第17話 唐突に記憶が蘇る

 俺は家へ戻り帰り道に買ったコンビニの弁当を食べることにした。俺の家は母子家庭であり、母親は看護師をしている。時刻は16時、今コンビニ弁当を食べると夜ご飯が食べられなくなるかもしれないが、拘束が解かれて安心感を得たのか急にお腹が減ったので我慢することはできなかった。しかし、これはひと時の安心感である。まだ俺の状況は何1つ解決していない。それどころか謎ばかりである。裃の言葉で覚えていることは、下僕ゲームというワードくらいであり、そのゲームに俺は強制的に参加させられている。


 

 「今は、深く考えるのはよそう」



 いじめられっ子の俺はわかっている。俺には選択権はない。決めることができるのはいじめっ子だけである。それに今回は中学校の時にあじわったイジメとは全然違う。中学校の時、教師は見て見ぬふりをしていた。しかし、今回は教師も積極的にイジメに参加している。考えれば考えるほど心が底なし沼にハマっているように沈んでしまう。だから深く考えるのをやめた。俺は中学校の3年間で学んだことがある。思考することから逃げ出せば不安や恐怖から逃れることができることを。まだ起きてもいないことを考えて不安になり恐怖することは非常に無駄なことである。

 俺は心を無にしてコンビニ弁当を食べ終えて、自分の部屋に入りゲームを始める。ゲームをしている時はゲームに集中して他のことを考える必要がないので楽であった。俺にとってゲームとは現実から逃げるための手段でもあった。俺は学校での出来事を忘れる為に夜遅くまでゲームをし続けたのであった。


 目覚ましのベルがなり俺は目を覚ます。母親は俺の朝食と弁当を作り終えた後すぐに仕事に出かけた。俺は朝食を食べ終えてカバンに弁当を入れた時に悪夢の現実世界に戻って来たことを実感した。カバンの中には黒のロンTが入っている。昨日の出来事が夢であったらどんなによかったのだろうか……。俺の足取りが急に重くなる。



 「学校休もうかな……」



 中学校の時も何度か学校をズル休みしたいと思ったことがある。しかし、母親に心配をかけたくなかったので休むことはなかった。だが今回のイジメは次元が違う。俺の足取りは急に重くなる。養成ギプス装置を付けられたかのように体に力が入らなくなった。



 「続いてのニュースです。昨日深夜未明に○○河川敷にて〇✖高校の1年生である山之内 新之助さんが全身を刃物で滅多刺しにされた状態で発見されました。しかし、現場の状況から第三者が河川敷に訪れた形跡もなく、遺書も見つかったことから自殺であると判断されました。付近の住人の方は殺人鬼が潜んでいる可能性はなくなりましたので安心して生活をしてください。続いてのニュースは……」

 「ちょっと待てよ。全身を滅多刺しにされて自殺だと……それに、〇✖高校って俺の通っている高校だろ……」



 俺は唐突に流れてきたこのニュースを聞いて、裃が俺に告げていた警告がフラッシュバックのように脳裏に浮かび上がってきた。



 「俺はなんでこんな大事なことを覚えていなかったのだろう……」



 俺は恐怖で裃の話しを聞く余裕がなく右から左へ話しが零れ落ちていた。しかし、俺の脳は貴重な情報だと記録してくれていた。「もし、私を裏切るようなことがあれば粛清が入ります。1号君のようにならないよう気をつけてください」という文言が脳裏に鮮明に映し出されたのである。河川敷で死んでいた山之内 新之助とは下僕1号で間違いないだろう。下僕1号は学校を退学して裃から逃げようとしたから粛清されたのだ。俺も同じように裃から逃げる行為をすれば粛清されてしまう。そう思うと全身から汗が湧き水のように溢れ出てきて止まらない。



 「うぅぅぅぁぁ……」



 言葉にならない声が湧き上がる。このまま家に閉じこもっていたい。学校になんて行きたくないと心で念仏のように唱えるが、体は操り人形のように動き出す。制服に着替え靴を履き学校に向かう。

 俺はすでに裃に支配されていた。心の通わない目で俺を見下ろす悪魔の化身に抵抗する気持ちなど存在しない。下僕1号は裃から逃げたのではない。悪魔の化身である裃に抵抗するため学校を辞めるという勇気ある一歩を踏み出したのである。俺は下僕1号のように勇気のある一歩を踏み出す勇気などない。裃に従順に仕えることしかできない。楽な方に逃げることしかできないのである。そんな俺だからこそ気持ちとは反対の行動をとり学校へ向かった。


 登校途中の記憶など何もなかった。気づいたら学校の教室にいて黒のロンTを着て座っていた。まるで長年決めていたルーティーンの行動をしている。クラスメートは俺の奇妙なロンT姿に何も反応しない。昨日と同じ光景だ。昨日は俺の存在を無視していたと感じていたがそうではなかった。俺の存在はきちんと認知されている。俺いこーる奇妙なロンTは方程式として成立しているのである。そもそも俺は一酸化炭素のように存在するだけで人を不快にさせる危険物だ。クラスメートは俺を無視しているのではなく、関わることを避けているのである。

 始業のベルがなり、朝のホームルームが始まる。裃は登校していない。下僕1号が自殺?したにもかかわらず、その事実に教師は一切触れずにホームルームが終了する。1限目の授業が始まり、担任とは別の教師が姿を見せるが俺のロンTにふれることはない。そして、特に何も起きないまま今日1日の授業が終了した。

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