第8話 唐突に俺は投げられる

 俺はまといの後を従順な下僕のようにトコトコとゆっくりと歩いて行く。纏の家は俺が通っていた高校のすぐ近くだったのだが、猫視線になったことで見慣れた風景も新鮮な風景に様変わりする。目の前に広がるのは、たばこの吸い殻やガムが付着する汚れたアスファルトの道路、視界を横にずらせば、汚れが目立つガードレールの周辺に捨てられたスナック菓子の袋や空き缶などのゴミの多さに気付かされる。自転車で通学していた時はそれほど気には留めなかったゴミも、視線が低くなることでより目立って主張していた。


 

 (こんなにもポイ捨てが多かったんだな)

 (そうね。美しい惑星なのにもったいないわね)


 (纏ちゃんの国はゴミは少ないのか?)

 (そうね。たいていのゴミは魔法で消し去ることができるから、ポイ捨てという概念すらないわね)


 (へぇ~魔法って便利なんだな)

 (そうね。でも、魔法はどの惑星の住人も使えるごく普通の力よ。魔法が使えない惑星のがレアなケースね。おそらく、地球には獰猛な魔獣もいないし、魔人など敵対する異種族も存在しないから魔法を習得する必要がなかったのかも。だから比較的安全な惑星と認定されて、異世界ハンターランクもFランクと低く、新米ハンターの私にも依頼がくるのよ)


 (地球には纏ちゃんのような異世界ハンターがたくさん来ているのか?)

 (最近はちょくちょく依頼があるので増えているらしいわ)


 (それはどんな依頼なのだ?)

 (それを教えてあげるために簡単な依頼をチョイスしたのよ。ほら!見て。ターゲットを見つけたわ)



 纏は前方を歩くスーツを着た小太りの中年男性を指さした。



 (あのおっさんがターゲットなのか?)

 (そうよ)


 (アイツを魔法で殺すのか?)

 (依頼が殺しなら簡単に終わらすことができるけど、依頼内容は新人間ニューヒューマン真人間イノセントヒューマンに改造することなのよ)


 (新人間を真人間に改造する?一体どういう意味なんだ)

 (そのままの意味よ。質問よりも第三の目サードアイでターゲットを見て!)


 (第三の目サードアイ?)

 (そうよ。私が付与した能力の1つよ。意識を集中することで第三の目が開き、新人間の本来の姿を見ることができるのよ)



 俺は言われるとおりに意識を集中しておっさんを凝視する。すると小太りの中年の男が薄気味悪い茶色いガマガエルの姿に見えてきた。



 (茶色い皮膚に覆われた気持ち悪い大きなガマガエルの姿が見えたぞ)

 (上出来ね。第三の目は新人間の本当の姿を見ることができる力なの。第三の目を使っても人間の姿のままだと旧人間、別の姿に見えるのが新人間と理解すればよいわ。第三の目に慣れてきたら、意識を集中しなくても黒いもやがかかり新人間であることを見抜けるようになるわ)


 (わかった。それでアイツをどうすれば良いのだ)

 (あんこちゃんは、このまま何もしないで尾行してちょうだい。私はもう少し離れた場所にいるわね)



 そういうと纏は俺から少し離れて行く。俺は言われた通りに男性の後を追う。男性は怪しげな大きな目をギョロギョロとして周りを舐め回すように見ている。すると、自転車で学校に向かう小柄な女子高生が男性の前を通り過ぎようとした。その時、男性は自転車の前に飛び出すようにしてわざと激しく転んだ。女子高生は急ブレーキをして慌てて自転車を止めるが、男性が目の前で俯せになって倒れている姿を見て激しく動揺しているようだ。



 「だ・・・いじょうぶですか?」

 「すみません。段差に躓いて転んでしまいました」



 女子高生が声をかけると男性は倒れたまま冷静な口調で答える。



 「お怪我はありませんか?救急車を呼んだ方がよろしいでしょうか?」

 「問題ありません。起き上がりたいので少し手を貸してもらえないでしょうか」



 女子高生は自転車から降りて、男性に近寄り手を差し伸べようとした時、男性はムクッと立ち上がりクマのように両手を大きくあげて、全身がよく見えるように仁王立ちになる。



 「・・・・・・」



 女子高生は真っ青な顔になり、慌てて自転車に飛び乗る。女子高生は恐怖で声を上げることもできず、自転車を激しく漕いで逃げ出した。良く見ると男性はズボンと下着を下ろしてアソコをもろだしにしていた。男性は女子高生が驚いて逃げていく姿をみて、煌煌の笑みを浮かべている。俺はその時思い出した。そういえば学校で女子生徒を狙った露出行為が多発しているから、登下校は1人でしないように注意を受けていた。



 (纏ちゃん、こいつは露出魔だ。警察に通報した方が良いのじゃないのか?)

 (これは私が受けた依頼だから警察は介入できないの。薄情かもしれないけど生命源を減らすために、もう少し様子を見るのよ)


 (・・・わかった)



 俺は正義感の熱い強い人間ではない。どちらかというと見て見ぬふりをする心の弱い傍観者だ。纏が言っている意味は理解できなかったが、何もせずに見ているだけという指示に反抗する気持ちは持ち合わせていなかった。

 俺は纏の言う通りに男性から2mほど離れた場所で尾行をする。男性は猫の俺に気を止めることなく、獲物をさがすような汚らしい目つきで1人で登校する女子高生を物色するが、学校で注意をされているので1人で登校する女子高生を見つけることができずに機嫌が悪くなっていく。しばらく歩くと木々が生い茂る静かな公園が見えてきた。9時を過ぎると小さな子供連れの親や高齢者が散歩をする賑やかな公園になるのだが、今の時間帯は人気は少ない。男性は目的地が公園であったかのように不機嫌な顔つきが穏やかになり、ゴール地点に向かうように小走りで駆け出した。俺は慌てて後を追う。すると、俺の体は急に宙を舞うように体が浮き上がった。



 (あんこちゃん、一緒に行くわよ)



 俺はいつのまにか纏に首根っこを掴まれて担がれていた。纏は男性に見つからないように木々の隙間に身を隠しながら男性を追いかける。

 男性は小走りで公園に入り小さな噴水がある休憩エリアに向い、ベンチで1人で座っていた女子高生の前に立ちはだかる。



 (あんこちゃん、出番よ!)



 纏は野球選手のように俺を放り投げると、俺の体は目に見えない速さで飛んで行き女子高生の背中に直撃した。

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