第75話 怖がる理由

 汽車道を抜けると、その先にある赤いレンガの建物が見えて来た。

 リーファも見つけたのか、ビル群を見てからもう一度建物を見る。



「あれ、ミケにゃんで見た、です。結構古い、ます?」

「ああ。赤レンガ倉庫っていう、約100年前に建てられたものだ」



 やっぱりみなとみらいと言ったら、赤レンガ倉庫は外せないよな。朝早いから外観を眺めるだけだけどさ。

 いやぁ、やっぱり壮大だなぁ。いつ見てもいい雰囲気を醸し出していて、見ていて飽きない。



「100年前、です……? あっちの大きい建物は最近、です?」

「ああ。ランドマークタワーは、30年くらい前かな」

「たった数十年で、こんなに違うものを作れる、ます……? すごい、です」



 目をキラキラさせて、赤レンガ倉庫を見上げるリーファ。長寿と噂のエルフ族からしたら、100年なんて一瞬の出来事なんだろう。

 赤レンガ倉庫から象の鼻パーク、大さん橋を抜けて、山下公園までやって来た。もうだいぶ日も昇っているから、この辺もかなり人が多い。時間的に、もう10時を回っていた。

 さすがに人目も多く、俺たちを見てくる人たちも増えてきたな。そろそろまずいな……。



「リーファ。良い時間だし、帰ろうか」

「えぇ……もうちょっとお散歩したい、ます。まだミケにゃんの紹介していたもの、全部見てない、です」



 え、まさかそれ全部周るつもり? 30分の動画が数十本あるんだぞ。1日で周りきれるわけないでしょう。



「そ、それは無理だけど……もう少しだけ、いるか」

「ます」



 満足そうに頷くリーファと共に、山下公園のベンチに座って海を眺める。

 気持ちのいい海風を感じつつ、木々の擦れる音や並の音に耳を傾けた。陽光の暖かさが心地いい。

 あぁ……寝不足も相まってか、眠気が……。



「ツグ……じょーぶ、ま……ぐ……?」



 リーファの声が遠のく。

 ダメだ、もう……眠気に、勝てな……い……。



   ◆◆◆



(──あ……またあの夢だ)



 気が付くと、例の石レンガで囲まれた場所にいた。

 1人で座って虚無を見つめている。リーファの母親の姿はない。多分、また外に出ているんだろう。

 なんでここに囚われているのかはわからないが、この時間で少しでも情報を得ないと。

 なんとか体を動かそうとするが、金縛りにあったように動かない。

 それもそうか。この体は俺じゃない。意識は俺だけど、体はリーファ……しかも恐らく、リーファの記憶だ。記憶(過去)の体を自在に動かせるはずがない。

 どうする。とにかく少しでも何かあれば……。

 と、その時。鉄柵の向こう側から、何か音が聞こえてきた。

 金属と金属が擦れる音が一定の間隔でする。多分、鎧か何かを着ているんだ。



『ヒッ……!?』



 ……え、なんだ? リーファが震えている……?

 自分自身の体を抱き締め、震えを抑えている。なんでこんなに震えて……いや、怯えているんだ?

 着実に聞こえてくる音に、リーファの震えは大きくなる。

 音が鉄柵の前で止まり、鍵がゆっくりと開かれた。

 そこから現れたのは……鎧を着た大男。手には鞭のようなものが握られている。



『ふーっ、ふーっ……!』



 興奮気味に鼻息荒く、鞭を鳴らしながら近付いてきた。

 ……え、まさかっ……!? や、やめっ──!

 大男が鞭を振りかぶり……問答無用で振り下ろす。



『%÷*|¥…\・|!?!?』

(リーファ!!)



 打たれた箇所の皮膚が裂け、血が舞う。

 間違いなく重症なのに、俺自身は痛くない。そうか、この世界は俺とは関係のない記憶過去の世界。俺自身にはダメージはないんだ。



『€€€€€$*!!』

(リーファ、大丈夫かっ! リーファ!!)



 くそっ、大丈夫なわけねーだろ! こんな大男に鞭で打たれて、無事なわけ……!

 何も出来ない。リーファが痛めつけられてるのに、何も……!!



『ふーっ、ふーっ、ふーっ……!』



 大男の動きが止まり、リーファは痛みでで悶え苦しむ。

 俺がこの場にいながら、何も出来ないなんて……!

 だが、これだけじゃ終わらなかった。

 大男が鎧の留め具を外していく。兜以外の全てを脱ぎ捨て、リーファの前に膝をつき……。



(お……おいっ、それは……!!)



 や、やめろっ、殺すぞテメェ!!

 このっ、こいつ……!!



   ◆◆◆



「──殺すッ……!!」

「ピエッ!?」



 ……あ……あれ? ここは……公園、か?

 周囲にいた人たちが、こっちを見て訝しげな顔をしている。隣のリーファも、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。



「つ、ツグミ、うなされてた、ます? 大丈夫、ます……?」

「あ……ああ……」



 そうか、夢……俺、またリーファの過去を夢で……。

 ひたいにベッタリとついた脂汗を拭い、頭を抱える。

 わかった。わかってしまった。なんでリーファが、あそこまで男を怖がるのか。あんなことがあって、トラウマになるなと言う方が無理だ。

 まだ心配しているリーファの頬を撫でながら、打たれた左腕の袖を捲る。

 あった。同じ場所に、古い傷跡が。



「ツグミ?」

「……なんでもない。……ごめん、リーファ。今日はもう帰ろう」

「……ツグミ、辛そう、です。リーファ言うこと聞く、ます」



 屈託のない笑みを見せるリーファが、俺の手を取る。

 俺も彼女の手を握り返し、ベンチから立ち上がった。

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