なぜなら二人は同じ穴のムジナであり、甘い蜜を吸い合う間柄であり、そして――


「――いいえ、そうではない。彼の立場はそこにない。閣下」


 私は共有していない事柄が一つあったことを思いだした。


「先ほど、こそ泥さんに会いました」

「……それがゲーザンの死体を発見した男を指すのであれば、ありえぬことだ。彼奴きゃつはまだ、その罪を清算するために牢獄で――待て、そうか」


 閣下の脳内でも、私と同じ結論が演算されたらしい。


「閣下に、もうひとつ質問です。モーガンさんについて、語るべきことがありますか?」

「アゼルジャンと全て同じだ。来るべき時が来れば全て口にする」

「であるならば、そういうことですね?」

「ああ、そうだろうな」


 顔を見合わせて頷く私たちを見て、カレンが小さなため息を吐く。


「カレン、疎外感。ご説明戴けますか、お嬢様? そして旦那様」

「……明瞭なことですよ」


 顔の前で両手を合わせ、数秒検討を重ねてから答える。


「遺体はやはり、歩かされたのです。外部からの力によって」



§§


 さて、全てを白日の下にさらす前に、事態をいささか整理しよう。

 この国、とくに辺境伯領では〝結社〟と呼ばれる組織が暗躍している。

 ミズニーさんとモーガンさんにはこの〝結社〟と内通している嫌疑がもたれていた。

 核心を突くため、エドガー閣下は自ら鉱山――彼らの領域へと踏み入った、というのが今回の事件の始まりだ。


 事実として、ミズニーさん一派が〝結社〟と関わりがあったことは既に証明されている。

 元冒険者のならず者ゲーザンさんが、〝結社〟とミズニーさんの間柄を繋いでいたらしい。


 そして、ここにもうひとり、闇の組織と関わりのある人物がいた。

 こそ泥さんである。

 彼は〝結社〟の力によって牢を出て、私の前へ姿を現した……と現時点では考えられる。


 なぜか?

 極めて単純な理屈である。

 こそ泥さんは私に、「推理をするな」と通告してきたのだ。

 こんなことを強制してくる相手など、数名しか思いつかない。

 いや、それはいい。

 今は考慮しなくて問題ない。

 重要なのは、〝結社〟の暗躍と今回の事件は、まったく関係がなかったということ。


 さらに明言しておこう。

 どうやって、ミズニーさんが崖まで移動したか?

 これ以外の全てがノイズなのだと。


 だからこそ、私は挑戦する。

 死者が歩くという謎を解き、その味を存分に楽しむため。


 さあ――解決編を、はじめよう。


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