別世界

大石或和

第一章

第1話 幼少期Ⅰ

 僕には生まれつき、意識がハッキリとしていた。まるで、長い眠りから解き放たれたかのように。


 最初こそ何が始まったのかと戸惑ったものだったが、次第に状況を飲み込み、僕は一人の少年として生きることを決めた。


 僕には冒険者の両親がいる。父は国に仕える有能な剣士で、母は王家直属の治癒師であったと聞いている。


 僕はそんな二人の元に生まれた三人兄妹の長男。名をグラン・イストロフ。この世界に生きる、なんの変哲もない、ただ一人の少年だ。


 今は僕が産まれてから、早五年の月日が経過した。


 両親は僕のことをしっかりと育ててくれ、なんの不自由もなくここまで生きることが出来た。


 父は仕事柄よく家を出ることが多かったけれど、母はいつも家にいて、僕の世話をしてくれた。


 けれど何処か会話は単調で、時々同じような会話パターンに繋がることがある。母は疲れているのだろうか。目にはクマが多い。


 なので僕は、極力母に迷惑をかけないよう心掛けて生活を送るようにした。


「父様!今日は何を教えてくれるんですか?」


「そうだなぁ、、、今日は剣術でも教えようか」


 父が家に帰った日は、いつも父に何かを教わるようにしていた。


 父は色々な知識を持っていて、それを身につけることはとても楽しかった。


 今日も普段と変わらず、僕は父にねだる。


 父はうーんと悩みながら、相変わらず僕に何かしらの知識を教え込んでくれている。


 父は剣士というだけあって、剣の腕は確かなようだ。そこに圧倒的な身体能力が重なり、僕では到底敵わない高みにいた。


 父から一本取ろうと頑張ったのだが、結局それは出来ずに時間だけが過ぎていった。


「疲れたぁ、、、」


「今日はここまで。さぁ、もう寝よう」


 父と水浴びをし、僕は就寝の準備に入った。


 これで今日も一日が終わる。楽しい一日であった。


────刹那。


 竜の咆哮が周囲一体に轟いた。かと思えば、僕の家は一瞬にして燃え、近隣の野原は火の海と化していた。


「グラン────ッ!!」


「わぁ!?」


 父は戸惑っている僕ら兄妹を抱き抱え、焼け崩れそうになる家から脱出した。


 脱出後、外に母の姿は見られなかった。


 父は無念とばかりに右手を強く握りしめている。それを見るに、母はまだ、あの家の中にいる。


「グラン、お前はここにいろ。私は母さんを助けに行ってくる。だから、お前は絶対に二人を────!?」


 父が母を助けに行こうとした瞬間、家の屋根が崩れ落ち、母の息の根を絶つ。


 駄目だ、死んでしまった。母が、目の前で。


 弟と妹の泣く声が、何度も木霊する。


「母、様……?」


 父は、何も言わなかった。


 悲しみに暮れる僕を気遣ったのか、はたまた言葉を失ってしまったのか。真意は分からない。


 けれどただ静かに、涙を流した。


 燃える大地が僕らを嘲笑うかのように幻想的な輝きを放つ。僕はこの光景を、生涯で忘れることはないだろう。


 父は黙ったまま、僕の手を握り、兄妹を抱え進み出す。


「……父様?」


 父の表情は暗かった。


 これから僕ら家族はどうするのだろうか。今まで通り、父が何とかしてくれるのか。強烈な不安感が体を包み込んだ。


「大丈夫だ。父さんが何とかする。絶対に、三人を守ってみせる」


 ようやく父が口を開いたと思えば、それは母への追悼の意ではなく、僕らを気遣う言葉だった。

 

 父は母の死を乗り越え、前を向こうとしている。そうだ、僕も前を向いて、兄妹を守らなくてはいけない。


 僕は、前に向かって足を進めた────。


「────?」


 妙だ。握っていた父の腕が重い。


 まるで主人を失った剣の如く、重みが直に伝わってくる。まさか、と僕は父へ視線を移した。


 だがそこに、父の姿はなかった。


 あるのは血が吹き出した、父の右手だった肉片だけ。父の体は、兄妹を守るようにして地面に突っ伏していた。


「うわぁぁぁああああああ!?」


 僕は慌てて肉片を放り捨て、父の元へと駆け寄る。


「来るな!!」


 父が怒号を鳴らす。


 再度、轟く竜の咆哮。


 竜の口には血痕が付着しており、父が何故ここまでの怪我を負ったのかの想像がついた。


 家を燃やした竜を、完全に見落としていた。


「今から、お前たち三人を、、、信頼できる人物の元へ転送する……」


 父は最後の力を振り絞り、全身に光を纏わせた。それに応じるように、僕ら兄妹の体が淡い光に包まれる。


「だから、生きろ……」


「駄目だよ!!父様!!それじゃ、父様が……父様が死んでしまいます!」


 僕の必死な呼びかけは無意味だった。


 父は最期に顔を上げ、僕に言う。


「二人を、頼んだぞ」


 父は笑顔だった。血を流しながらも、最期まで、その一瞬まで。


   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕らの体は、見知らぬ小屋に移動された。


 五年間の記憶を辿っても、この場所に関する記憶は何一つもない。本当に知らない人の家のようだ。


 でも、どうしようか。


 父の頼れる人の元だと言っても、どんな人かは分からない。もしかしたら、僕らを利用するだけの人間かもしれない。


 追い出されたりしたら、僕ら兄妹は生きる術がない。その時は、僕がどうにかしないと。


 行き場のない不安感が僕に押し寄せた。


「怖い……」


 僕は体を抱えてうずくまった。


 恐怖で体が動かなかった。こんな経験は初めてだった。


 何も分からず眠りについた兄妹たちに、気を遣っている暇すらなかった。


 僕は、未熟だ。


 助けて、誰か、助けて。


 この覚めて欲しい悪夢から、僕を、救い出して────────


「────君が、グランくん?」


「!?」


 不意に、声を掛けられた。


 少し高い声、多分女性のもの。知っている声ではない。けれど、何故か安心するような声。


 顔を上げると、そこには一人の女性が立っていた。


「私はレイン。レイン・リーエル。覇王十二使徒──賢者にして、君たちの保護者代わりさ」


「レイン、さん……?」


 レインさんは僕を抱きしめると、頭を優しく撫でる。


「もう大丈夫。何も、心配要らない。私がみんなを守るから」


 優しかった。安心した。一時的にも、地獄から解放されたような気がした。


(守るんだ。僕が、兄妹を)

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